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死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


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二月宮

 国王からは蜜月に一か月の休暇を与えられたが、元帥である以上ブラッドワース邸には毎日彼の部下が訪れていた。


 最初の一週間、シャーロットは執事に邸内を案内してもらったり、ギルバートと色んな事を話したりして穏やかな時を過ごしていた。


 勿論、時間があればギルバートに情熱的に求められた。


 時間を厭わず求められると、嬉しい反面こんな事ばかりしていていいのか、と罪悪感を抱く。


「あの……、昼間はあまり愛し合わなくてもいいのでは? ……夜に十分愛し合っているのですし……」


 庭園のガゼボでもたっぷり啼かされたあと、シャーロットはドレスを直しながら赤面して訴える。


「君の気持ちは尊重したいが、私に与えられた休暇はこう見えて短い。その間に十分すぎるほど抱いて、確実に子をなしてほしい」


「……はい」


 貴族の女性にとって最も大切な事は、嫁いだ相手の跡継ぎを産む事だ。


 彼の言う事ももっともだと思ったシャーロットは、まじめな顔で頷く。


「生活に支障が出るというなら控えるが、今のところ公爵夫人としての予定は立っていないし、蜜月の間ぐらい、時間を問わない生活をしてもいいと思うが」


 トラウザーズの前を整え、クラバットを結び直したギルバートは、悪戯っぽく笑う。


「……そうですね」


 夫の言う通り、休暇が終われば多忙な彼は屋敷を空けがちになるかもしれない。


 そうなる前に、しっかりと〝準備〟をするほうが大事だ。


 生真面目にギルバートの方便を受け止めたシャーロットは、愛されたあとの気だるさを感じながら微笑んだ。






 それから数日経ち、ギルバートは国王から登城するよう命じられた。


〝英雄〟となった彼は、十月堂事件を経て国王のお気に入りとなっている。


 書面には【改めて新妻を紹介し、新婚生活の様子を報告してほしい】と書いてあった。


 それを聞いたシャーロットは、二つ返事で同行すると決めた。


 まだ蜜月期間中で、正式に社交界に公爵夫人として紹介されていない。


 その前に王族に顔と名前を覚えられると思えば、これ以上心強い事はない。


 二人は馬車に乗ってタウンハウスを出て、周りには騎馬隊が随行した。


 緊張したシャーロットは、ピンと背筋を伸ばして表情を強張らせている。


 いつも通り軍服を見に纏ったギルバートは、おかしそうに妻を見た。


「まだ着いてすらいないのだから、そんなに緊張する事はないだろう」


「何事も気持ちからです」


「なら、緊張を解くまじないをかけようか?」


「え?」


 軍人であるギルバートがまじないという単語を口にすると思わず、シャーロットは不思議そうに目を瞬かせる。


 すると彼は優しく微笑み、両腕を広げた。


「……ふふ」


 彼の意図を察したシャーロットは、笑顔になって夫に抱きつく。


 大きな体にスッポリと包まれるように抱かれると、全身を包んでいた緊張が緩み、安心する。


 夫はシャーロットの額にキスを落とし、髪を撫でた。


「……旦那様」


 甘えた声で夫を呼ぶと、さらにちゅ、ちゅ、と額に唇が押しつけられる。


「私を〝隻眼の悪魔〟と呼ぶ者たちが、この姿を見たらどう思うだろうな」


「あら、私はギル様がとてもお優しい方だと、みんなに知ってもらいたいです」


「そんな事はシャルだけ知っていればいい」


 それは一見、シャーロットだけを思う甘い言葉のように思えた。


 しかし妻以外の者に「エルフィンストーン王国の死神元帥は本当は優しい男だ」という話が広がれば困る。


 ギルバートは好き勝手な噂が流れている事に辟易としながらも、それを利用してわざと〝死神元帥〟を演じているところがあった。


 先代公爵である父グローヴは数多くの勲功をたて、彼亡きあと息子であるギルバートが爵位を継いだ。


 最初は周囲から『若造』『実力と爵位が追い付いていない』と散々な言われようだった。


 しかしギルバートは時間をかけて、そう言う者達を黙らせていった。


 父が存命だった頃、ギルバートは軍の中で頭角を現し、異例の早さで昇進していった。


 軍と無関係の文官たちから見れば、彼はただの若造に見えただろう。


 だが騎士団の中で彼は貴族の子息ながらも、実力のある者として一目置かれ、ゆくゆくはグローヴすら超える器と言われていた。


 戦争では表情一つ変えずに大勢の敵を屠り、敵軍からつけられた〝死神〟というあだ名は、自軍にも広まっていった。


 部下たちは『自分たちの上官は、敵から〝死神〟と呼ばれるほど強い』と、肯定的な意味であだ名を広めた。


