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死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


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8/25

夜会で出会った伯爵令嬢

「あれは不運が重なって起こった事だ。警備は軍の管轄だが、十月堂という建物の管理はアルバーン卿が担っていた。身体検査を行うのは我々であっても、催しの責任は彼が負う事になる。私は軍にも非があると言ったのだが……」


 ギルバートが言う通り、行事では場所と警備で責任者が異なる。


「ギル様がそう仰る必要はありません」


 どうしようもない事件だったが、ギルバートは父だけの責任ではないと言ってくれたし、父が責任を問われた時も先頭に立って反対したそうだ。


 その気遣いだけで十分だ。


「そうだわ。蜜月の間に実家に手紙を書くと約束したのです。明日、お茶でも飲みながらゆっくり認めたいと思います」


「そうするといい。アルバーン卿も愛娘が私のような男に嫁いで心配しているだろうから」


「もう……」


 ギルバートは恐ろしい人ではないのに、自ら〝死神元帥〟として振る舞っている。


 優しい彼が自分をこう思うようになったのも、周りの環境も含め、様々な要因があったからだろう。


「私はギル様がお優しい方だと分かっています」


 彼がその姿勢を変えないなら、シャーロットも変わらずこう言い続けると決めた。


 ギルバートは柔らかく微笑むと、彼女の言葉に是とも非とも言わず、無言で紅茶を飲む。


(この方はこういう方なんだわ)


 内心では「勿体ない」と思うが、ギルバートがそう望むなら余計な事はしない。


(でも私は、あなたの魅力を沢山知っていますからね)


 シャーロットは心の中で呟き、別の話題を振った。




**




 二月宮での生活は楽しく、快活なアリスは毎日笑わせてくれる。


 やがて蜜月が明け、ギルバートは正式に仕事に復帰したが、生活そのものは変わらなかった。


 彼は朝食のあと屋敷を出て、昼食の頃に一度二月宮に戻る。それからまた登城し、夕方に帰宅した。


 会談の準備は進み、蜜月が終わって二週間後に、アルトドルファー王国の王侯貴族がやってきた。


 国はかつての敵国を歓迎し、街には両国の国旗が翻る。


 会談が行われたあとに舞踏会が開かれるので、シャーロットもドレスを新調していた。


 アイボリーとピーコックグリーンの対比が美しいドレスは、ふんだんにレースやフリルがあしらわれている。


 それをきちんと着られるように、夫にキスマークをつけるのを控えるようお願いしたのもあり、当日は綺麗な胸元で夜会に参加する事ができた。






 会談はハプニングが起こる事もなく行われ、夜会が開かれた。


 王宮のボールルームには着飾った貴族たちが集い、酒を楽しみワルツを踊る。


 楽師たちが音楽を奏でる中、彼らは出身国関係なく笑い合っていた。


 何より両国の貴族たちが驚いたのは、〝死神〟と名高い元帥が見事に踊った事だ。


 彼は自分の胸元ほどしか身長のない幼妻の手をとり、王族がファーストワルツを踊ったあとに、名誉の一番手としてボールルームに立った。


 それまでのギルバートは踊りに必要性を感じず、一度も人前で踊った事がなかった。


 だから余計に『軍人は剣しか握れない』と揶揄されていた。


 そんな彼が可憐な妻の手を取って完璧なワルツを踊ったものだから、誰もがその姿に見入ってしまった。


 大きな拍手を送られたあと、ギルバートとシャーロットは王族に呼ばれ、両国の未来を語る場に同席する。


 最初シャーロットは夫の隣に立っていたのだが、〝死神元帥〟の噂などものともしない王女たちにギルバートが囲まれたのを見て、遠慮して下がってしまった。


 彼としても王族を相手に素っ気ない態度をとる訳にいかず、一応の話し相手にはなる。


 すっかり置いてけぼりになってしまったシャーロットは、「酔ってしまったので少し休ませていただきます」と中座する事にした。


「シャル、大丈夫か?」


 ギルバートが心配そうに尋ねてくるが、妻としては王族がいる場で英雄に気を遣わせている事を申し訳なく感じている。


「大丈夫です。護衛のお二人と一緒にいますからご心配なく」


 シャーロットは王族にカーテシーしたあと、ロイヤルシートから去った。


 ギルバートとしては妻を追いかけたいが、国王や英雄に憧れる王族に囲まれては敵わない。


 ボールルームに戻ったシャーロットは、護衛を連れたまま壁の花になっていた。


 勿論、男性たちがダンスに誘ってきたが、ブレアとセドリックにジロリと睨まれ、シャーロットにも断られてすごすごと退散していった。


 ボールルームを何とはなしに眺めていると、着飾った令嬢たちのドレス姿が見られるので楽しい。


(このまま、ギル様の用事が終わるまで待っていましょう)


