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死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


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3/18

結婚相手は死神元帥

 シャーロットはアイボリーのペチコートに百合柄のヴァトー・プリーツを着て、ハーフアップにした髪に白い花簪を挿した。


 百合柄を選んだのは、「あなた色に染まる」という意味を込めている。


 御者の手を取り踏み台から降りると、目の前には立派な屋敷がそびていた。


 ブラッドワース家は、国王軍にも匹敵する軍事力を持つ公爵家だ。


 それほどの権力があるからか、タウンハウスも見事なものだ。


 一般的に貴族のタウンハウスと言えば、王都の中心部にあるので敷地面積が狭い。


 だがブラッドワース邸は広い庭を敷地に持つ、城のような外観を持つ。


「アルバーン伯爵令嬢シャーロット様。お待ちしておりました」


 城を見上げて呆けていたシャーロットは、男性に声を掛けられてハッと我に返る。


 玄関前には家令をはじめ、使用人たちが勢揃いしていた。


「お気遣いありがとう」


 シャーロットはねぎらいの言葉をかけ、なるべく優雅に見えるよう歩を進める。


 使用人がずらりと左右に並ぶ奥――、中央に背の高い男性がいる。


(あ……)


「この人だ」と理解した瞬間、胸が高鳴った。


 シャーロットは、ニコッと微笑みカーテシーした。


「このたびはお招き感謝いたします。アルバーン伯爵家の長女シャーロット、ご縁により閣下にご挨拶に参りました」


 優雅にお辞儀をして顔を上げると、使用人からは、女主人となる彼女を歓迎する雰囲気が窺えた。


 しかしギルバートはニコリともせず、踵を返す。


「遠路はるばるご苦労。中に入って話をしよう」


 ねぎらいの言葉は掛けられたが、実に簡潔だ。


(お話する機会を重ねる内に、閣下の事を知っていくしかないわ。だって本当に怖い方なら、ねぎらわず無視しただろうし、わざわざ出迎えない)


 そっけない態度をとられて少し落ち込んだが、シャーロットはすぐに自分を励ました。


(大丈夫。私、結構図太いから)


 もう一度自分に言い聞かせると、シャーロットはにっこり微笑んだ。


「お気遣いありがとうございます」


 自分の笑顔が魅力的かは分からないが、昔から「笑顔は魅力二割増し」と言われている。


 笑いかけたからといって、素直に笑顔を向けてくれる人ではないのは分かっている。


 だがこれから夫婦生活を送るにあたって、長期的に接していけば、きっと彼の長所も分かるはずだ。


 そう思えば、特に落胆する必要もないと思った。




**




 玄関ホールの天井にあるフレスコ画に目を奪われている間に、ギルバートはどんどん奥へ行ってしまう。


 慌ててシャーロットは彼のあとを追い、大階段を上がって二階の廊下を進んだ。


 ギルバートは二階の一室の前で足を止め、家令が開けたドアの向こうを示す。


「ここが応接室だ。いまメイドが茶を用意する」


 応接室には大きな暖炉があり、壁には温かな空気が逃げないように、精緻な模様が施されたタペストリーが掛けられてあった。


 天井からはシャンデリアが下がり、窓はトレーリーによって美しく飾られている。


 大階段の壁には見事なステンドグラスがあったし、本当にこの屋敷は美しい。


 屋敷の主であるギルバートは、黒地に黒い柄の入ったジュストコールを着ている。


 数あるあだ名の中にも〝黒〟が入っている通り、基本的に黒い服が好きなのだろう。


「改めまして、お招きありがとうございます」


 勧められるままにソファに腰かけたシャーロットは、もう一度頭を下げる。


 今度こそ何か返事らしい返事があるかと思っていたが、ギルバートはしばらく見つめ返してくるだけだ。


「……あの……?」


 目を瞬かせて小首を傾げると、彼は静かに溜め息をついた。


「まさか君のような若い娘が、私の花嫁になるとはな」


 いかにも「望んでいない」という言い方に、シャーロットはいささか傷ついた。


「ギルバート様は、私を望んでいらっしゃらないのでしょうか? もし他に想い人がいらっしゃるのなら……」


 少しムキになって言うと、言葉の途中でギルバートが首を横に振った。


「いや、そうじゃない。語弊があったな、すまない」


 すぐに否定し、謝った彼を見て印象が変わる。


(意外だわ。軍人さんで元帥閣下なのに、素直に謝るのね)


 軍人と言えば、男性が中心で世界ができていると考える頭の固い人という印象があり、女性に謝る事などないと思っていたので、少し意外だった。


 そこにワゴンを押したメイドが現れ、執事が二人に香りのいい紅茶を出す。


 ギルバートは紅茶を一口飲み、尋ねてくる。


「君は自分がこうなった経緯を知っているか?」


「いいえ。私は父の意向に沿ったまでです」


「ふむ……」


 彼は納得したように頷き、顎に手をやる。


「私の歳は聞いているか?」


「はい、三十二歳になられたと」


「そうだ。君から見れば歳が離れすぎているかもしれないが、〝死神〟と呼ばれる私も妻がほしいと思っている。色んなあだ名が一人歩きしているが、私はただの人間だ。自分を愛してくれる妻、子を普通に望んでいる」