 けれどそれは、エルフィンストーン王国の貴族たちを怖がらせる結果となってしまった。


 次第にギルバート・ラッセル・ブラッドワースその人が、畏怖の対象となる。


 それが今になって「実は優しい人です」と言っても誰も信じないだろうし、せっかく広まった威信が薄れては困る。


 ギルバートとしては、妻の気遣いは嬉しいが、実際のところ自分がどう呼ばれようがまったく構わなかった。


「……王宮に着くまで、こうしていていいですか?」


 馬車のカーテンは閉められているので、多少イチャイチャしても気づかれない。


「勿論だ。……私は抱き締める以上の事をしてもいいんだがな?」


 ふ……、と耳に息を吹きかけられ、シャーロットは肩を跳ねさせる。


「そ、それはいけません」


「それは残念だ」


 夫は小さく笑い、妻の頬にキスをする。


 しかしギルバートという男は、冗談を言う男ではない。


 彼はいつも本気で思った事しか口にしないと、シャーロットが知る事はないのだった。






 ブラッドワース家は王家から特別扱いされ、王宮の敷地内にある二月宮と呼ばれる建物に住まう事を許されていた。


 これは公爵家があまりに巨大な力を持つため、過去の国王が謀反を働かないよう、最大限の敬意を示した結果となる。


 二月宮の中は贅を尽くした造りで、シャーロットは思わず息を呑む。


 天井の高い玄関ホールには見事なシャンデリアが下がり、壁の継ぎ目や天井のフレスコ画を囲む枠は金を使っている。


 建物に使う金は、純金を使えば重さで天井が抜けてしまうのでメッキが多い。


 それは分かっていても、富の象徴の色はシャーロットの目をくらませた。


 案内してもらった部屋には、著名な画家の絵画が飾られてある。


「メインに使っている部屋は、執務室と隣の寝室。反対側にある私室だ。君には貴賓室を用意するが、基本的に目の届く所にいてくれると助かる」


「はい、私もギル様のお側にいたいです。……お仕事の邪魔にならなければ……ですが」


「問題ない。君の気配には慣れたから」


 案内を終えて応接室に戻ると、メイドが控えていた。


 メイドはシャーロットより若い十代後半の娘で、栗毛の髪に、そばかすのある顔が元気な印象を与える。


「彼女はアリスだ。戦災孤児だったのを父が拾った。最初、どんな心境だったのか分からないが、私は幼い頃はアリスに敵意を向けられていたな」


「まぁ、どうしてですか?」


 シャーロットはヒヤリとして尋ねる。


「アリスは父を実父のように思っていたから、嫉妬だろう。とはいえ、今は立派な二月宮のメイドだ。父から直々に鍛えられたから、君の護衛になってくれるだろう」


「まぁ、そうなのですね。宜しくね、アリス」


 ソファに座って笑いかけると、彼女はクシャッと笑ってみせた。


「朴念仁の旦那様に、奥様のような可愛らしい方が現れてアリスはホッとしております」


 主なのに朴念仁と言うアリスに、シャーロットは思わず笑ってしまう。


「改めまして私はアリスと申しまして、二月宮の裏の番人でございます。こう見えて、旦那様の部下と渡り合えるほどには戦えます」


「えぇ?」


 驚くシャーロットにアリスは頼もしい笑みを浮かべ、紅茶をカップに注ぐ。


「彼女の言っている事は本当だ。父は何を考えたのか、アリスに文字や計算の他にも戦い方も教えた。男と同じ体力、筋力とは言わないが、敵の隙をついて投げ飛ばしたり、武器を与えればそこらの兵士より使える。その他にも色々と特技がある」


「そうなのですね」


 まさか女性が戦うと思わなかったシャーロットは、目を瞬かせる。


 彼女の知る〝女性〟は着飾ってダンスをし、主食はお菓子で、レース編みや刺繍をして過ごす生き物だ。


 それにアリスは特に筋肉質にも見えず、普通体型の女性だ。


 なのに「戦える」と言われても、なかなか想像できない。


 彼女はシャーロットの考えている事を察してか、楽しそうに笑った。


「驚かれるのも仕方ありません。私のような者はあまり前例がないでしょうし。ですが、私のような伏兵は出番が少ないほうがいいのです」


「確かに、メイドであるあなたが戦うという事は、邸内に敵を招き入れてしまった時だものね」


「その通りです」


 アリスは察しのいいシャーロットを気に入ったようだった。


 そのあと彼女は「ごゆっくりお過ごしください」と言って退室していった。


「本当は私は、タウンハウスにいるより二月宮で過ごすほうが多い。そのほうが何かと都合がいいからだ。……君にもここで過ごしてもらう事になるが、大丈夫そうか?」


「はい。アリスとも仲良くなれそうですし、探検のしがいがありそうなお屋敷です」


 紅茶を飲んで微笑むと、ギルバートは少し視線を落として言った。

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