涼グッズはいかがですか?
時は昼。真夏の太陽が照りつける中、一軒の家があった。
広い敷地を持つ、裕福そうな家だ。
そこに住むのは、二十代後半ほどの女。
今は一人だが、夫と二人で暮らしている。夫は仕事で外出中だった。
家事を終えた女は、手持ち無沙汰にしていた。
テレビをつけても、ドラマはつまらない。
「退屈ね。彼と会おうかしら」
彼――浮気相手のことだ。
リモコンでテレビを消し、カーテンを開ける。
強い日差しと蝉の声が、部屋の中にまで暑さを運んでくる。
「でも、この暑さは嫌ね」
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「誰かしら」
応答する。
「訪問販売の者でございます」
若い男の声だった。
断ろうかとも思ったが、退屈しのぎに聞いてみる。
「何を売っているの?」
「涼グッズでございます。我がヒエール社では、お客様に“涼”を体感していただく商品を取り扱っております」
「涼グッズ? 面白そうね。ちょっと待って」
女は玄関へ向かい、鍵を外してドアを開けた。
スーツ姿の男が立っている。
手には大きな銀色のアタッシュケース。
「お招きいただき、ありがとうございます」
男は中へ入り、ケースを開いた。
「まずはこちらを」
取り出されたのは、小型の扇風機だった。
「ミスト機能付きでございます。氷水を入れていただければ、冷たい霧を送り出します」
女は受け取り、レバーを引く。
ひんやりとした霧が肌をなぞった。
「あら、本当。気持ちいいわ」
「お値段もお手頃でございます」
提示された金額は、確かに妥当だった。
「……でも、使わないわね」
「では、こちらはいかがでしょう」
今度は絵画が取り出される。氷山の絵だ。
「スイッチを押すと、吹雪の音が流れます。視覚と聴覚の両方で涼を感じていただけます」
風の音が、かすかに響く。
「いらないわ」
その後も、冷却タオルや保冷バッグなど、いくつかの商品が紹介された。
女は一通り試したが、どれも購入には至らなかった。
「では、最後にこちらを」
男は封筒を取り出し、中から写真を一枚引き抜いた。
女の顔が固まる。
そこには、女と浮気相手が写っていた。
腕を組み、ホテルから出てくる瞬間。
「……どういうことかしら」
「奥様にだけご案内する商品でございます」
男は穏やかに言った。
「当社は興信所とも提携しております。営業活動の中で、こうした情報が手に入ることもございます」
女の血の気が引く。
「依頼主は……?」
「存じ上げません。ただ、想像はつくのではないでしょうか」
夫か、あるいは相手の妻か。
女は写真から目を離せない。
「脅しているの?」
「いいえ、販売でございます」
男は微笑む。
「こちらをご購入いただければ、この件が表に出ることはございません。今まで通り、穏やかにお過ごしいただけます」
女は息をのんだ。
「……複製は?」
「ございません。また、この件で再訪することもありません。セールスマンとして、お約束いたします」
「……この件では、ね」
「はい」
視線が交差する。
やがて女は、観念したように口を開いた。
「……いくら?」
提示された金額は、意外にも高くはなかった。
女は震える手で支払いを済ませた。
「お買い上げありがとうございます」
男は丁寧に頭を下げ、何事もなかったかのように去っていった。
静けさが戻る。
女は玄関で立ち尽くしたまま、動けなかった。
手には、写真と領収書。
複製はない。再訪もしない。
男はそう言った。
だが、それを信じる理由がどこにあるのだろう。
この写真を夫がもう見ているかもしれない。
相手の妻が持っているかもしれない。
明日、別のセールスマンが来るかもしれない。
ピンポーン。
そんな音が、幻のように耳の奥で鳴った。
女は思わず肩を震わせる。
真夏の昼だった。
カーテンの向こうでは、太陽がまだ容赦なく照りつけている。
それなのに、女の背中には冷たいものが流れていた。
手元の領収書に目を落とす。
但し書きには――
「涼グッズ」
と、記されていた。




