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死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


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獄中の大罪人

 両親を殺され、戦場で死体や血ばかりを見てきた荒んだギルバートの心に、シャーロットの存在は手の届かない清らかなものとして映った。


 ――少しでも力を入れれば壊れてしまいそうな、この華奢な少女を妻にしたい。


 ――この世の汚れなど知らなそうな彼女に男を教え、自分だけを愛させたい。


 一人ゾクゾクと背筋を震わせるギルバートに、何も知らないシャーロットは書類を手渡した。


『強い風でしたものね。はい、どうぞ』


『……大事な物なので礼を言う』


 彼女を意識するあまり、声が掠れてしまったように思える。


『綺麗な目の色ですね』


 その時、少女はギルバートの目を褒めてきた。


『……そうか?』


 ギルバートは自分の容姿を気にした事はない。


 せいぜい場に合わせた格好ができれば十分と思うタイプだ。


 戦わなければならないから、体だけは搾っていたが、美醜に関する事には頓着がない。


 だから自分の顔立ちが他人から見てどう判断されるか、目の色がどう見られるかなど、想像した事もなかった。


 気の向かない舞踏会に参加した時、公爵夫人になりたがる女性に褒められた覚えはあるが、興味のない相手との会話はまったく覚えていない。


『はい。時々うちの庭に紛れ込む、黒猫のようです』


 少女はニコッと笑い、ギルバートを猫と同列扱いする。


(面白い娘だ)


