プロローグ
唐突であるが、私の話を聞いてもらいたい。
まずは自己紹介から。
私の名前は山野 翠。やまのみどりなんて、ふざけたような角度によっては風流なような。いや、やっぱり安直じゃないか。もっとヒネリが欲しいところだ。
歳はもうすぐ18歳。高校を卒業したらそのまま大学に進学予定。
背は普通。体重も……まぁ、普通。部活をやめてついた太ももと腹の肉が気になるくらい。
性格は知らない。やや渋好みとか言われるけど、私だけじゃなく他にもいるはず。
特技はこれといって無い。ちょっと本を読むのが速いのと小学校から続けているピアノくらいだ。しかもあまり上手くない。 そんなわけで趣味は読書とピアノ。あと映画鑑賞。だけど別に同じ監督の作品を見て違いを見つけたりだとか、マイナーな映画を集めたりなんてもんじゃない。流行りの映画を見たり、好きな俳優の出ている映画をちょこちょこ見たりするだけだ。
多分自己紹介の欄に『例文』として書いてもそんなに違和感は無いはず。そんな趣味。
友達から『変わってるね~』なんて評価をそこそこ受けるくらいの個性はあると思うが、似たような女子高生なんて探さなくてもいっぱい居そうなもんである。
流れに身をまかせて、のんべんだらりと暮らしてきた。それが私。
……のはずだったんだが、最近なにかおかしい。
いや、最近と言うと語弊がある。正確にいえば、ここ二年ほどおかしい。
最初に『それ』に気付いたのは、下校中に道を曲がった時だった。
ふと何か違和感を感じて足元をみると、水たまりがあった。ここ一週間は雨なんぞ降って無いのに水たまり。整備されたてのアスファルトの道ど真ん中にキラキラ輝く水たまり。
近所の人が水を撒いたのかもしれないが、どちらにしろ学校指定の革靴はあまり水を弾かない。わざわざ濡らすのもなぁ、と水たまりの傍を迂回して私は道を抜けた。
ふと呼ばれた気がして、水たまりのあったほうを振り返ると―――なんと無くなっていた。一瞬で。水たまりが。
しかしまぁ、これがでっかいビルとか家とかだったら騒ぐくらいのことはするが、所詮は水たまりである。
特に何も気にせず、私は無事に帰宅した。
次に『それ』に気づいたのは部室を出るのが遅くなって、一人になったときだ。
着替え終わって、さあ帰ろう!と部室のドアを開けようとドアノブに手をかけたら、また何かに呼ばれたような感覚。
しかし私は割と怖がりである。静まった校舎の中で一人、呼ばれた感覚があるからといって振り向くなんてそんなホラーフラグを建てるようなことは出来ない。
でもまぁ、確かにちょっとは気になる。間違いでも今は一人だし、恥をかくことも無い。
極力体を動かさず、視界の端で確認すると後ろのロッカーのドアが開いていた。開いていただけなら良かったのだが、中が何故か銀色の光を放っている。
誘うように揺らめいている光は綺麗なのだが、まさか行くわけが無い。今日の夕飯は唐揚げなのだ。
見つめつづけていると、頭がポウッとなりそうな光であるが尚更怖いので行きたくない。
私は部室の鍵をしめて、家に帰った。
あれ、これはおかしいなと思いはじめたのは三回目に『それ』を見た時だ。 風邪で休んでいる間に勝手に任命された図書委員の業務をこなしていると、奥に見たことのないような文字が書かれた本が置いてある。
まばらではあるが、人がいつも居る図書室は、不思議とその時だけ静まり返っていて私一人のようだった。
不思議に思って屈んで表紙を見てみると、今まで見たこともないような字だ。
しかも古ぼけていて、うちの学校のラベルも張っていない。
あとで先生に言っておけば良いだろうと、取りあえず腕の中にあった本の山を片付けるために体を翻した時だった。
ちょっと前にロッカーでも見た銀色の光に本が包まれたのだ。
