表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄とか悪役令嬢とかじゃなくて俺は純愛をしたいんだっ!!! 

作者: ねこラシ
掲載日:2026/06/03

 えぇー諸君。

 純愛とやらを知っているかね? 

 それは、血なまぐさい凄惨なことは一切なく、お酒も、陰謀も、何も無い、ただ愛だけを追い求めた恋愛だ。

 俺の名前は久我蓮斗(くがれんと)。なんの取り柄も持たず、秀でた才能も、コミュ力もない、いつもクラスの隅にいる陰キャ……ではなく、クラスカースト一軍と二軍を行ったり来たりしている男。


 故に恋愛事もアニメの主人公に比べたらもっと多く入ってくる、と思っていた。


 そんな考えは甘いぞ、昔の俺に言ってやりたいセリフ一位だ。



※※※



 俺には幼なじみがいた。

 顔面偏差値は65くらい。一般以上の美形をしている女の子だ。

 幼稚園からずっと一緒でことある事に隣にいた女の子。

 名前をさつき、と言う。

 ずっと俺にべったりで、遊ぶにしても、買い物に行くにしても、勉強するにしてもずーっと一緒だった。

 性格は穏便で、物静かな子だった。

 服の袖を掴んできて、猫のようにあちこちに着いてくることばかりだった。

 

 そんな毎日だったから、さつきの両親も、俺の両親も許嫁として認めていた。

 正直俺も彼女のことが好きだった。どこかミステリアスでありながら、周囲には誰も懐かず、自分だけに笑顔を見せてくれる。特別な女の子、だった。


 しかし、小学校を卒業するとなった時、彼女は父の転勤によって地方へと移った。

 なんの前触れもなく、後に知ったことだが両親は卒業二ヶ月前から知っていたらしい。

 何でも別れを気にせずに残りの時間を楽しんで欲しかった、らしい。余計なお世話だ。


 彼女からも言葉は何一つなく、手紙だけが渡された。

 大きく、達筆な文字でただ一言だけ。


『結婚は出来ません』


 初めて読んだ時は全身のあらゆる所から冷や汗が吹き出て、肝が冷えた。

 結婚を約束した俺たち。一方的に好意を見せていた俺が馬鹿みたいだった。


 どうして好きと言わなかったのか。そんな後悔が今でもある。

 一度目の恋愛は小学校卒業と共にこうして幕を閉じた。



※※※



 中学生になると、さつきのことを引きずっていたが何とか前を向こうと必死になり自分を追い込んだ。

 部活は陸上部に入って、平日、土日もずっと走っていた。


 クラスでも学級委員をやってリーダーとなり、クラスの中心の輪に入れた。

 そんな俺に再び恋の転機が訪れる。

 何やら隣のクラスの女子が俺を気になっていると。


 顔も知らない相手だったが、俺はSNSを通して彼女とやり取りをしていた。

 部活終わり、家に帰ってようやく自由な時間が出来てベッドに飛び込む時。

 スマホを見ればいつも、その女の子からDMが届いていた。

 名前は杉宮陽葵(すぎみやひまり)

 ふらりと立ち寄った隣のクラスで、俺は彼女を初めて視界に捉えた。顔はさつきには劣るものの、秀麗という枠には収まるほどに整っていて、性格は彼女と反対でハキハキとして自分が強い、女の子だった。


『お疲れ! 今日も話そ!』


 初めは少し鬱陶しく感じていたそれも、不思議なもので月日を重ねるうちに自分から連絡を送るようになっていた。

 日々の些細なことから、恋バナまでいろんなことを彼女と話した。


 あぁ、青春だなぁ。そう思った矢先、暗雲が立ち込め始めた。


 何でも陽葵は後輩にいじめをしているという噂が回ってきた。

 それは陰湿で、物を隠すことから始まり、落書き、暴言、暴行とどんどんエスカレートしていった。

 加えて彼女は未成年飲酒の容疑が掛けられていた。

 そんなはずは……淡い希望を持って俺は彼女へ直接、聞きに行った。


 お互いに顔を合わせるのは初めてだった。

 こんな形で初対面を迎えるとは思いたくなかった。

 

