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死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


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20/25

決着

「十月堂事件を起こした罪人、ベネディクト・フォン・バッハシュタインが、牢で服毒した事は公表された。だが彼がなんの毒を呑んだかは公にされていない。知っているのは軍の関係者と、彼に毒を渡した者だけだ」


 エリーゼは息を呑んだスローンを、射殺しそうな目で睨んでいた。


「十月堂事件が起こったあと、軍内部で不可解な死を遂げた者がいた。いずれもベネディクト・フォン・バッハシュタインを投獄したあと、看守として見張っていた者たちだ。酒に強いはずの者が川に浮かんでいたり、自宅で眠りに就いたあと目を覚まさなかったり……。さらに不可解な事に、死んだ者たちの実家には多額の金が送られていたそうだ」


 今やギルバートはニコリとも笑わず、スローンの一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりに、ジッと見つめている。


 まるで死神に目を付けられたように感じたスローンは、ゾッと鳥肌を立てて後ずさった。


「なぜだろうな?」


 ギルバートが一歩スローンに詰め寄ると、彼はさらに一歩退がる。


「私が聞いた話では、ベネディクト・フォン・バッハシュタインにカンタレラを渡した黒ずくめの男は、彼にエルフィンストーン王家の紋章を見せたという。しかし陛下に話を伺っても、いっさい心当たりがないという」


 スローンは極度の緊張で顔から血の気を引かせ、荒い呼吸を繰り返していた。


「卿がベネディクトにカンタレラを与えたとして、偽造した王家の紋章を見せたなら、罪が重くなるぞ」


 血走った目を泳がせたスローンは、傍らにハラハラしているシャーロットが立っている姿を見て、とっさにその手首を掴もうとした。


 ――が、


「あうっ!」


 バシィッ! と大きな音がし、スローンが手を押さえる。


 その手は赤くなり、みるみる腫れていく。


「窮地に陥れば女を盾にすればいいと思ったか? 考えが醜すぎる」


 苛立たしげに言ったギルバートの手には、馬用の鞭がある。


 彼はそれを手の中でピタピタと弄びつつ、妻に触れようとした男を睨み付けていた。


「最後にもう一つ。卿が栽培している植物の中にパッシフローラがあるな。あれは幻覚症状のある毒草だ。人体に影響があり、馬や動物にも害がある」


 そう言ったギルバートの手の中で鞭がしなり、彼は隻眼でスローンを見下ろした。


「……私の両親が、馬車の事故で命を落としたのはどうしてだろうな?」


 スローンは何一つ言い返せない。


 地下室も暴かれ、誰にも知られていないと思っていた悪事もつまびらかにされ――、とうとう心が折れた彼は、その場に膝をついて力なく言った。


「……私たちを調べようとするから……、邪魔だったんだ」


 これ以上ない自白の言葉を聞いたギルバートは、冷静に部下に命じた。


「スローン卿を捕らえろ。仮にも伯爵だから失礼のないように」


「はっ!」


 騎士たちはスローンを立たせ、引きずるように連れていく。


 シャーロットとエリーゼは期せずして同じタイミングで溜め息をつく。


「……これであいつは罪に問われるの? カールソンやダフネルは?」


 エリーゼは疲れた様子でドカッと書斎の椅子に座り、尋ねる。


「毒薬に使われている小瓶は、すべてカールソン卿の土地で作られた物だ。素焼きで特徴的な形をしているから、調べれば一発だろう。侯爵がスローン卿の後ろ盾になっている事は誰もが知っている。スローン卿が女性を国内外に斡旋している事、隣国のダフネル殿と通じている事、ベネディクトが飲んだ毒をカンタレラと知っている事、領地や別荘で栽培している毒草や、生成された毒、王家の紋章の偽造……。証拠はたっぷりある」


 ギルバートは鞭を腰に戻し、妻の肩を抱く。


 シャーロットは一瞬スローンに触れられそうになって驚いたものの、寸前でギルバートに助けられ、今は落ち着きを取り戻している。


 ギルバートは物憂げに前髪を掻き上げ、言った。


「私の父は亡くなる直前、『国内に溜まった膿を出す』と言っていた。その直後、父は母と共に遠出をしている途中、馬車ごと崖から転落して亡くなった。当時の馬丁頭はとても几帳面な性格で、体調の悪い馬は休ませ、元気が良く落ち着いた性格の馬が使えるように手配してくれていた。そんな彼がミスを犯したと思えない。加えて両親が亡くなったのは、馬丁頭が体調を崩して休んでいた日だ。その日、何者かが馬に毒草を与えたとしてもおかしくないと思っている」


 夫の言葉を聞き、シャーロットはおずおずと尋ねる。


「今まで、証拠となるものは見つかっていなかったのですか?」


「その事件はただの事故として処理された。私が父のあとを継いで公爵、元帥となったあと、すぐに父のような権力がふるえたかと言えば、違う。当時の私は周囲の貴族たちから若造扱いされ、爵位を継いだあとの事務処理や、周囲から言われるままに奔走している間、両親の事故についてじっくり調べる機会は失われてしまった。両親は埋葬され、壊れた馬車は解体され、死んだ馬も処理された。……当時の馬丁頭は責任を感じて辞職したが、最後に自分の責任だからと、事故後に世話をしていた馬の亡骸を確認してくれた。彼は『毒草を食べさせられたかもしれない』と言っていた。……だから、私は両親が亡くなった事故をいつか解決してみせると己に誓っていた」


