事件の終焉
「話が脱線したが、毒薬が入っていた陶器は、カールソン卿の土地の物で間違いないな?」
「……はい。カールソン領でできる陶器は上質です。硬くて割れにくく、劇薬を入れるのにうってつけです」
大体の事を聞き出したと判断したギルバートは、組んでいた脚を戻して呟く。
「……まぁ、こんな所か」
やっと解放されると安堵したスローンは、たっぷり掻いていた汗を手で拭う。
「しかし卿も考えなしだな。捨て身になったバッハシュタイン達が、潜伏先の別荘で協力者が誰であるか突き止めるとか、卿の別荘にある物品を使って証拠にする……など想定しなかったのか?」
「――あっ」
言われて初めて、スローンは自分の落ち度に気付いたようだった。
「バッハシュタインは、私への脅迫状に卿の別邸にあった紙とインクを使ったぞ。仮に妻が彼らに殺されたら、卿の別荘に血痕がつくのだぞ」
スローンは決まり悪く黙りこくっている。
「誰かを陥れようと策を講じるなら、誰にも犯人だと気付かれないようにするのが鉄則だ。卿の場合、率先して皆の前で私に楯突いていたし、嬉々として噂を流していた。卿にとっては〝当たり前の事〟であっても、中立の立場の貴族が見れば、卿が私に悪意を抱いているのは明白だ。……挙げ句、自分が危機に陥ったら感情的になって要らぬ事までベラベラと話す始末……。卿はただの小物だ。歴史に名を残す事もできまい」
立ち上がったギルバートは、靴音を立ててゆっくり室内を歩く。
「卿とカールソン卿の処分について、追って沙汰が下るだろう。それに加え、ある程度の私怨が加味される可能性もある。平時なら法に則った裁きを下すが、今回の件については表沙汰にしない代わり、私に全権が一任されている。……誘拐する相手が悪かったな」
スローンは冷や汗を掻き、室内を歩くギルバートを見る。
彼の腰には剣が下がり、腰の裏にも短剣が装備されている。
恐らく見えない所にも、複数の暗器が仕込まれているのだろう。
その姿を見ていると、「お前などいつでも殺せるのだぞ」と言われている気持ちになる。
「……残念ながら、簡単には死なせてやれない。それについては先に詫びておこう」
振り向いたギルバートは、申し訳ないなど欠片も思っていない表情で、楽しそうに笑ったのだった。
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場所は二月宮に移り、ギルバートは部下が控えるなか、エリーゼとゴットフリートを前に座っていた。
「君たちに協力を扇ぎたい。これは取引だ」
「……何が望みだ」
二人は拘束はされていないが、部屋には騎士たちがいて逃げる事は叶わない。
「私は平和を望んでいる」
「は?」
「え?」
死神と呼ばれているギルバートだから、てっきり難解な事を言われるかと思っていたのに、予想外の望みを聞かされて二人は呆けた声を漏らす。
目を丸くした二人を尻目に、ギルバートは紅茶を飲んで言った。
「結婚したばかりだというのに、何が悲しくてこんな仕事をしていると思っているんだ。私は休みがほしいし、妻と一緒にいたい」
最後はまるで子供の駄々のように言われ、思わずエリーゼは噴き出す。
「……今後、スローンたちの悪事が明るみになり、両国とも多少ゴタつくだろう。せっかく和平を結んで人々も平和な生活に慣れてきたというのに、気が進まないが」
彼はティーカップをテーブルに置き、二人を見つめる。
「君たちには、アルトドルファー王国で動いてほしい。今後、カールソン卿もスローン卿も失脚するだろう。しかしダフネル殿については私の管轄外なので、如何様にもしがたい。だが彼が仮に失脚すれば、それに代わろうとする人材は必ずいるだろう。しかもまともな方向で働いてくれる……、な」
「確かに」
ゴットフリートは頷く。
アルトドルファー王国でも、戦争推進派であったダフネルは嫌われていた。
国は戦争で疲弊しきっているのに、なぜかダフネルだけ羽振りがいい。
『きっと○○しているに違いない……』と、彼に関する噂は黒いものが多かった。
若手の貴族はダフネルを辞任させるべきと言っているが、彼に与する者や、年上の者たちはなかなか動こうとしない。
だが戦争が終わって一年経った今、国に新しい風を吹かせるべきと、ダフネルの解任を求める動きがあるのも事実だった。
「君たちはツテを駆使し、噂を流してダフネルを失脚させろ。今回のように武力で訴える必要はない。我が国でカールソン卿とスローン卿が断罪されれば、自然とダフネル殿の繋がりも浮かび上がってくる。地盤を緩くしたあとは一気に崩す。ついでにダフネル殿に与する一派も一掃しておけ」
幾ら汚い事をしているとはいえ、国の中枢を担う貴族をいとも簡単に「陥れろ」と言える人はあまりいない。