「あぁー、バレちゃったんだ。最悪っ」


 放課後の廊下。誰もいない場所で、傍からみれば告白のシチュエーションで彼女は声のトーンを極限まで下げて、自分の髪を弄りながら呟いた。

 信じたくなかった、好きな人がいじめを、ましてや犯罪に手を染めていたなんて。


 だが現実は無情にも牙を剥いた。

 その後の彼女は自ら、何をしていたのかを吐いた。

 いじめと未成年飲酒はやっていたらしく、特に最悪だったのが俺を好きだった女子に関しては徹底的に嬲っていたらしい。


 恥ずかしい写真で脅し、口を割ればネット上に拡散する。

 中学生にしては行き過ぎたことだった。

 結果的に彼女は学校を転校した。

 表向きはそうだが、彼女は少年院行きだったらしい。


 二度に渡る失意と、絶望。

 俺はさつきの時以上に打ちのめされ、数ヶ月学校を行けなかった。


 周りが怖い、女子が怖かった。

 陽葵が残したものは大きく、俺と関わる女子はゼロに等しかった。

 それでも俺は諦めが悪いらしく『純愛』というのを夢見ていた。


 さつきと陽葵、その二人のような人間を好きになりたくない。

 婚約破棄や悪役令嬢のような女子と恋愛なんてごめんだ。

 だが、近辺の学区内に収まる女子は皆俺のことを邪視している。

 ならば、遠くに行こう。

 俺を知らない人たちがいる場所へ。

 そうして俺は祖父母がいる三つの県を跨いだ地方へ移ったのだ。



※※※



 県を三つも跨げば流石に俺のことを知っている人間はほとんどいなかった。

 中学の陸上でも目立った記録は出していなかったため、人間関係はゼロから始めることになった。

 だが、俺にとってはそれで、それが良かった。

 一からやり直すほうが良かったからだ。

 

 今度こそ純愛を! そう思って慣れないことをした。

 髪の毛に気を使い、スキンケアも始めて、香水なんかも買っちゃって、身だしなみに気を使い、性格もより明るくし、蓮斗という人間を再構築したのだ。


 だが現実は純愛などはなく、そもそも俺に好意を寄せてくれる女の子はゼロだった。

 話す女子は数えられないほどいるが、DMは一度も来ないし、恋バナは一度もしたことがなかった。


 やっぱりダメか、そう思って放課後気分転換に馴染みのない図書館へと足を運んだ。

 

 黄昏色が射し込む図書館で、一人の女の子が何やら慌ただしく本を運んでいるのが真っ先に目に映った。

 色鮮やかな茶髪を腰まで伸ばして、華奢な体を忙しなく動かしていた。

 胸あたりには『図書委員』という名札と共に、御代(みしろ)ゆきのという名前があった。


 見れば新しく入った文庫本を置いているらしい。それも大量の到底今日中には終わらなさそうな量だ。


 俺は迷わず彼女を助けようと話しかけた。初めは気がついていなかった彼女は二度目の呼びかけで俺に気が付き、透き通る宝石のような瞳で俺を視界に捉えた。


「どうかしましたか?」

「あ、いや、えっと。手伝おうかなって」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 そう言ってペコリと頭を下げる彼女。

 ふわりと紙の匂いに紛れてフローラルな香りが鼻を刺激した。


 呆気に取られていると、彼女が両手いっぱいに本を抱えた。その瞬間、バタバタと音を立てて本を落とした。

 すぐさま拾おうとゆきのは屈んだがその拍子に、持っていた本全てを結局落としてしまった。

 そのドジさはどこかさつきを思い出させるものだった。


「あ……大丈夫ですよ」

「いいや、手伝う。手伝わせて」


 さつきを思い出したからか知らないが、俺は咄嗟に手を伸ばして助けていた。

 初めは拒否していた彼女はやがて俺を受け入れてくれた。

 横並びになり、二人で本を棚へと収めて行く。

 彼女との身長差は俺の頭二つ分くらいだ。


「お名前聞いてもいいでしょうか」

「ん、俺は久我蓮斗。君は?」


 名札を見た後だが、そんなこと知らないフリして俺は彼女に名前を聞いた。

 

