表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/25

死神元帥の静かな怒り

「私も同じ物を飲むから安心しろ。この茶には何も入っていない。卿が私を信用できないなら、飲まなくてもいい」


「よくこんな場所で茶が飲めますな……」


 スローンは室内にある赤黒い染みを見て表情を歪めて言うが、ギルバートに嫌みは通じない。


「人に剣を突き刺し、引き裂いて血が溢れる様子を見たあと、しっかり食べられなければ軍人など務まらない」


 スローンはギルバートの言った様子を想像したのか、喉の奥で「ぐぅ」と低く呻いた。


「私は冷酷な〝死神〟だから、卿が取り調べに応じなければ、荒っぽい手段をとる事も厭わない」


「し、死神という二つ名は、人々が勝手に尾鰭背鰭をつけた訳で……」


 何を隠そう、最初にギルバートを〝死神〟と言ったのはスローンだ。


「噂など、どうでもいい。私は陛下から正当な評価をいただければ、他の人間にどう思われようと構わない。そんな事より、手っ取り早く卿の知っている事をすべて吐いてもらおうか」


 スローンは悠然としたギルバートを見て溜め息をつく。


 気に食わない若造だと思い、社交界での立場を悪くしてやろうと悪評を流し始めたのがすべてのきっかけだった。


 しかしギルバートはスローンが何をしても堪えた様子を見せず、淡々と職務をまっとうして国王から評価を受けている。


 躍起になって根も葉もない噂を流しても、本人にはまったくダメージがないらしく、王族も彼を頼りにして褒めそやす始末。


 心のどこかで「これ以上やっても無駄だ」と思っても、スローンはギルバートへの嫌がらせを辞める事ができなかった。


 彼自身には何もない。


 領地で栽培している植物が特産と言ってもたかが知れているし、陰ながら毒を作って流通させ、私服を肥やしていても、表では誰にも言えず、褒められもしない。


 鬱屈とした想いを抱いている間、ギルバートは国の英雄となってしまった。


 そしてとうとうこんな状況になってしまい、逃げられなくなった。


 本当はこんな若造に屈するなど、プライドが許さない。


 しかしスローンという小物にだって守りたいものはあるし、命は惜しい。拷問を受けて痛い目を見るのは嫌だ。


 だから渋々話し始める事にした。


「……前元帥グローヴ殿は私とカールソン卿、隣国のダフネル殿との繋がりを見抜いた。そして私たちが和平に反対しているから、戦争は終わらないのだと責め立ててきた」


 ギルバートは「だから母もとろも消したのか」という言葉を押し殺す。


「あのままでは私たちの立場が危うくなる。だから……、カールソン卿とダフネル殿に言われ、グローヴ殿には消えてもらう事にした。……手下に命じ、ブラッドワース邸の馬丁頭が一日の仕事を終えたあと、忍び込ませた」


 あまりの用意周到さに、ギルバートは隻眼を細める。


「朝に出される馬の餌に混ぜたのはパッシフローラだ。効き目が出る頃には、馬たちはグローヴ殿と奥方を乗せたまま谷に落ちた」


 尋問室に重たい沈黙が落ちる。


 騎士たちにとっても、グローヴは良い上官だった。


 なのに彼が志半ばにして事故死したと聞いた彼らは、真実を知りたがっていた。


 室内に控える騎士たちの静かな怒りが、スローンを包む。


 スローンはそれを感じたのか、震える手であれほど疑っていた紅茶を一口飲んだ。


「次は十月堂事件について、吐いてもらおう」


 ギルバートが話を促すと、スローンは渋々と話しだす。


「実質的にベネディクトを脅したのはダフネル殿だ。彼はは『このままだとエリーゼ嬢はカールソン卿の愛人になる』とベネディクトに伝え、阻止したくば調印式で騒ぎを起こすよう要求した」


「カールソン卿に、アルデンホフ伯爵令嬢を紹介したのも卿の仕業だな?」


「……そうだ。私はエルフィンストーン王国だけでなく、周辺国の美しい令嬢や夫人たちの情報を知っている。ある方から美しい娘を妻に欲しいと相談があれば、礼をもらい、斡旋して叶えてやっていた。カールソン卿は見た目のいい女性が好きで、最近は『従順な娘は飽きたので、多少気の強い娘がほしい』とご所望だった」


「ベネディクトが要求通りに十月堂事件を起こしたあと、アルデンホフ伯爵令嬢はどうなる予定だった?」


「……予定通り、カールソン卿の愛人になるはずだった」


 スローンの言葉のあと、また尋問室を冷たい沈黙が包む。


「ベネディクトが捕らわれている地下牢に、使いを向かわせたな?」


「……エリーゼ嬢が言っていた〝黒衣の男〟は、私が雇った〝なんでも屋〟だ。奴は特徴のない顔をしているから、顔を晒しても人に覚えられない。そいつにカンタレラを持たせ、ベネディクトを始末した」


「それだけじゃないだろう。当時、私の部下も『うっかり』としか言いようのない死に方をした。普通に考えてあり得ない」


 空気がピリリと張り詰めるが、開き直ったスローンは隠すつもりもなく白状した。


「それも〝なんでも屋〟を使った。ある時はターゲットと酒場で意気投合し、酒に薬を混ぜて運河に落とした。ある時は眠ったらそのまま静かに息を引き取る、遅効性の毒を盛った。ほんの小さな傷から全身に回る毒をつけたナイフで切りつけた事もあった」