 そう思って、手にしていたシャンパンの残りを飲んだ時だった。


「ブラッドワース公爵夫人でございますか?」


 ワインレッドのドレスを身に纏った女性が声を掛け、カーテシーすると微笑みかけてきた。


「はい。あなたは……?」


 シャーロットはお辞儀を返したあと、きょとんと目を瞬かせる。


 女性は赤毛にブルーアイの、勝ち気そうな印象の美人だ。


 シャーロットが知る限り彼女を自国の社交界で見た事がないので、アルトドルファー王国の令嬢だろう。


「わたくしはアルトドルファー王国アルデンホフ伯爵の娘、エリーゼと申します」


「ご丁寧にありがとうございます。私はブラッドワース公爵夫人シャーロットですわ」


 こうやって誰かに「ブラッドワース公爵夫人」と名乗れるのが嬉しい。


 相手が女性という事もあり、シャーロットは安心して彼女に挨拶した。


「時の英雄ギルバート様が奥方を娶られたと知り、どのような女性なのか興味津々でしたの。あの方は、我が国にも平和をもたらした〝英雄〟ですから」


 エリーゼは、とても感じのいい女性で、水玉模様のペチコートがお洒落だ。


 顎につけぼくろをしているのも、流行を追っている女性という感じがする。


 そこにほくろが付いているのは、確か「私は慎み深い女性です」という意味だ。


「まぁ、夫の事をそう思ってくださるのですね」


 アルトドルファー王国の貴族にもギルバートを良く思う者がいると思うと、舞い上がるほど嬉しい。


「勿論ですとも。ですから、ぜひ奥方様から〝英雄〟のお話をお聞きしたいと思いました。談話室を一つ予約しましたから、女性同士でお話しませんか?」


「勿論です!」


 即答したシャーロットは、チラッとロイヤルシートを見るが、さすがに遠くてギルバートがどうしているかは分からない。


 シャーロットはブレアに告げる。


「私はエリーゼ様とお話ししてきます。もしギル様に尋ねられたら、談話室の場所をお教えください。心配するといけませんから」


「かしこまりました。伝令のために私はここに残りますが、セドリックは談話室の外に待機させます。宜しいですね?」


「ええ」


「ではブラッドワース公爵夫人、こちらへ」


 二人の会話が終わるのを待っていた伯爵令嬢は、シャーロットを先導して歩き出した。


「どうぞ名前で呼んでくださいな、エリーゼ様」


「ふふ。分かりましたわ、シャーロット様」


 セドリックも二人のあとに続き、三人はボールルームを出た。


「テラスから庭園と月を見られる談話室を予約しました。二人で月を眺めながら、両国の未来についてお話しましょう」


「ええ!」


 シャーロットはすっかり有頂天になっていた。


 友達と思っていた令嬢たちは、彼女が〝死神元帥〟と結婚したと知ると、自然と疎遠になっていった。


 気持ちは分からないが、分かりやすいまでの反応が悲しかった。


 それでも手紙を書いて夫がどんなに優しい人か、自分が幸せかを伝えたが、いまだ返事は届いていない。


 だから余計に、エリーゼに好意的に話しかけられたのが嬉しくて堪らなかった。


 アルトドルファー王国の者であれば、かつての敵国なので恨まれていても仕方ない。


 夜会を楽しむ貴族たちも、表向きは笑顔で接しているが、互いに失礼な事を言わないようにとても気を遣っているに違いない。


 それでもエリーゼは勇気を出して話しかけてくれた。その気持ちが嬉しくてならないのだ。


 やがて彼女は上階にある一室の前で立ち止まった。


「ここです。護衛の方は外で待っていてくださいませ。女性同士の話ですから」


「かしこまりました。その前に、部屋を確認させていただいても宜しいですか?」


「どうぞ」


 談話室は暖炉とソファセットがある一般的な作りで、有事のためにベッドもあるが、女性同士なので変な心配をする必要はない。


 セドリックは不審者がいないか確認すると、カーテンを開けて窓の外も見る。


 バルコニーの外にはマロニエの木がある。


 大きな月が出ていて、眼下には庭園が広がり、噴水が光っているのが見えた。


「……異常なし、ですね。どうもお邪魔いたしました。私はドアの外に待機しておりますので、何かありましたらいつでも声を掛けてください」


「ありがとう」


 セドリックが部屋を出ていくと、エリーゼは飲み物の準備を始めた。


 室内にはワインやシェリー酒、ブランデーなど様々な酒がそろっている。


 ティーセットもあり、クローシュドームの中にはお菓子もあった。

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