「私は御代ゆきのと言います。久我くん、ありがとうございます」

「いいって気にしないで。というか、他の委員はいないの?」

「はい。今日は私だけです」

「なら無理して一人でやろうとしなくても明日やれば良くない?」

「いいえ。ここにある沢山の本は誰かに読まれるのを待ってます。私自身も皆さんにこの本たちの素晴らしさを早く知って欲しいので、いても立ってもいられませんでした」


 ニコッと小さい笑みを返してくれたゆきの。どうやら彼女は読書をこよなく愛する少女らしい。


 そこからは他愛もない話をしつつ、俺たち二人は本をなんとか収納し終えた。

 時刻は学校が完全に締め切られる十九時の十分前、十八時五十分だった。

 

「ありがとうございました。何か、お礼をさせて下さい」

「え、いや……人として当たり前のことをしただけだよ」


 夜の学校校門前で、ゆきのに感謝を述べられながら俺は少しあたふたしていた。

 本当ならここで彼女の連絡先を、ってことや一緒にご飯行こう、などと言いたかったが……俺のパフォーマンスは何故かいつもと違った。


「では、いつかまたの機会に、ということでいいでしょうか」

「え、あ……う、ん」

「本日はありがとうございました」


 ペコリと頭を下げるゆきの。

 暗い夜道を女の子一人で帰らせる、そんなこと出来るはずない。

 俺は勇気を出して彼女に一緒に帰ることを提案し、見事了承を得た。この日俺が出せる最大限の勇気が、それだった。



※※※



 翌日の放課後、俺は何故か再び図書館へ足を運んでいた。

 今日は恐らくだが彼女は非番だ。

 図書委員は週に一回、クラスでローテーションする当番制。

 でも本が好きな彼女なら、そう思って俺は部活をサボって図書館へ。

 どうか居ますように、そんな思いを込めながら俺は図書館に入り、周囲を見る。

 番台にはやはり彼女はおらず、諦めかけたその時、端の机にぽつんと座り、本と睨めっこする茶髪の少女を見つけた。


 その瞬間に心臓が飛び跳ねるほどの衝撃を受けた俺は、動揺を隠しながら彼女へと近づいた。

 何故か緊張している胸を右手で抑えつつ俺が話しかける、よりも前に彼女はこちらに気が付いた。


「あ、蓮斗くん。本日もいらしていたんですね」

「あ、ああ……今日も手伝うことはあるかなぁと思って」

「安心してください。本日は無いです。それより、ぜひ座ってください」

「ありがとう……」


 何故かぎこちない俺は促されたままに椅子へと着座する。

 しばらくの沈黙に俺は心の中で首を傾げる。

 あれ、昨日ってどうやって、何を話していたっけ、と。


「蓮斗くんは普段どんな本を読むんですか?」


 内心慌てふためく俺とは反対にゆきのは昨日と同じように話題を振ってくる。

 本、何を読む……えぇっと、ええっと!


「で、伝記とか」

「わぁ伝記ですか。良いですよね、偉人がどんな人生を歩いていたのか知ることができる素晴らしい本ですよね」

「う、うん。そうだね」

「特に私はジャンヌ・ダルクが好きです。幼い少女が神のお告げを聞いて、フランス王へ会いに行くことから始まり、最期は火刑に処されて天に召される。最後まで自分の信念を貫いた凄い人です。蓮斗くんはどんな偉人が好きでしょうか」

「俺は……織田信長、とか?」

「戦国三英傑の一人ですね! うつけ者を演じることで敵味方を油断させて今川義元を奇襲したことを皮切りに、天下統一まであと一歩のところまで上り詰めた偉人。戦国時代、いえ日本を代表する偉人ですね」


 俺は彼女の話の八割くらいは聞いていなかった。というよりも、女の子との接し方を忘れている……のか? いやでも、クラスの女子とは普通に話せて……じゃあなんでこんなに緊張を?


「蓮斗くん、大丈夫ですか?」

「へ? あぁ大丈夫大丈夫!」

「体調が悪いのでしたら無理する必要はないですよっ。それとも本日は私がお手伝いしましょうか?」


 俯いた顔を覗くようにゆきのが椅子を寄せてくる。その度にお風呂上がりのような匂いが鼻を突き抜けて落ちいていられない。

 俺は焦点がぶれて、思考が回らなくなりつつあった。


「蓮斗くん?」

「……きだわ、これ」

「はい?」

「これ多分……だわ」


 俺はようやく自分の気持ちに、心の状態を理解できた。

 俺はゆきのという女の子に恋をしてしまったのだ。それも、恐らく一目惚れだ。

 というより俺、今口に出て──、


「……っ!」

「あ、蓮斗くんっ!」


 俺は立ち上がって図書館を後にする。

 まずいまずい! 口に出てた! 絶対にゆきのに聞かれてた。最悪だ! 

