初夜
初夜、シャーロットは寝室でシルバーブロンドを弄り回していた。
絹のネグリジェは襟や袖、裾にふんだんにレースがあしらわれた贅沢な物だ。
その布地を押し上げた胸元は、ふっくらとボリュームがある。
シャーロットは今まで異性に興味を持った事がなく、個人的な手紙のやり取りをした事もない。
婚約が決まったあと、専門の講師から閨について教えられたが、経験した事のない出来事を学ぶのは難しい。
愛撫された時はこう反応すべき、と言われても、愛撫された事がないので想像する事もできない。
「でもきっと、ギルバート様なら優しくしてくださるはず」
周囲の人々が悪し様に言うのに反して、夫はとても優しい人だ。
自分に横柄な態度をとった事もないし、終始紳士的だ。
なので、初夜への不安はあるが、ギルバートに酷い事をされるかもという不安はなかった。
ドキドキと胸を高鳴らせて夫のおとないを待っていると、ノック音のあとにギルバートが姿を現した。
シャーロットはシャキッと背筋を伸ばし、初めて見るギルバートの寝間着姿を凝視する。
軍服か、黒いジュストコール姿しか見せていなかった夫が、トラウザーズの上にガウンを羽織っただけの姿をしている。
それを見て、いよいよこれから初夜が始まるのだと思い知らされ、嫌でも緊張する。
「宜しくお願いいたします。ギルバート様」
ペコリと頭を下げて挨拶したが、ギルバートはベッドの上に座ったまま黙している。
「……あの……?」
顔を上げて首を傾げると、意外な事を言われる。
「夫婦になったのだから、もっと砕けた呼び方でいい」
「え……と。では……」
戸惑っていると、ギルバートは僅かに微笑んで彼女の名を呼んだ。
「シャル」
愛称で呼ばれ、胸がキュンッと甘く疼いた。
こんなにときめいたのは初めてだし、自分と彼が〝夫婦〟になったのだと実感し、嬉しくて涙ぐみそうになる。
「で……では。……ギル……さま」
「〝様〟はどうしてもついてしまうのか」
ギルバートが小さく笑い、シャーロットは夫が見せる新しい顔に夢中になった。
「シャル」
彼はまた妻の愛称を呼び、スルリと彼女の頬を撫でる。
そのあと不意に真面目な顔になると、正面からシャーロットを見つめた。
「私は寝る時と、入浴の時だけ眼帯を外す事にしている。左目には醜い傷跡があり、君を怖がらせるだろう。結婚したはいいものの、醜い傷を見て後悔するかもしれない」
当然、眼帯の下には彼が隠したいと思っている傷がある。
シャーロットもそれは承知済みだ。
「後悔などしません。その傷は、ギル様が陛下や国を守った証です」
そう答えると、彼は少し躊躇ってから手を後頭部に回し、眼帯の結び目を解いた。
――覚悟していたより、ギルバートの傷は深い。
シャーロットは深く息を吸い、夫の本当の姿を見つめた。
左目の周囲は赤黒くなり、白目は真っ赤に充血していた。
彼は片目を失っても平和を守ったのだと思うと、夫があまりに尊い存在に思えて胸を打たれる。
自然と手が震え、目に涙が浮かぶ。
「……ほんの少しだけ……。力を入れませんから、撫でてもいいですか?」
「ああ」
シャーロットに乞われ、ギルバートは目を閉じた。
彼女は夫の頬に手を添え、震える指先でそっと左の目蓋に触れた。
「――――」
その行為がギルバートを興奮させていると、新妻は知らない。
知らずに、彼が恥部と思っている場所を優しく撫でた。
「……愛しい……です。この国を守るために捧げられたこの左目が……、こんなにも愛しい……」
シャーロットは聖人の聖痕に触れたように、感動して泣いていた。
そして両手で夫の頬を包むと、赤黒い目蓋にキスをした。
さすがに口づけられると思わなかったのか、ギルバートは僅かに身を強張らせる。
「……怖くないのか?」
「あなたは私の誇りです」
シャーロットは自分のものとなった英雄に、心からの笑顔を向ける。
傷の事で悪く言われた時、彼が何を思ったかは想像するしかできない。
でも自分はこの名誉の傷ごと、優しい英雄に添い遂げるのだ。
縁談が決まった時は半ば諦めに似た気持ちでいたが、今は胸を張ってギルバートを愛していると言える。
その気持ちが伝わったのか、彼は安堵したように言った。
「……ありがとう。君に受け入れられてホッとした」
彼は右目を細めて笑い、妻の頬を両手で包む。
「ギル様の手……、大きい」
「君を守る手だからな」
そう言ったギルバートはスリスリと妻の頬を撫で、彼女の顔を上向かせる。
「あ……」