神々しく輝く本を見て、私はしばらくポカンとしたあとに思いっきり訝しげな顔をした。多分一生のうちにそうそうしない表情だったと思う。
だってとてつもなく怪しいことこの上ない。ドッキリにしては地味だ。怪奇現象にしては特に被害はなし、不思議と怖いものは感じない。なら一体何なのか。
前々回から呼ばれている感覚はヒシヒシとするが、本当に召喚とかいうファンタジーなやつなのだろうか。
別にファンタジーが嫌いなわけじゃないが、お話の中だから好きなのであって、現実にされてしまうと少しどころでは無く困ってしまう。
この光が何処に繋がっているのか、そもそもこの推測が当たっているのかなんてわからないが、米も味噌も醤油も無い世界は生きにくい。
別にいま生きている環境に不満があるわけでもないし、現代のテクノロジーが提供する娯楽から離れて暮らせるほど達観もしていない。
眉間にシワを寄せたまま、しばらく考えると私は取りあえず二回手を叩いて光を拝んだ。
「大変申し訳ありません。そちらにはお伺い出来ません。恐れ入りますが、そのままお引き取りください」
深々とお辞儀をしたあと、先程ポカンとしたついでに落としてしまった本を拾って、私は銀色の光に背を向けた。
まぁ、だがしかしこれで終わるわけがない。
その後も、私が一人になったときを見計らって『それ』は現れた。
一向に引っ掛からない私に焦れたのか、ここ最近はあからさますぎて逆に私がひやひやしてしまう。
鏡を光らせたり引き出しの中を光らせたり、ついには洗濯機の中を光らせたり。
それだけ続くと私も絶対に引っ掛かるものかと意地になってしまうってもんである。
出現したら極力触れないこと。見なかったことにすること。それからなるべく一人にならないように気をつけること。
友人や家族に相談しようかと思ったが、病院に連れていかれそうなので諦めた。
ただ、もし万が一銀色に持って行かれた場合を考えて、机の中に手紙を書いて置いた。
いや、連れていかれる気は更々無いけどね!
そんなわけで、ここ最近の私の話は以上とする。
ここからは現在進行形の話であるが、何を隠そう、私は今、銀色の光を通って異世界だかなんだか知らない所に連れていかれている真っ最中なのだ。
十行も進まないうちに前言撤回?と罵られそうだが、これは私の意思では無いことをわかって頂きたい。
簡単に説明すると、
『部屋で漫画を読んでいたら急に銀色の光を放つ鏡みたいなのが現れたけど、いつもの事と放っておいたら中からズルズルした服を着た男が現れて机の上にあった物を持って行こうとした。んで、その物というのが畳んで後で仕舞おうと思っていた下着だったので思わず止めようとしたら目測を誤って銀色の光に触れてしまった。慌てて手を引いたら、間髪いれずその下着泥棒が私の手を掴んで鏡に押し込んだ。ちなみに悲鳴をあげようとしたら口を手で塞がれました。つまり誘拐です』
ということになる。
全然簡単簡潔じゃないが、間に
「ちょ、変態」
とか
「え、あ、何これ変態が」
とか私の戸惑った心情を挟まなかっただけ許して欲しい。
取りあえず今、私は二年近く戦い続けた戦に負けて、銀色の光を通っているわけだ。
非常に無念である。
と、私は光に包まれたまま思った。
元凶の下着泥棒は、なんか知らないが鏡に入った途端どこかに消えてしまった。
一人でぽーんと放り出されてしまったわけだが、銀色に包まれたこの空間は気持ちが良い。
そう、覚えていないが母の胎内とはこんな感じではないだろうか。
ぼんやりしながらつらつら考えていたが、本格的に瞼が重くなってきた。
本当に胎児のように体を丸めて、心地好いまどろみに身を任せようとした所で思い出した。
―――そういえば、下着返して貰ってない。
どうしよう、とゴロンゴロンしてみたが襲い来る睡魔には勝てない。
そのまま私は意識を手放した。