第002話 「初めてのお出かけ」
「父さま母さま。準備は出来ましたか?」
部屋の扉を開けて愛娘が顔を覗かせる。
「ふふ、もう少しだけ待ってもらえる?」
「ああ。そんなに焦らなくても王都は無くなったりしないぞ」
1年前、我が家にやって来たアフィニア。自由に動けるようになったのは、つい先日のことだ。
結局、妻の熱意に押し切られる形で彼女は我が家の養女となった。私としても文句など無い。妻の幸せそうな顔を見るのも嬉しかったが、「父さま」と呼ばれるのはくすぐったいながらも思った以上の満足を与えてくれる。
・・・娘か、悪くない。
子供が出来ない事で、妻には悲しい想いをさせて来た自覚もある。
後は妻の幸せな笑顔がずっと続いてくれるのを願うばかりだ。
「よし、わたしの方の準備は出来たぞ」
今日はアフィニアを連れて、妻と3人で王都クリスタへとお出かけだ。アフィニアがベッドで寝たきりであった事もあり、外へ連れて行ってやるのも初めての事だ。
「私も用意できました。あなた、早く行きましょう?アフィニアが首を長くして待っていますわ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「父さま母さま。準備は出来ましたか?」
準備に手間取る父さま母さまを急かす。
1年以上ベッドに寝たきりの生活だったのだ。
今日のお出かけを多少楽しみに思っても仕方が無いだろう。
いや、すごく楽しみだ。
先ほどの問いかけを10数回してしまうほどには。
そういえば、こちらの一年は元の世界より短い。
なんと360日なのだ。
誤差の範囲だろうとは思うが、やはり別の世界なのだと実感。
「・・・待たせたな」
「お待ちどおさま。そうしていると、やはりあなたも年相応ね」
年相応・・・!
今なにかヒビが入った気がした。
主に俺のプライドなどだ。いやしかし、年端も行かぬ子供を装うという意味では俺は成功しているのだ・・・!
俺は何も間違ってはいない。
「あなたは妙に大人びた所があるから。そういう所が見れて、わたしはうれしいわ」
誕生日などわかるはずもなかったので、母さまを母さまと呼んだあの日を誕生日とした。
年齢は6歳。
本当の所はわからないが、そう決まったのだ。
そして先日の誕生日で7歳となった。
屋敷をあげてのパーティーで、身分の上下も気にしないお祭り騒ぎだった。
日頃見かけるメイドさん(そうメイドだ)や御者さん、父さまの部下の人とか。
ずっと前に見た、あの髪の逆立ったカインという若い騎士さんもいた。
どうやら、まだ下っ端のようだ。
まだ出世してなかったんだね。
ただ、この身分をあまり気にしないのがこの家だけなのか、世間一般かどうかはわからない。
要検証、である。
準備が出来たのならば、と馬車にて出発する。
目的は王都である。
そうはいっても長旅にはならない。
朝に出発すれば、馬車でゆっくりいっても昼前には着くのだ。
だが、俺の興奮が冷めることは無い。
話には聞いていても実物を見るのは初めてなのだ。
異世界の町並み!
人とは異なる亜人種たち!
まだ見ぬ食材!(これは微妙に違うか)
そんな俺を母さまも父さまも微笑みながら見ている。
ちょっと幼かったかもしれない。
いや、外見年齢的にはいいのか。
7歳といえば小学校低学年ぐらいだしな。
王都に着くまでまだ距離はあったが、馬車の窓から見える異世界の風景を堪能した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そこは人種の坩堝でした」
数時間の馬車の旅も終わり。
待ちに待った王都だったが、やはり凄かった。
確かに人の多さという意味では現代日本のほうが遥かに上だろう。
だが、なんというか混沌さがこちらは勝っているように思う。整理されてないからこその活気とでも言おうか。
(すげえ、エルフだ)
皮鎧に身を包み、数人の仲間と談笑する姿はもろにゲームの世界だ。
たぶんあれが母さまに聞いた、冒険者というものなんだろう。
キラキラした目で見ていると、こちらに気づいたのか手を振ってきた。
こちらも手を振り返す。
おうおう、何ガンつけてんだこらぁ
というのはなかったか。
7歳の女の子相手に凄む奴はさすがにいないか。
あまり、キョロキョロし過ぎて迷子にでもなったら恥ずかしい。
ここは親孝行のためにも手を繋ぐべきであろう。
ベルフェ父さま。そのお顔は少々、だらしないですよ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日、俺は目一杯楽しんだように思う。
母さまには洋服屋を何件も連れ回された。自分のは選ばずに全部俺のだったのだが。
「ふふ、アフィニアはなんでも似合うわね。選びがいがあるわ」
まさか、着せ替え人形の気分をリアルで味わうハメになるとは。
母さまの楽しそうな顔をみていると、嫌とも言い出せない。
体が女になっただけでは買い物は楽しめないらしい。父さまも苦笑してたしな。
初めて食べる果物の味に驚き。
他国の民芸品を手に取り。
大道芸人たちのパフォーマンスを楽しみ。
大通りを人ごみの中、家族の会話を楽しんで。
そしてそれは起こったのだった。
それは衝撃。
横合いから突然飛び出してきた人影に体当たりされ、俺はゴロゴロと転がった。
当然ぶつかってきた方も俺に巻き込まれてだ。
いや、俺が巻き込まれたのか?
