誘拐
「では、夜のお茶会を楽しみましょう」
エリーゼに言われ、シャーロットは彼女や国の事を知ろうとする。
「まずあなたの事を教えてくださいな。それにアルトドルファー王国がどんなに素晴らしい国かお聞きしたいですわ」
「ええ、勿論」
二人の会話は和気藹々と始まり、酒も進んでいく。
ワインはとても美味しく、さすが王宮が用意した美酒だ。
「アルトドルファー王国はワインの名産国でもあるのです。よろしければ今度我が領にいらっしゃいませんか? 領内に葡萄畑があって、良質なワインが沢山あります」
「素敵だわ」
ほろ酔い加減になったシャーロットは、浮かれていた。
エリーゼは気が利いて優しく、話の運びも上手い。
彼女に魅力を感じたシャーロットは、夫に〝友人〟を紹介したいと思っていた。
いつの間にかエリーゼは隣に座り、手を取って親密に話している。
「それにしても、シャーロット様はとても肌が白くて綺麗ですね」
エリーゼは彼女の頬に触れ、耳の輪郭を辿ってくる。
「あ……」
ギルバートに散々愛された体は、同性に触れられるだけで感じてしまうようになっていた。
「あら、感じてしまったの? 可愛らしい方」
エリーゼは悪戯っぽく笑い、さらにシャーロットのうなじや肩を撫でる。
「あの……」
彼女は戸惑うシャーロットに頬を寄せ、クスクス笑いながら囁いた。
「英雄閣下はどのように愛してくださるのですか? 大丈夫、女同士ですから教えて?」
「え……と。とても……、愛してくださいます」
酔っぱらった体は敏感になり、エリーゼに囁かれるだけでくすぐったくて堪らない。
彼女の手はとても柔らかで、夫とは違った気持ち良さがある。
「お休みになる時、閣下はやはり眼帯を外されるのかしら?」
「そうですね。寝所とお風呂の時は外すと仰っていました」
エリーゼはそれ以上体に触れる事はなく、ただからかわれたのだと判断した。
酔っぱらってウトウトとしているシャーロットは、目を閉じてソファにもたれ掛かっていた。
だから――、気付かなかった。
エリーゼが深い胸元から小瓶を出し、音をたてずに口で栓を開け、その中身をシャーロットのグラスに注いだ事を――。
それを終えたあと、エリーゼは何事もなかったように小瓶を胸の奥にしまい、会話を続ける。
「元帥閣下は周囲から恐れられていると聞きますが、自慢の旦那様なのですね。今も王族に求められて……。素敵ですわ」
彼女はクスッと笑い、シャーロットの頬にキスをした。
「エリーゼ様も、ギル様に憧れていますか?」
彼女があまりにギルバートを褒めるので、シャーロットは少し不安になってしまう。
「ふふ。男性として魅力を感じているかと言われれば、『いいえ』です。わたくしには想い人がいますもの」
彼女はそう言って微笑むと、「飲みましょう」と二つのグラスにワインを注いだ。
「両国の未来に乾杯」
「ふふ、乾杯」
グラスが合わさる透明な音がしたあと、二人はワインを呷った。
「セドリック……様でしたっけ?」
「はい」
ドアが細く開いて呼びかけられ、廊下にいたセドリックはすぐ反応する。
「すみません。シャーロット様は、酔っぱらって眠ってしまいました。部屋のベッドで寝ていますので、閣下がいらっしゃるまで寝かせて差し上げようと思います」
「あぁ……、寝てしまわれていますね」
ヒョイと部屋の中を覗けば、確かにシャーロットがベッドに横たわっているのが見える。
「わたくしにも責任がありますし、付き添っておりますね。その前に、少し外しても宜しいですか? ちょっと……お化粧直しに」
「どうぞ、レディ」
化粧直しと言われて断れる訳がなく、セドリックはもう一度シャーロットの姿を確認してからドアを閉めた。
部屋の窓が開いていたが、酔ったシャーロットの火照りを冷ますためだろう。
それにここは一階ではないので、不審者が入る心配もない。