 まるで自分がしたかのように語っているのは、詳細を報告されていたからだろう。


「――その後、私が『英雄』となり和平が結ばれた」


「……ええ。閣下は実に邪魔な存在でした。私がどれだけ閣下の悪い噂を流そうが、あなたは何も反応しない。おまけに閣下が率いる軍隊は、実に統制の取れている。エリーゼ嬢とバッハシュタインに協力した者たちも、直属の部下ではないですし」


「……私が悪魔召喚をしているという噂には、笑わせてもらった。――それで、妻を誘拐した件については?」


 ギルバートはギロリとスローンを睨む。


「……私が有する情報網から、アルトドルファー王国で閣下に復讐しようと画策している者がいると知った。私としてはグローヴ殿の遺志が継がれないならそれで良かった。だから、その者たちに協力しようと思ったのだ」


 やけくそになったスローンは、ギルバートが目の前にいるというのに、お構いなしに白状する。


「私は〝なんでも屋〟を使って彼らを導いた。宮廷の警備が手薄な所を教え、閣下の奥方を上手く気絶させた際、運び出すに最適な部屋も教えた。城から脱出するための馬やダミーの荷馬車や衣装も用意し、夜会から奥方が姿を消したとしても、彼女が私の別荘にいるとは思われないだろうと侮っていた。……本当に閣下は〝地獄の番犬〟ですな」


 最後はいやみを言われたが、ギルバートは平然としている。


「私は長年、戦場で敵がどこに潜んでいるかを読み当ててきた。その経験と勘と、卿のぼんやりとした『見つかるはずがない』という自信を比べられるはずがないだろう」


 ギルバートはずっと、淡々とスローンの供述を促していた。


 しかしそこで初めて自分と敵の差をほのめかしたので、周りの騎士たちは〝死神元帥〟の有能さを誇る顔をした。


 彼の洞察力の鋭さは、部下たちが一番よく知っている。


 それによって命を救われた事が何度もあるし、彼の〝嗅覚〟が外れた事はなかった。


 騎士団の中でも、ギルバートが妻を娶り、溺愛しているという話で持ちきりだ。


 彼らとしても、尊敬している元帥閣下に妻ができ、人間らしく愛情を注いでいる姿を見られて安心しているところがある。


 だからこそ、最愛の妻に手を出されたギルバートが、絶対に犯人を逃がさないだろう事は、部下たちが一番分かっていた。


「私は〝なんでも屋〟に即効性の毒を持たせ、バッハシュタイン家の長男に持たせた。あの男は弟の仇をとるためなら命すら惜しくない様子だったから、触れるだけで死に至る毒を持たせても、躊躇せず使うだろうと思っていた。……その前に、閣下には奥方を助けるために自刃していただく予定だったのだが……」


「生憎、ピンピンしていて申し訳ない。さて、仮に私が自刃したとして、妻をどうするつもりだった?」


 答えようによってはただでは済まされない事を、ギルバート自身が淡々と尋ねる。


 スローンは完璧に隠された怒りに気づかず、ふてぶてしく言った。


「閣下の子を孕んでいてはいけないので、懐妊していたら堕胎させ、彼女のような女を求める方に〝都合〟をつけるつもりだった」


 その答えを聞いたあと、室内が水を打ったように静まりかえる。


「私の子を……な」


 ギルバートはゆったりと脚を組み、椅子の背もたれに体を預ける。


 ただ座っているだけだが、分かる者には分かるらしく、騎士たちはゾッと鳥肌を立てる。


 普段背筋を伸ばして座るのが常である彼が、そのように座るのは、最も効果的な拷問を考えている時の癖だ。


 彼は金色の隻眼でじっとスローンを見つめ、頭の中で何通りもの拷問を思い描く。


 どんなに怒り狂っても、絶対に感情を乱さないのがギルバートという男だ。


 むしろ、愛妻を侮辱されて心の底からの怒りを感じているから、余計に冷静になっていたのかもしれない。


「……分かった。卿がそう考えていた事は心に留め置いておこう」


 見逃されたと思っていい言い方だが、薄く笑ったギルバートの目には明白な殺意が宿っていた。


 スローンは流石に恐怖を覚えたのか、言わなくていい事を口走る。


「……公爵家の血を根絶やしにしなければ、次の〝ブラッドワース元帥〟が私たちを追い詰める。そうなっては困るのです。それに閣下は眼帯さえなければ、顔立ちが整っていて美形だ。無愛想な性格や、軍の頂点に立つ血なまぐさい男という欠点はあれど、顔さえ良ければいいという女は大勢いる。……これ以上あなたに人気者になられては困るのです」


 必死になるあまり、すべてを暴露したスローンに、ギルバートは思わず笑っていた。


「だから卿は、私が女を呼び集めて酒池肉林の狂宴を繰り広げ、挙げ句、口封じをして悪魔の生贄にしているという荒唐無稽な噂を流したのか?」


 半笑いで言ったギルバートは、心底「滑稽だ」と感じているようだ。


「卿の噂のお陰で、二月宮とタウンハウス、マナーハウスにまで調査隊がやってきた。……まぁ、真実味に欠けた通報だったから、調査隊も形だけのものだったがな。しかし一通りの調査をして何も怪しい点が出なかった事で、逆に私の潔白が証明された。通報した者には礼を言わなくてはな」


 周囲にいる騎士たちも、ギルバートの言葉を聞いて冷笑している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