少しぶつけて頭が痛いし、手や足に多少の擦り傷はできたかもしれないが。
とりあえずは無事だった。
だが。
そこでぶつかってきたヤツに対して怒りが湧いてくる。
こんな人が一杯いるところで走っていい速度ではなかった!
思わず素で文句を言おうとして固まった。
(ダークエルフ・・・!)
そのダークエルフはやや緑がかった銀髪に褐色の肌の・・・。
自分と同じぐらいの少女だった。
「えと、大丈夫?」
少し頭でも打ったのか、どうやら意識が朦朧としているようだ。
しかし、周りの人も冷たい。あきらかに見ているのに無視している。
こちらの世界にも他人に対する無関心とかあるのか。
しかし、と思う。
随分薄汚れた格好の子供だ。(自分も子供だが)親は一体どこにいるのだろうか?
「ほら、立てる?」
手を差し伸べる俺。
だが、少女が俺の手を取る事はなかった。少女の視線は俺をすり抜けて、俺の背後へと向けられていたからだ。
「・・・?」
脅えた表情の、その少女の視線を目で追って。
ヒゲづらの汚らしい大男とご対面することになった。
「いいか、小娘?」
「・・・あ」
「このガキの首輪が見えないのか?他人の奴隷に手を出したら何されても文句はいえねえぜ」
首輪?首輪ってなんだ?母さまは奴隷なんて・・・。
この世界に奴隷制度なんてあったのか?
ダークエルフの少女は目に見えてガタガタと震えだす。
「アフィニア、こっちに来なさい」
父さまの声。そっちを見ると青ざめた母さまの姿もある。
こちらにこようとしているのを、父さまが押しとどめている。
「おおっと、貴族の嬢ちゃんでしたか」
父さま母さまを見ると途端に卑屈になる男。
「家の商品が迷惑をおかけしまして」
「・・・」
「ほら、おまえも謝るんだ。ケッ、余計な面倒を掛けやがって」
無理やり少女を這い蹲らせると、頭に足をのせ踏みにじる。
そして、ところかまわず蹴りはじめる。
「なっ!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・!!」
頭が真っ白になった。
その時、自分がなにを考えたのか後になっても分からない。元々荒事など苦手な俺だ。その時は少なくとも助けようとか格好良い事を考えた訳ではなかったのは確かだ。
ただ、とっさにダークエルフの少女に覆いかぶさっていた。
そして感じる脇腹への強い痛み。
鍛えてもおらず、一年間もベッドの上で暮らしていた俺には庇う事さえ出来なかったようだ。
先程のように・・・今度は一人で転がっていく。
まったく無様だ。
聞こえる母さまの悲鳴。
「アフィニア、アフィニア・・大丈夫!?」
「ちっ」男の舌打ち。
「貴族さん、分かってると思うが今のはオレが悪いわけじゃねえぜ?」
「・・・分かっている」
「じゃあ。オレはこれで」
男は懐から鎖を取り出す。
ジャラジャラと音のするそれを、少女の首輪に繋ごうとする男。
「・・・ま」待ってと言おうとした俺の声に被るように、父さまの声が聞こえた。
「待て」
「・・・貴族さんといえども、規則には従ってもらわねぇと。奴隷をどうしようと、持ち主の勝手、それが法さぁ」
「それも分かっている」
「文句は聞かねえぜ。規則を守らせるのがあんたらの仕事。そうだろう?」
「その少女、私が買おう。いくらだ?」
父さま・・・!
「金貨6枚、いや諸経費あわせて7枚になるなぁ」
父さまを値踏みする男。
あきらかにこちらの足元をみている。
「いいだろう。持って行くがいい」
父さまの手から金貨を受け取る男。
「へへへ・・・、毎度ありー」
下卑た表情を浮かべて去っていく男。
結局、自分は何も出来ないまま終わってしまった。
何がしたかったのかもわからないまま。
場を収めたのは、父さまと金貨の力だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りは行きより人数が増えた。でも空気はとっても悪かった。
ダークエルフの少女も脅えていたが、まあ無理も無い。
あんな目に遭ったばかりだし、何よりここにいる者全員初対面だ。
だが、何より母さまの機嫌がとっても悪かったのだ。
年甲斐もなく、ほっぺを膨らませているのはどうかと思うが、今回は悪いのは自分の方だから仕方ないだろう。やった事の善し悪しはともかく、心配かけたという一点において全面的にこちらの敗訴が決定してしまう。
「母さま、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる。
そして必殺の上目づかい+涙目。
これは滅多に使われない、ゲージを2つも使う超必殺技だ。
ゲージの名前は羞恥ゲージだ。
だが・・・。
クッ、これに耐えるというのか。
いつのまに母さまの抵抗値が上がったのだ。
だがほっぺがピクピクしている所を見ると、もう少しで壁は突破できると見た!
「もういいだろう。そのぐらいにしておいてやれ」
父さまのフォロー。
「アフィニア、おまえもちゃんと反省したな?」
「うん。もう無茶な事はしない」
「アフィニアもこう言っている。許してやれ」
「もう。わかりました。でももうこんな心配させないで」
母さまがにっこり笑ってくれた。
やっぱりこの笑顔だよなー、と思いつつ眺める。
あれ?俺、いつのまにかマザコンになってないか?
思い当たる事はたくさんあるが、今は女の子だからいいよねと納得する。
でも。これからやろうとしている事を言ったら怒られるんだろうな。
たぶん。