二人は恐ろしいものを見る目でギルバートを見つめていた。
「アルトドルファー王国の国王陛下は、当然責任を感じるだろう。だがそこで〝英雄〟である私が立ち回る。君たちはついでに、〝英雄〟についてのいい噂も流してくれ」
こういう作戦を立てられるのも、ギルバートが己の価値を分かっているから他ならない。
「……それだけでいいの?」
エリーゼは呆然と尋ねる。
自分たちはシャーロットを人質にギルバートを殺そうとしたし、罰として命がけの命令をされるのかと思っていた。
「軍人が戦場で戦っても、現場にいない者にはその痛みは伝わらない。前線で騎士たちが尊い命を失っている時、貴族たちは舞踏会三昧だ。それよりも悪評を立てられ、民意によって追い詰められるほうがずっと効く。そのために、君たちには情報操作をしてもらう」
ゴットフリートは呆気にとられた顔で言った。
「あんたは〝死神〟なんだろう? 躊躇わずに人の命を奪い、憎まれても恨まれても構わない。……あんたが〝英雄〟として剣を持ち、断罪したほうが手っ取り早いんじゃないか?」
彼の言葉に、ギルバートは溜め息をついて一言だけ言った。
「面倒臭い」
「はぁ?」
それにはさすがにゴットフリートも声を上げ、エリーゼも困惑している。
「以前の私ならそうしていた。戦うのは私の仕事だし、陛下から命令があれば何人でも殺す。だが今は違う。さっきも言ったように、私は新婚の身だ。時間があれば妻と一緒にいたい。目下のところ、仕事に向き合う時間が私の大敵と言っていい」
「はぁ……?」
非道の限りを尽くす死神が、幼妻に骨抜きにされている事に、ゴットフリートはまた気の抜けた声を上げる。
「俺の弟はこんな男に……」
頭を抱える彼の隣で、エリーゼは苦笑いしていた。
「あなたも人の子だったのね」
「……まぁ、そこそこ大事なものも投げ出したしな」
そう答えたギルバートの言葉の意味を、誰も理解する事はできなかった。
「とにかく、そのような感じで頼む。君たちはこのまま国に帰るがいい。妻を誘拐しようとした実行犯は、スローン卿の手の者という事にする」
ギルバートが話はこれで終わりと組んでいた脚を戻すと、ゴットフリートは「最後に聞かせてくれ」と声をかける。
「あんたは……、弟をどう思った? 愚かだと思ったか?」
ギルバートは自分を見つめる青い目の彼を見て、十月堂で切り結んだ若い騎士を思い出す。
彼はとても思い詰めた目をしていたし、顔は真っ青で今にも倒れてしまいそうだった。
やっと訪れた和平の調印式をぶち壊すという大逆を犯す事に、どれだけのプレッシャーを感じたか分からない。
極度の興奮状態に陥ったベネディクトは、涙を流してでたらめに打ち込んできた。
剣の型すらも忘れてしまうほど、極限状態だったのは間違いない。
あれはエリーゼという恋人を守るための、究極の選択の結果だった。
「……彼はただの犠牲者だと思っている」
「……ぅっ」
ギルバートの言葉を聞いてゴットフリートは沈黙し、エリーゼは嗚咽する。
「……貴君の弟が見せた勇気、私は忘れない」
ギルバートはそう言うと立ち上がった。
「ゴットフリート・フォン・バッハシュタイン」
「……なんだ」
ギルバートに声を掛けられ、ゴットフリートは涙を拭って顔を上げる。
「卿の故郷は、山間にあるバッハシュタイン領だったな。緑が多く、農畜が盛んだという……」
「そうだが……。知っているのか?」
「私が運命を分かってしまったベネディクトの故郷でもあるから、いずれ訪れてご両親に詫びようと思っている。卿もしばらく戻っていないのではないか? たまには両親に顔を見せてやるといい。いつか妻と訪れた時には、どうか案内してくれ」
「……分かった」
その時のゴットフリートは、死神元帥ががなぜ急に故郷の話をしだしたのか分かっていなかった。
彼は悪名高い〝死神〟だが、〝英雄〟でもある。
罪を犯した自分たちを許すと言っている器の大きい男だし、憎しみに囚われず家族を大切にしろと言っているのかもしれない。その時はそう思った。
故郷は青い山脈に囲まれた緑豊かな土地で、農牧が盛んなので乳製品は名産品だし、森で採れるベリーも美味しい。
ゴットフリートは遠い少年の日に、弟と共に馬に乗って領地を駆け回っていた日々を思い出す。
(ベネディクトは屋根裏を、秘密基地にしていたな……)
ゴットフリートが思いを馳せる隣で、エリーゼも恋人との思い出に浸って目を潤ませていた。
ギルバートはそんな二人にもう声をかけず、部屋を出ていった。
後日、ゴットフリートとエリーゼは仲間と共に、アルトドルファー王国の国境まで護送されていった。
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