 図書館を出てチラリと後ろを見れば、胸に手を当てて入口に立ち尽くすゆきのが見えた。

 俺は見ていないことにして、全速力で廊下を駆けた。



※※※



 数日後の昼休み。


 俺はあれから図書館へと足を運んでいない。

 たかが二日、顔見知り程度の関係だ。 

 にも関わらず俺は彼女に一目惚れをし、『好き』だと口に出てしまった。


 俺は机にうずくまって一人悶絶していた。

 そんな時、俺に声を掛ける人間がいた。

 顔を上げて誰かと確認すれば、仲の良い友人が廊下を指さしていた。

 どうやら俺に客人のようだ。基本的に他クラスの人が教室へ入ることは禁止されているからな。


 しても誰だ? 俺に用なんて……。


(ゆきのだといいなぁ、なんて)


「蓮斗くん。大丈夫ですか?」

「えぁ?」


 入口に立っていたのはクリスタルの瞳をこちらに向ける美少女、御代ゆきのだった。

 俺に対する用事人が女子だと知ったイツメンは何やら騒ぎ立て茶化してくる。


「なぁーに、蓮斗彼女ぉ?」

「俺たちに内緒で作ってたのかよー」

「え、いや違っ──ちょ、ゆきの、来て」

「あ、はい……」


 俺はやや強引に彼女の手首を掴んで廊下を歩く。小さくて細い、女の子の手首だ。女の子の体に触れるのはさつきを除くと初め──じゃねぇよ!


 慌てて握っていた手首を離すと、びっくりしたのかゆきのは目を丸くし、立ち尽くしていた。


「ご、ごめん! いきなり手を掴んでびっくり、したよな?」

「いえ私の方こそ教室に生きなり訪ねてしまったので……それよりも蓮斗くん、大丈夫なんですか?」

「な、なにが?」

「数日前、急に立ち上がって走り出したのでびっくりしました。体調が悪いのかと思ったんですが走れるくらい元気でしたので……」

「あ、あぁあれは! 急に用事を思い出して!」

「そうだったんですね。てっきり私が嫌いになったのかと……」

「いやそんな! 嫌いになるなんてことはないよ、むしろ好──なんでもない」

「す、何でしょうか」


 首を傾げて答えを求めてくる。

 身長差によって必然的に上目遣いになってしまっている。

 くっそぅ……なんて可愛いんだ!

 俺は顔を背け、必死に話題の転換を図る。

 そして、咄嗟に出てきた言葉がこれだ。


「ゆきの! 放課後ご飯に行こう!」



※※※



 てなわけで、ゆきのとご飯に来ました。

 まさかそんな提案をされると思っていなかった彼女はしばらく硬直し、クスッと笑って承諾してくれた。

 彼女曰く、誰かとご飯に行くのは初めてらしい。

 つまり『初体験』を俺が……やめておこう。


「嬉しいです」

「え?」

「誰かからご飯に誘われることは無かったので」

「いや、ゆきのならあるでしょ? だってそんなに可愛──バシッ!」

「ど、どうしたんですか?」

「いや、自分へのケジメ。最近気持ちが緩んできてるからね」

「そ、そうなんですね」


 してゆきのはメニューと睨めっこする。

 本を読むように真剣な眼差しで、一つ一つのメニューを「うーん」と喉を鳴らしながら吟味している。

 ハンバーグにステーキ、ピザにパスタ。慣れ親しんだものの中から一つを選ぶ、難しいには難しいのだが、彼女は真面目に集中しているようだ。


 そんな姿が子供みたいで、とても可愛らしく俺は口元が緩んでしまった。

 数分の格闘の末に、彼女は覚悟を決めたような顔でカルボナーラを選択。俺はハンバーグを注文した。

 店員さんに注文をした後に席を立ってドリンクバーへに行くため席を立つ。


 本当は彼女といると心の声が漏れそうなため、そこから逃げるためだ。

 しかし、彼女はそれを逃すまいと制服の袖を掴んで再び上目遣いで質問をする。


「どこに行くんですか?」


 孤児のように慈しみを掛けたくなる表情に俺は悶絶してしまった。

 心の中で再び頬を叩くと、彼女へ告げる。


「ドリンクバー、です……っ」


 何故か敬語になってしまったが、彼女はピンと来ていないのか「うん?」となっている。

 あれ、ドリンクバーって言ったよな?