キスされると感じたシャーロットは、赤面して目を閉じた。
ほどなくしてギルバートは、新妻の小さな唇を優しく奪う。
(やわらかい)
シャーロットは唇が触れ合った瞬間、驚きに胸をときめかせる。
ギルバートの印象と言えば、クールで寡黙だ。
自然と「冷たい」「硬そう」というイメージが湧く。
なのに彼の唇はマシュマロのように柔らかく、キスしただけで感動に似た感覚を味わった。
「ん……」
ギルバートは唇を押しつけたあと、はむ、とシャーロットの唇を食む。
「んっ」
「食べられてしまう」と感じたシャーロットは、ほんの少し身を引いた。
「――私を拒むな」
少しだけ唇を離したギルバートは、低く囁く。
「拒んでな……っ、ぁ」
ギルバートは口を大きく開き、今度は彼女の首筋に唇をつける。
そのあと強く吸って所有印をつけながら、首筋の匂いをスッと嗅いだ。
「えっ? あ、やっ」
シャーロットは匂いを嗅がれ、恥じらって身をよじらせるが、抱きすくめられ押し倒された。
「きゃっ」
シーツの上にシルバーブロンドが広がり、マットレスがたわむ。
ベッドの上に撒かれたジャスミンの花が弾み、匂い立つ。
「出会った時から思っていたが、君はとてもいい香りがする」
「そ、そうですか? 初夜でお花が撒かれてあるから、それかも……」
「いや、君の香りだ。花の香りに似ていて、少し甘くて……。――男を堕落させる香りだ」
褒められたあとに甘い毒のような言葉を向けられ、思わずゾクッとする。
「そんな……」
男を堕落させるなんて――。
抗議の意味を込めて夫を見つめれば、夜空に煌々と輝く月のような金色の目と視線がかち合う。
(綺麗な色……)
うっとりと見つめていると、ギルバートも欲情を掻き立てられたようだ。
「君はいけない人だ。私をこんなにも燃え立たせる」
彼がガウンのベルトを緩めると、ハラリと胸板が曝け出される。
その肌には無数の傷が刻まれていて、古くなって色が薄くなっているものから、新しいものまで様々だ。
「痛く……ないのですか?」
シャーロットは眉根を寄せ、そっと夫の傷痕に触れる。
「傷は塞がっているから大丈夫だ。……夫の体に醜い傷があるのは嫌か?」
またギルバートは、シャーロットを試すような事を言う。
彼の言葉は、妻が怖い想いをしないように気遣っているようで、自分が傷付かないために予防線を張っているように感じられた。
最初に言った通り、彼はただの人だ。
心ない呼ばれ方をされ、事実でない噂を流され、撤回しようにも収拾の付かない状態になってしまった。
そして彼は諦めながらも、悪評に陰ながら傷付いていたのだ。
自分が妻となった事で「受け入れられた」と安堵した彼を、突き放す事など決してしてはいけない。
だからシャーロットは、ギルバートを安心させるように微笑んだ。
「いいえ。ギル様がこの国のために負った傷ですもの。尊くはあっても、醜いなど思いません」
妻の答えを聞き、ギルバートは安堵したように目を細めた。
彼はシャーロットの上に馬乗りになり、彼女を見つめたままガウンを脱ぐ。
精悍な顔の下、いつもなら襟に隠されている首は太く逞しい。
鎖骨から肩にかけてもしっかりと筋肉がつき、雄々しくも美しい。
張り出した胸板は厚く、腹部の陰影は軍神像を彷彿とさせる。
優しくベッドの上に押し倒されたシャーロットは、胸を高鳴らして夫の愛撫に答え、生まれて初めての快楽に身を浸した。
ギルバートは疲れ切った妻が眠っている姿を見て、溜め息をつく。
彼は前髪を掻き上げ、獣の如く昂ぶった己を鎮めていった。
美しい妻はしどけない姿を晒し、無防備に横たわっている。
伏せられた睫毛は長く、陶器のように滑らかで白い肌は、今や薔薇色に染まっていた。
触れる事すら罪深く思える妖精の美姫が、自分に貫かれて嬌声を上げたさまを思い出すと、絶頂を迎えたあとだというのに興奮してしまう。
「とうとう……、手に入れた」
呟いた彼の言葉の意味を知る者は、誰もいない。
「もう決して手放さない」
ギルバートは脱力した妻の手を握り、その甲に口づける。
「この体の……いや、髪の一本や爪にいたるまで、すべて私のものだ」
ギルバートは誰にともなく呟くと、愛しい妻の体にキスをし、滲んだ汗を舐めていく。
――もしも妻が起きていたら、こんな変態的な行為をする自分を見て、幻滅しただろうか。
彼はそんな事を思いながら、愛しい妻の体をくまなく味わっていった。
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