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死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


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9/25

誘拐

「では、夜のお茶会を楽しみましょう」


 エリーゼに言われ、シャーロットは彼女や国の事を知ろうとする。


「まずあなたの事を教えてくださいな。それにアルトドルファー王国がどんなに素晴らしい国かお聞きしたいですわ」


「ええ、勿論」


 二人の会話は和気藹々と始まり、酒も進んでいく。


 ワインはとても美味しく、さすが王宮が用意した美酒だ。


「アルトドルファー王国はワインの名産国でもあるのです。よろしければ今度我が領にいらっしゃいませんか? 領内に葡萄畑があって、良質なワインが沢山あります」


「素敵だわ」


 ほろ酔い加減になったシャーロットは、浮かれていた。


 エリーゼは気が利いて優しく、話の運びも上手い。


 彼女に魅力を感じたシャーロットは、夫に〝友人〟を紹介したいと思っていた。


 いつの間にかエリーゼは隣に座り、手を取って親密に話している。


「それにしても、シャーロット様はとても肌が白くて綺麗ですね」


 エリーゼは彼女の頬に触れ、耳の輪郭を辿ってくる。


「あ……」


 ギルバートに散々愛された体は、同性に触れられるだけで感じてしまうようになっていた。


「あら、感じてしまったの? 可愛らしい方」


 エリーゼは悪戯っぽく笑い、さらにシャーロットのうなじや肩を撫でる。


「あの……」


 彼女は戸惑うシャーロットに頬を寄せ、クスクス笑いながら囁いた。


「英雄閣下はどのように愛してくださるのですか? 大丈夫、女同士ですから教えて?」


「え……と。とても……、愛してくださいます」


 酔っぱらった体は敏感になり、エリーゼに囁かれるだけでくすぐったくて堪らない。


 彼女の手はとても柔らかで、夫とは違った気持ち良さがある。


「お休みになる時、閣下はやはり眼帯を外されるのかしら?」


「そうですね。寝所とお風呂の時は外すと仰っていました」


 エリーゼはそれ以上体に触れる事はなく、ただからかわれたのだと判断した。


 酔っぱらってウトウトとしているシャーロットは、目を閉じてソファにもたれ掛かっていた。


 だから――、気付かなかった。


 エリーゼが深い胸元から小瓶を出し、音をたてずに口で栓を開け、その中身をシャーロットのグラスに注いだ事を――。


 それを終えたあと、エリーゼは何事もなかったように小瓶を胸の奥にしまい、会話を続ける。


「元帥閣下は周囲から恐れられていると聞きますが、自慢の旦那様なのですね。今も王族に求められて……。素敵ですわ」


 彼女はクスッと笑い、シャーロットの頬にキスをした。


「エリーゼ様も、ギル様に憧れていますか?」


 彼女があまりにギルバートを褒めるので、シャーロットは少し不安になってしまう。


「ふふ。男性として魅力を感じているかと言われれば、『いいえ』です。わたくしには想い人がいますもの」


 彼女はそう言って微笑むと、「飲みましょう」と二つのグラスにワインを注いだ。


「両国の未来に乾杯」


「ふふ、乾杯」


 グラスが合わさる透明な音がしたあと、二人はワインを呷った。






「セドリック……様でしたっけ?」


「はい」


 ドアが細く開いて呼びかけられ、廊下にいたセドリックはすぐ反応する。


「すみません。シャーロット様は、酔っぱらって眠ってしまいました。部屋のベッドで寝ていますので、閣下がいらっしゃるまで寝かせて差し上げようと思います」


「あぁ……、寝てしまわれていますね」


 ヒョイと部屋の中を覗けば、確かにシャーロットがベッドに横たわっているのが見える。


「わたくしにも責任がありますし、付き添っておりますね。その前に、少し外しても宜しいですか? ちょっと……お化粧直しに」


「どうぞ、レディ」


 化粧直しと言われて断れる訳がなく、セドリックはもう一度シャーロットの姿を確認してからドアを閉めた。


 部屋の窓が開いていたが、酔ったシャーロットの火照りを冷ますためだろう。