 シャーロットは思わぬ形で両親を失ったギルバートを想い、ギュッと拳を握る。


「父が口にしていた『膿』が誰であるかも、残された日記や書類から、おおよその見当をつけていた。しかし今まで、その者達を逮捕する決定的な証拠に恵まれなかった。手帳の中身から、父はあと一歩で黒幕をあぶり出すところまできていたのに、口封じされたのだと思っている」


 ギルバートは溜め息をつき、感情を押し殺した声で言う。


「どの貴族だって薄汚い事はしているし、娼婦なら稼ぎのいい所を求めて移動してもおかしくない。権力を持つ者から金を握らされたり、脅されたりして沈黙を守る者もいるし、カールソン侯は金を得るためなら何だってしただろう。戦が終われば軍は戦争以外の事に人員を割けるし、争いの種となっていたルッツ川付近も、和平案でどうなるか分からなかった。……だからカールソン侯は和平に反対し続けていた。だから私は、戦争を終わらせて〝英雄〟になり、絶対的な権力を得る必要があった」


「そのために、片目を差し出したというの?」


 信じられない、というように言ったエリーゼに、ギルバートは平然と言う。


「目的のためなら、片目ぐらい安いものだ」


 それを聞き、エリーゼは大きな溜息をついて立ち上がった。


 彼女は背筋を伸ばし、死神元帥と呼ばれる男に向き直る。


「恋人を死に追いやった悪人たちが裁かれるなら、わたくしは本望です。もう逃げも隠れもせず、きちんと罪を償います。わたくしはシャーロット様に薬を盛って危険な目に遭わせましたし、ゴットフリートは元帥閣下に剣を向け、毒殺しようとしました。わたくし達に賛同した、アルトドルファー王国の騎士と一部のエルフィンストーン王国の騎士も同罪です」


 シャーロットは堂々と言ったエリーゼを見て、とても誇り高い女性だと感じた。


「ベニーは大罪人ではなく、わたくしを想ってやむにやまれず犯行に及んだと分かった今、すべてを受け入れられる気持ちになれました」


 シャーロットは彼女の強い意志に胸を打たれ、そっと夫の手を握った。


「ギル様、どうにかなりませんか? 昨日〝なかった事〟にすると仰いましたよね?」


 彼女は監獄での話を思い出し、必死に減刑を訴える。


 それに、ギルバートは溜め息をついて答えた。


「……シャルが攫われた事件は、今のところ軍関係者と陛下にしか共有されていない。公になれば、二国間に亀裂が入るからだ。陛下は私を信頼してくださり、事件の処分を一任された。……正直シャルに危害を加えた者は全員殺してやりたいが……」


 シャーロットは恐ろしい事を言う夫の手を両手で握り、ブンブンと首を横に振る。


 ギルバートはしばし目に剣呑な光を宿していたが、愛らしくも心の優しい妻を見て表情を和らげた。


「……私の妻は極甘で、私もそんな妻を溺愛している。彼女の意のままに、寛大な処分としよう。そもそも、これは〝非公開〟の事件だ。表沙汰にしなければ、公正な判断など求められないだろう」


 ギルバートはそう言い、妻の手を握って歩き始めた。


「ブレア、セドリック。アルデンホフ伯爵令嬢と共に二月宮に戻る。監獄にいるゴットフリート・フォン・バッハシュタインを釈放し、連れて来い。他の者は監獄で待機だ」


「はっ」


 屋敷の外に出た頃には、陽が傾きかけて空は夕方を迎える前のまろやかな色に変わっていた。


「シャル、疲れただろう。二月宮に戻ったあとはゆっくり休みなさい」


「はい」


 妻が安心して頷くと、彼は優しくシャーロットの頭を撫でた。


「やっと肩の荷が下りそうな気がする。……まだすべて終わった訳ではないがな」


 一行が馬車に乗ると、彼らは護衛に囲まれて二月宮への帰路についた。


 馬車の中、シャーロットはギルバートに問う。


「ところで、スローン卿は本当に自白剤を飲まれたのですか? 下手をすれば私たちも飲んでしまったかも……、と思いまして」


「事前に『あの屋敷で何を出されても口にしないように』と言っただろう? 言葉で追い詰め、やり取りに夢中にさせる傍ら、意識の死角――、日常的に飲む茶に自白剤を入れる。シャルたちにはそれを成功させるために芝居を打ってもらった。自白剤については、根が素直な君たちなら、ついカップを見てしまうかもしれなかったから、言わなかった」


 シャーロットが夫の完璧な作戦に感心している横で、エリーゼは彼を恐ろしいものを見る目で見ていた。




**




 ギルバートはシャーロットとエリーゼを二月宮に送ったあと、アリスと騎士たちに彼女たちの護衛を任せた。


 そのあと、彼は改めて監獄に向かった。


 少し前までゴットフリートたちがいた尋問室に、今は立派な身なりのスローンが悄然として座っている。


「さて……、知っている事を洗いざらい話してもらおうか」


 彼はスローンの向かいに座り、用意されたお茶を飲み、彼にも同じ物を勧める。


 それを見て、スローンは怯えた表情で尋ねた。


「また私に自白剤を飲ませるつもりですか?」

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