 思わずクスッと笑ってしまいそうになった時、アルバーン伯爵が慌てて娘を嗜めた。


『これ。失礼だからやめなさい』


 父に咎められ少女は首をすくめ、慌てて謝罪する。


『閣下、無礼な娘をどうぞお許しください』


 アルバーン伯爵は冷や汗をかき、おもねる表情で礼をした。


 少女も父の様子を見て、ギルバートが偉い人なのだと理解したのだろう。


 彼女はちょんと膝を折ってカーテシーした。


 その行動一つ一つが可愛くて溜まらず、ジリジリと心の奥に火が灯る。


 ギルバートは無意識に、この少女を手に入れるための算段を考え始めていた。


『いい。助かった。……では』


 歩きながら、彼は考える。


 求婚すれば、伯爵家としては公爵に逆らえないから、すんなりと彼女を手に入れる事ができるだろう。


 だが彼女に思い人がいた場合、望まない結婚を強いてしまう。


 彼女には、自ら進んで嫁入りしてもらわなくては。


 自分が〝悪者〟にならず、結婚したあとも彼女に好かれるためにはどうすればいいか――。






 長く続いた戦争が終結する事は予測していた。


 死に物狂いで戦い、働き、王や貴族に働きかけて和平まで結びつけ、ギルバートの計画は着々と進んでいく。


 ――そして十月堂事件が起こる。


 十月堂の管理をアルバーン伯爵に任せるよう、国王に進言したのはギルバートだ。


 その頃には、彼は父の手記をもとにスローンやカールソンが裏で手を汚していた事を突き止め、隣国の財務大臣との繋がりも把握していた。


 彼がその気になれば、十月堂事件が起こる前に関係者は逮捕され、事件は起こらなかっただろう。


 だがギルバートには、ベネディクトを大罪人に仕立て上げても、十月堂事件を起こす必要があった。


 調印式が始まろうとした時、予定通り哀れなベネディクトが剣を抜いた。


 そうなると分かっていたギルバートはすぐに対応し、彼と切り結ぶ。


 そして迫真の演技で切り結び――、左目を負傷した。


 本来ならギルバートにかかれば、ベネディクト程度の騎士は一撃で殺せる。


 そうしなかったのは、調印式を汚さないためでもあるし、自分が〝英雄〟となるためだ。


 結果的にベネディクトは捕らわれ、ギルバートは名誉の負傷をして〝英雄〟となる。


 本来ならそこで、投獄されたベネディクトはスローンの毒で死んだはずだった。


 ――だが、その前にギルバートは手を打っていた。




**




 まずギルバートは、スローンのもとへ変装したアリスを向かわせ、使用人と仲良くさせた。


 秘密の話をするようになるまで打ち解けたあと、アリスはスローンに取り入って仮死状態になる薬を手に入れた。


 アリスは、恩人であるグローヴが亡くなったあと、ギルバートに忠誠を誓った。


 勿論、恋愛感情は一切持っていないが、自分のためなら何でもする娘だ。


 彼女は表向きメイドだが、変装を特技としているので諜報活動を担当してもらっていた。


 いずれアリスに好きな男でもできた時は、自由を与えて好きに生きてほしいと思っていて、彼女にもそう伝えてある。


 しかし今のところ『先代の旦那様の忘れ形見を見守る役目がありますから』と言って、側で仕えてくれている。






 十月堂事件が起こったあと、ギルバートは監獄へ向かいベネディクトの前に立っていた。


 ギルバートは頭部に包帯をきつく巻き、左目からは血を滲ませている。


 ズキズキと目が痛むが、痛みには慣れている彼は大した感情もなくベネディクトを見つめていた。


『……何をしに来た』


 牢屋の隅で膝を抱えていたベネディクトは、今にも泣き出しそうな声で言う。


 その顔色は真っ青で、目は荒んでいる。


『貴殿がベネディクト・フォン・バッハシュタインだな?』


『……なぜ、俺の名を』


 一国の元帥にとって自分のような騎士など、眼中にないと思っていたのか、彼は少し興味を引かれてギルバートを見る。


『元帥という立場にいれば、自然と色んな話が聞こえてくる。たとえば……、アルトドルファー王国の財務大臣が、欲しい女のために騎士に圧力をかけた……とかな』


 薄暗い牢の向こうで、ベネディクトはハッと顔を上げる。


『なぜ……』


『時間がない。これから要件を手短に伝える。罪人として処刑されず、生きてまた恋人と会い、幸せな未来を掴みたいのなら私の提案を呑め』


『……俺を脅すつもりか?』


『死罪を免れ、恋人の元に戻してやるという提案が脅しか?』


 ギルバートの言葉を聞いても、ベネディクトはまだ信じられずにいる。


 自身が犯した罪がどれだけの重さか分かっているからこそ、こんな虫のいい話はないと思っているのだろう。


『私は今後〝英雄〟扱いされ、望むものを手に入れる。貴殿に命の保証と自由を与えるのは、その礼だ』


『……本当か? どうすればまたエリーゼに会える?』


 ベネディクトは床を這うようにしてギルバートに近寄る。


 周囲には当然看守はいたが、皆二人のやりとりを聞いても動揺せずに立っている。


『このままでは、貴殿は黒幕の手によって毒殺されるだろう』


 ベネディクトが息を呑んだ時、ギルバートは懐から小瓶を取りだした。


『そうなる前に、これを飲め。私の腹心が手に入れた、仮死状態になる薬だ。黒幕の使者が現れた時、毒を飲むふりをしてこれを飲め。使者の気を逸らす隙は看守が作る』


『だ……だが、仮死……とは』


『貴殿の死は看守が確認する。満足すれば相手はすぐに立ち去るだろう。その後、貴殿の身柄は我が軍の軍医が検死という名目で預かる。そのあと、貴殿には私の邸宅で療養してもらう。和平が結ばれて両国が浮き足立っている頃には、貴殿も仮死状態から戻っているはずだ。あとは馬を与えるから故郷へ戻ればいい』


 ギルバートの提案を聞き、ベネディクトは目を丸くする。


『……そんな事をして、あんたの立場は悪くならないのか?』


『皆が注目するのは、両国の和平と片目を負傷した悲劇の〝英雄〟だ。そのあとに〝英雄〟が盛大な結婚式を挙げるとなれば、皆そちらに夢中になる。貴殿は稀代の大罪人として嫌われるだろうが、人が注目するのは絶えず移り変わる生者の世界だ。死人は物を言わないし、新たな行動も起こさない。空の墓碑にらくがきされても、貴殿が心を痛める必要はない』


『だが……』


『故郷に戻ったあと、しばらくは屋敷に潜伏していたほうがいいだろう。その間に私が事を進め、真の大罪人を表舞台に引きずり出す。世間に真実が知れ渡ったあと、大罪人は悲劇の英雄へ変わる。……その頃になって〝エルフィンストーンの英雄の計画に従って、命を救われた〟と姿を現せば、皆貴殿を温かく迎え入れる』


『そう上手くいくのか?』


『人々が求めるのは、事件の責任を負う罪人だ。石を投げる本当の相手が、愛し合う恋人を引き裂いた貴族だと分かれば、嬉々として怒りの矛先を変える。それに皆、命を投げ出しても恋人を守ろうとする、美しい愛情には弱いものだ。……安心して私の提案を受け入れるがいい』


『……その話が本当なら、喜んで受け入れたい』


 ベネディクトが震える手を差し出すと、掌の上に小瓶が置かれた。


『故郷に帰る際には、ある程度の金を渡す。黒幕を知っていたとはいえ、一時的に貴殿を反逆者に仕立て上げた詫びだ』


『分かった。しかし……、俺はあなたの目を……』


 ベネディクトは気まずそうに、負傷したギルバートの目を見る。


『私にはどんな犠牲を払っても手に入れたいものがある。そのためなら何だってする。戦争が終わるなら、片目を失っても不具合はない』


 ベネディクトは彼の〝手に入れたいもの〟について訊こうとし――、口を閉ざした。


『すべてが明るみになるまで、この場で話したことは他言無用だ』


『分かった。礼を言う』


『……先ほどまで斬り合った相手を信じるのは至難の業だろう。なのに貴殿は私を信じてくれた。その礼に報いるためにも、誓って悪人は表に引きずり出して裁く』


 ギルバートは最後にそう言い、踵を返した。

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