 それにここは一階ではないので、不審者が入る心配もない。


 セドリックは廊下を歩いて行くエリーゼの後ろ姿を見送り、また周囲に気を配りながらドアの前に立った。


 が、そのままエリーゼが戻ってくる事はなかった。




**




 バルコニーの外、大きなマロニエの枝がたわんでいた。


 夜の闇に隠れて円筒状の物が空中を渡り、それがマロニエの木まで辿り着くと、複数人の男が受け取る。


 そのあと一名がバルコニーの窓を閉め、ロープを伝って木に渡った。


 人陰が身軽に着地すると、ロープや滑車が回収される。


 そして下にあった荷馬車が静かに発進した。


 巻かれた絨毯の中には、手足を縛られ毛布にくるまれたシャーロットが、スゥスゥと眠って横たわっている。


 周囲にはカモフラージュのためか、空の酒瓶や樽などが置かれてあった。


「こんな夜更けに何者だ?」


 荷馬車が門を出る際、門番に声を掛けられる。


 商人の格好をした男たちは、慌てることなく事前に用意していた言葉を口にした。


「王宮に出入りしている商人です。空いた瓶や樽を回収してまさぁ。あとはやんごとなき貴族さまのゲロがついた絨毯とか……」


「……通れ」


 門番は荷馬車の中身をチラッと確認し、顎をしゃくって先を示す。


 荷馬車は夜の王都を静かに進んでいく。


 やがて大通りを抜けると、同じような荷馬車がどこからともなく集まってきた。


 王都を抜ける際は夜間に荷物を運び出す隊商として、集団で門を通った。


 荷馬車は王都を出て人通りのなくなった街道まで進んだあと、全速力で走り始めた。






 散々褒め称えられたギルバートが解放されたのは、夜も更けたあとだ。


 ボールルームは貴族たちが相変わらず酒を飲んで踊り、おしゃべりに興じている。


 舞踏会が始まった時より人数が減ったのは、帰った者もいるだろうし、どこかにしけこんだ男女もいるからだろう。


(私の妻に限って、それはないがな)


 ギルバートは溜め息をついて気持ちを切り替えると、シャーロットを探し始めた。


 まさかずっと立って待っているはずがなく、どこかで休んでいるだろうとは思っていた。


 ボールルームを見回すと、ブレアが足早に近づいてくる。


「閣下、お勤めご苦労様です」


「シャルは?」


「隣国の令嬢に誘われ、お二人で談話室に向かわれました」


「まだ戻っていないのか?」


 女と知って安心したが、だからといって大切な妻を独り占めさせていい訳ではない。


「談話室の外でセドリックが待機しています」


「案内を」


「はっ」


 二人はそれぞれの場所で待機していたが、シャーロットが談話室に向かったあと、ブレアは一度部下を使って談話室の場所を確認していた。


 廊下を進んでいくと、ドアの前で直立不動しているセドリックがいた。


「閣下」


 彼はギルバートの姿を見ると、踵を鳴らして敬礼する。


「シャルは部屋の中か?」


「はい」


 返事を聞き、ギルバートはドアをノックした。


「失礼。妻を迎えに来た」


 しかし、しばらく経っても返事はない。


 誰も中から応える気配がないのを感じ、ギルバートは目を眇め、ブレアとセドリックは顔を見合わせる。


「失礼する」


 ギルバートは問答無用でドアを開き、室内を見回す。


 テーブルの上には二人分の飲みあとがあり、部屋に特に乱れた様子はない。


 ベッドには――。


「……嘘だろ」


 背後で、蒼白になったセドリックが呟いた。


 ベッドにはシャーロットが寝ていた形跡はあったが、今は誰もいない。


 ギルバートは、自分の心が急激に冷え、冴えていくのを感じていた。


「やっと妻に会える」と思っていた浮ついた気持ちは消え、戦場にいるような、触れれば切れるような気迫が滲み出る。


 その雰囲気を感じた二人は一歩引き、恐怖をたたえた表情で上官の指示を待った。


 ギルバートが〝こう〟なれば、どうなるのか十分に分かっている。


 彼は感情を不必要とし、任務遂行のためなら何でもする〝死神〟だ。


 戦争が終わり、その異名を感じさせる雰囲気もなくなったと思っていたのに――。

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