 発音が悪かったか? それとも、また俺が余計なことをっ!?


「あの……ドリンクバーって何でしょうか?」

「え……?」


 俺は自分の耳を疑った。

 ドリンクバー、確かに彼女はそう聞こえていたらしい。

 だがそのブツを知らないらしくカラメル色の双眸は雲がかっていた。あれ、ゆきのって……ドリンクバー注文したよね?

 まさか俺にわざわざ合わせて……。


「よし、ゆきのおいで」

「は、はいっ」


 俺は彼女に手招きして後を着いてくるように促すとドリンクバーならぬものの前に案内した。前の人が丁度飲み物を汲んでいるのを見て、俺はぽかんとしている彼女に説明する。


「ほらあれがドリンクバーだよ」

「……」


 心ここに在らずのような面立ちで飲み物を汲んでいる様を見つめる。

 ちょっとこの子大丈夫かしら? 

 そんなことを思いつつ俺達の番が回ってきた。


「グラスをここに置いて、飲みたいもののボタンを押す」


 俺は実技演習をしながら、ゆきのに見せる。

 不思議なものを見る眼差しで彼女はコップを両手で握り、見続けていた。

 俺はサイダーをコップの半分くらいまで注ぐと、彼女に番を譲る。


 すると彼女は俺と同じようにグラスを丁寧に優しく置くと、サイダーのボタンを押す。

 炭酸の音と水の音が鳴りながらグラスに注がれる。コップ半分くらいで止める、と思ったのだが炭酸はまだまだ注がれていく。

 サイダーが好きなのか、はたまた喉が乾いているのか、まだまだ注ぐ。


 気になってチラリと彼女へ視線を送ると、炭酸が出てくる口を覗き込むように屈んでいた。

 どうやらどこから出てきて、どうやって出ているのか気になっているらしい。


「えぇ?! な、何してるの!」


 俺の声とゆきのの行動が相まって周囲の視線が俺たちに注がれる。

 羞恥心を感じつつ、ゆきのを立ち上がらせるとコップに並々注がれた炭酸コップを彼女は手に取る。


「こ、零れそうですっ」


 花を扱うように慎重になる彼女。前へ前へと歩く彼女の足取りはゆっくりで、零さないように右へ左へと重心がズレると中心にずらしていた。


 なんだこれ、かわい……。


 そんな背中を親の視線を送りつつ、席へと戻った。

 早速炭酸を喉へ流し込む。

 パチパチと弾ける音を耳に入れながら流し込むと、喉が歓喜の声を上げるのが聞こえた。


「ど、どうしましょう……」


 一方で彼女はコップを見て頭を悩ませていた。

 表面張力ギリギリまで注がれた炭酸は恐らくもう持ち上げるだけで零れる。

 それでも彼女は何とかしようと、透明なコップをあちこちから見て、どうしたものかとしていた。


「はい、これ」

「ですがこれは、蓮斗くんの──」

「大丈夫、飲んで飲んで」


 俺は自分が飲んでいたコップをそのまま渡す。中にはまだ、サイダーが弾ける音を出しながらコップの三分の一まで残っている。

 両手で恭しく受け取った彼女の口角が少し上がった。

 そのままチビチビと飲み干すと、ビクッと体が震えた。ゆっくりと机にコップを置くと、少し瞳が潤んでいた。


「ふ、不思議な感じです……っ」

「も、もしかして炭酸飲んだこと、無かった?」

「はい、初めて飲みました。これが、炭酸、なんですね……」


 世の中には炭酸を飲めない女子もいると言われたがどうやら本当だったらしい。

 炭酸でやられた舌に涙を潤ませるゆきのを見て俺はますます彼女に惹かれていることに気が付かなかった。


 すると彼女はもう一杯、もう一杯と運んでいき全てを飲み干した。

 だが代償に慣れない感覚に襲われた。

 下がヒリヒリと痛み、喉がゴロゴロするのを感じていた。

 

「うぅ……痛い、です。ですが、美味しいです……っ」


 目尻に溜まった涙を指先で拾いながら感想を伝える。

 微笑みで感想に返した俺だがとあることに気がつく。彼女が飲み干したコップって俺の、だよな?