セドリックは廊下を歩いて行くエリーゼの後ろ姿を見送り、また周囲に気を配りながらドアの前に立った。
が、そのままエリーゼが戻ってくる事はなかった。
**
バルコニーの外、大きなマロニエの枝がたわんでいた。
夜の闇に隠れて円筒状の物が空中を渡り、それがマロニエの木まで辿り着くと、複数人の男が受け取る。
そのあと一名がバルコニーの窓を閉め、ロープを伝って木に渡った。
人陰が身軽に着地すると、ロープや滑車が回収される。
そして下にあった荷馬車が静かに発進した。
巻かれた絨毯の中には、手足を縛られ毛布にくるまれたシャーロットが、スゥスゥと眠って横たわっている。
周囲にはカモフラージュのためか、空の酒瓶や樽などが置かれてあった。
「こんな夜更けに何者だ?」
荷馬車が門を出る際、門番に声を掛けられる。
商人の格好をした男たちは、慌てることなく事前に用意していた言葉を口にした。
「王宮に出入りしている商人です。空いた瓶や樽を回収してまさぁ。あとはやんごとなき貴族さまのゲロがついた絨毯とか……」
「……通れ」
門番は荷馬車の中身をチラッと確認し、顎をしゃくって先を示す。
荷馬車は夜の王都を静かに進んでいく。
やがて大通りを抜けると、同じような荷馬車がどこからともなく集まってきた。
王都を抜ける際は夜間に荷物を運び出す隊商として、集団で門を通った。
荷馬車は王都を出て人通りのなくなった街道まで進んだあと、全速力で走り始めた。
散々褒め称えられたギルバートが解放されたのは、夜も更けたあとだ。
ボールルームは貴族たちが相変わらず酒を飲んで踊り、おしゃべりに興じている。
舞踏会が始まった時より人数が減ったのは、帰った者もいるだろうし、どこかにしけこんだ男女もいるからだろう。
(私の妻に限って、それはないがな)
ギルバートは溜め息をついて気持ちを切り替えると、シャーロットを探し始めた。
まさかずっと立って待っているはずがなく、どこかで休んでいるだろうとは思っていた。
ボールルームを見回すと、ブレアが足早に近づいてくる。
「閣下、お勤めご苦労様です」
「シャルは?」
「隣国の令嬢に誘われ、お二人で談話室に向かわれました」
「まだ戻っていないのか?」
女と知って安心したが、だからといって大切な妻を独り占めさせていい訳ではない。
「談話室の外でセドリックが待機しています」
「案内を」
「はっ」
二人はそれぞれの場所で待機していたが、シャーロットが談話室に向かったあと、ブレアは一度部下を使って談話室の場所を確認していた。
廊下を進んでいくと、ドアの前で直立不動しているセドリックがいた。
「閣下」
彼はギルバートの姿を見ると、踵を鳴らして敬礼する。
「シャルは部屋の中か?」
「はい」
返事を聞き、ギルバートはドアをノックした。
「失礼。妻を迎えに来た」
しかし、しばらく経っても返事はない。
誰も中から応える気配がないのを感じ、ギルバートは目を眇め、ブレアとセドリックは顔を見合わせる。
「失礼する」
ギルバートは問答無用でドアを開き、室内を見回す。
テーブルの上には二人分の飲みあとがあり、部屋に特に乱れた様子はない。
ベッドには――。
「……嘘だろ」
背後で、蒼白になったセドリックが呟いた。
ベッドにはシャーロットが寝ていた形跡はあったが、今は誰もいない。
ギルバートは、自分の心が急激に冷え、冴えていくのを感じていた。
「やっと妻に会える」と思っていた浮ついた気持ちは消え、戦場にいるような、触れれば切れるような気迫が滲み出る。
その雰囲気を感じた二人は一歩引き、恐怖をたたえた表情で上官の指示を待った。
ギルバートが〝こう〟なれば、どうなるのか十分に分かっている。
彼は感情を不必要とし、任務遂行のためなら何でもする〝死神〟だ。
戦争が終わり、その異名を感じさせる雰囲気もなくなったと思っていたのに――。




