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涼グッズはいかがですか?

作者: 武ナガト
掲載日:2026/04/05

時は昼。真夏の太陽が照りつける中、一軒の家があった。

広い敷地を持つ、裕福そうな家だ。


そこに住むのは、二十代後半ほどの女。

今は一人だが、夫と二人で暮らしている。夫は仕事で外出中だった。


家事を終えた女は、手持ち無沙汰にしていた。

テレビをつけても、ドラマはつまらない。


「退屈ね。彼と会おうかしら」


彼――浮気相手のことだ。


リモコンでテレビを消し、カーテンを開ける。

強い日差しと蝉の声が、部屋の中にまで暑さを運んでくる。


「でも、この暑さは嫌ね」


ピンポーン。


インターホンが鳴った。


「誰かしら」


応答する。


「訪問販売の者でございます」


若い男の声だった。


断ろうかとも思ったが、退屈しのぎに聞いてみる。


「何を売っているの?」


「涼グッズでございます。我がヒエール社では、お客様に“涼”を体感していただく商品を取り扱っております」


「涼グッズ? 面白そうね。ちょっと待って」


女は玄関へ向かい、鍵を外してドアを開けた。


スーツ姿の男が立っている。

手には大きな銀色のアタッシュケース。


「お招きいただき、ありがとうございます」


男は中へ入り、ケースを開いた。


「まずはこちらを」


取り出されたのは、小型の扇風機だった。


「ミスト機能付きでございます。氷水を入れていただければ、冷たい霧を送り出します」


女は受け取り、レバーを引く。


ひんやりとした霧が肌をなぞった。


「あら、本当。気持ちいいわ」


「お値段もお手頃でございます」


提示された金額は、確かに妥当だった。


「……でも、使わないわね」


「では、こちらはいかがでしょう」


今度は絵画が取り出される。氷山の絵だ。


「スイッチを押すと、吹雪の音が流れます。視覚と聴覚の両方で涼を感じていただけます」


風の音が、かすかに響く。


「いらないわ」


その後も、冷却タオルや保冷バッグなど、いくつかの商品が紹介された。


女は一通り試したが、どれも購入には至らなかった。


「では、最後にこちらを」


男は封筒を取り出し、中から写真を一枚引き抜いた。


女の顔が固まる。


そこには、女と浮気相手が写っていた。

腕を組み、ホテルから出てくる瞬間。


「……どういうことかしら」


「奥様にだけご案内する商品でございます」


男は穏やかに言った。


「当社は興信所とも提携しております。営業活動の中で、こうした情報が手に入ることもございます」


女の血の気が引く。


「依頼主は……?」


「存じ上げません。ただ、想像はつくのではないでしょうか」


夫か、あるいは相手の妻か。


女は写真から目を離せない。


「脅しているの?」


「いいえ、販売でございます」


男は微笑む。


「こちらをご購入いただければ、この件が表に出ることはございません。今まで通り、穏やかにお過ごしいただけます」


女は息をのんだ。


「……複製は?」


「ございません。また、この件で再訪することもありません。セールスマンとして、お約束いたします」


「……この件では、ね」


「はい」


視線が交差する。


やがて女は、観念したように口を開いた。


「……いくら?」


提示された金額は、意外にも高くはなかった。


女は震える手で支払いを済ませた。


「お買い上げありがとうございます」


男は丁寧に頭を下げ、何事もなかったかのように去っていった。


静けさが戻る。


女は玄関で立ち尽くしたまま、動けなかった。


手には、写真と領収書。


複製はない。再訪もしない。

男はそう言った。


だが、それを信じる理由がどこにあるのだろう。


この写真を夫がもう見ているかもしれない。

相手の妻が持っているかもしれない。

明日、別のセールスマンが来るかもしれない。


ピンポーン。


そんな音が、幻のように耳の奥で鳴った。


女は思わず肩を震わせる。


真夏の昼だった。

カーテンの向こうでは、太陽がまだ容赦なく照りつけている。


それなのに、女の背中には冷たいものが流れていた。


手元の領収書に目を落とす。


但し書きには――


「涼グッズ」


と、記されていた。

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