「〜〜〜〜っ!!」


 両目を覆って天を仰ぐ。

 無意識とはいえ俺と彼女に間接キスをしていた。

 何やってんだよ、と俺は自分の頭を叩く。

 

「どうかしたんですか?」


 まだ痛む舌が気になるのか手の団扇で口を仰ぐ彼女が不思議そうにする。

 どうしてこうも純粋無垢な子なんだ。何も気にしていないのか?


「今、神様に祈りを捧げてた」

「そ、そうなんですね。いたたっ……」

 

 お互いに自分のことで精一杯らしく、しばらくは会話が途切れた。しかし、その後出されたパスタに彼女を満面の笑みで出迎え、舌鼓を打っていた。

 それを愛くるしい目で見つめていたのは言うまでもないだろう。


 店を出て少しした所で、俺は覚悟を決めたように息を大きく吸う。

 隣で並行する彼女はそれを見て同じように息を吸い込んだ。

 次に足を止めて彼女を呼び止める。

 

「ゆきの」

「すーぅ、はい。どうかしましたか?」


 暗闇で、街灯とガラス越しに届く店の光しかないというのに彼女は眩しく、ハッキリと見えた。

 整った鼻立ちとくっきりとした二重と、涙袋。

 どこをとっても綺麗だとしか言いようがないゆきの。

 好きだ、彼女のことが好きだ。

 出会ってまだ一週間も経ってないが、俺は彼女のことを恐らく今までのどの女の子よりも気になり、好きになっている。


 だから、俺は覚悟を決めた。もっと距離を縮めたい。

 もっとゆきののことを知りたい。

 もっと彼女と話したい。

 

 一生のパートナーとして、俺が彼女を支えたい。この欲望は恐らく誰にも止められない。

 誰がストップをかけようとも俺の心は、体はブレーキを掛けられないだろう。


「あのさ──」

「はい」


 もう一度深呼吸をする。

 少し前に出る。より彼女の顔との距離が縮まり息遣いが聞こえてくるまで縮まった。

 彼女も何を言われるのか察しているのか分からないが少し神妙な顔つきに変わった。



「連絡先……交換しよ?」(ゆきの、好きだ)

「……っ。はい、お願いします」


 少し意外そうな顔を見せたが、気のせいだと思わせるほどに一瞬で切り替え彼女は快く承諾てくれた。

 ほっと心で息をつく。

 恐らく今、彼女に告白しても成功はしない。

 それは俺の過去の経験から分かっている。

 成功率を上げるためにはより距離を縮めて、日常の中で関わりが当たり前のものになるようにする。


 スマホを近づけ、彼女との連絡先を交換した俺は笑みを隠せなかった。

 だが、彼女は何故かスマホで顔を隠し、何か言いたげな視線でジッとこちらを見ていた。

 その後何故か俺たちの間には緊張感という雰囲気が張り詰め、上手く話せなかった。

 ようやく上手く会話できた、そう思った頃には昨日と同じ地点までたどり着き、互いに帰路へ着く瞬間になってしまった。


 先を行く彼女は足を止めて俺の方へと向き直る。頬を少し赤らめ、モジモジとしていた。


「蓮斗くん……」

「ん、どうした?」

「とても楽しかったです。また……また、行きたいですっ!」


 茶色の艶やかな髪を揺らしながら彼女は逃げるように立ち去ってしまった。

 さようなら、また明日を言うことも忘れて俺はポカーンとしばらく彼女が走っていった方向を見つめることしか出来なかった。


 

 

 これが俺が求めていた『純愛』だった。

 ただの愛情たっぷりの生クリームよりも重たい恋愛。

 甘くて……胃もたれしそうな程に酸っぱい恋愛というこもに気がついた俺は、心が彼女の笑顔で埋め尽くされ立ち上がることができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