「はい」


 彼が人間らしい感情を抱いていると知り、シャーロットは安堵する。


 加えて彼があだ名を不本意に思っているのも、少し意外だ。


 今まで抱いていた勝手なイメージでは、誰に何を言われても動じない人と思っていたからだ。


「〝英雄〟と呼ばれるようになった事は喜ばしいが、軍人である事と無愛想な性格、片目を失った事。……様々な出来事が重なって、人に避けられている。少しでも機嫌を損なえば、一家もろとも虐殺されるとか……馬鹿らしい噂と共にな」


 それは本当に不名誉だと思っているのか、ギルバートは深い溜息をついて紅茶を一口飲み、話の続きをする。


「十月堂事件の事は知っているか?」


「はい。閣下が英雄と呼ばれるきっかけになった出来事です」


 返事をすると、彼は一瞬目を泳がせ、続けた。


「陛下は褒美として、私に『何かほしいものはないか』と尋ねられた。私はそれに対し『妻がほしい』と答えたのだ」


「あぁ……」


 シャーロットは納得して吐息をつく。


 それで未婚だった自分に白羽の矢が立ったのだ。


「なるべく波風の立たない……、言い方は悪いが、寡婦や出会いがない女性を……と言ったのだが……」


 そこで先ほどの、失礼ともとれる発言を思いだして合点がいった。


「それで、最初に『君のような若い娘が』と仰ったのですね?」


 衝撃的な言葉の理由が分かり、シャーロットは何度も頷く。


「さらに白状すれば、君が選ばれたのには別の理由がある。君の父君……アルバーン伯爵は十月堂事件の時、現場を管理する役目を負っていた」


「存じております」


 一年前の事件のあと、アレクシスは責任を負わされて死刑になるのではと怯えていた。


 食欲もなくなり髪も抜け、当時の父を思うと気の毒でならない。


 しかし調印式がつつがなく行われたのは、すべてギルバートの勲功による。


「あの事件のあと、君の父君は危うい立場にあった。そこで陛下は挽回の機会をお与えになった。……という事だ」


「そうですか……」


 父があんなに苦しげな表情をしていた理由が、やっと分かった。


「だから、もし君に結婚する気がないなら、辞退しても構わない。若い君には様々な可能性があるし、陛下の命令で私のような男の妻になるのは気の毒だ。嫁ぐのが嫌なら、陛下には私から断った事にする」


「ですが……」


「君だって夫が嫌われ者なのは嫌だろう。私は必要があれば人の命を奪うし、今までも数え切れない人数を殺してきた。部下に命じた人数を含めれば、数え切れないほどだ。おまけにこの目は……、妻となる女性を見る事ができない」


 彼が口にする〝理由〟を聞いていると、わざと自分を遠ざけようとしているように思える。


「お優しいのですね」


「は? 何を言っている?」


 微笑んで言うと、ギルバートはキョトンと隻眼を見開く。


「決めました。私、閣下の妻になります。歳の差も、噂も、隻眼である事も関係ありません。私は閣下の優しさに惹かれました」


 言い切ったあと、シャーロットは複雑な表情のギルバートを見て微笑み、頭を下げた。


「これから宜しくお願いいたします」


「……君がそう言うのなら……」


 彼女を望んだはずの死神元帥は、戸惑いながらも承諾した。




**




 翌年のチューリップが咲き始めた春先、二人は大聖堂で式を挙げた。


 純白のドレスを纏ったシャーロットは、バージンロードを一歩ずつ進み、そのたびにトレーンの裾を持ったヴェールガールが、同じタイミングで進む。


 白百合のブーケを持ったシャーロットを待ち受けるのは、黒い軍服に身を包んだギルバートだ。


 軍帽に半身を包むマント、腰にサーベルを佩いた姿は、どこから見ても軍人だ。


 鋭い眼光も失われた片目も、声を掛ける事すら憚られる雰囲気も、すべて彼が人から避けられる由縁となる。


 けれどシャーロットは、そのすべてを愛そうと決めていた。


 七色の光が差し込む聖堂で、二人は夫婦の誓いを交わし、指輪を交換した。


「もう引き返せないからな」


 キスを交わす寸前、ギルバートが囁く。


「引き返すつもりなどありません」


 シャーロットはクスッと笑って微笑むと、そっと目蓋を閉じる。


 ギルバートは彼女のふっくらとした頬を撫でてから、優しく唇を重ねた。


 優しいキスにフワフワとした心地になったシャーロットは、自分が幸せになる事を信じて疑わなかった。

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