表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています  作者: 臣 桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/25

助けられたあとに

 ギルバートは上段から振り下ろされた剣を、一歩踏み込むと同時に弾く。


 そして切っ先が空中を薙いでいる間に上半身を捻り、〝死神の左手〟と呼ばれる手で、腰の裏から短剣を引き抜いた。


 ギルバートは、短剣を握った手でがら空きになった男の右胴を狙う。


 その一撃が決まれば、男は内臓を深く傷つけられてあっけなく死ぬだろう。


 しかしギルバートは迷わず体を動かし、その攻撃を防がれた次の一手、さらに次の一手を考えていた。


 男は攻撃されると理解しながらも――、なぜか不敵な笑みを浮かべていた。


 その表情には、命を引き換えにしても構わない〝何か〟があると語っている。


 ギルバートの一撃が決まろうとした時――。


「おやめください!」


 シャーロットに制止され、ギルバートは男を切りつける寸前で動きを止め、後方にジャンプした。


 予想に反した動きをされた男は、体勢を崩しながらも剣を振るう。


 だが冷静さを取り戻したギルバートにより、あっけなく剣を弾かれた。


「ぐっ……」


 手に強い衝撃を受けた男は、ジィンと痺れるそれを押さえる。


 ギルバートは彼が怯んだ瞬間を逃さず、男を蹴り飛ばすとその胸板をドンッと踏みつけた。


「ぐっ」


 男が肺の中の空気を吐き出して呻いたと同時に、彼の手から素焼きの小瓶が落ちる。


 ギルバートはそれを一瞥し、部下に指示を与えた。


「この男を捕らえ、その小瓶も押収しろ。あとで尋問する」


「はっ」


 他の騎士たちが男に縄をかけている間、剣を収めたギルバートはシャーロットに歩み寄った。


「大丈夫か? シャル。可哀想に、こんな姿になって……」


「あの方はどうなるのですか?」


 夫に心配されるも、彼女は男やエリーゼがどうなるのか気になってならない。


 確かに話し合おうとせず、女性を誘拐して武力で解決しようとしたのは良くない。


 だがエリーゼにも弟の仇をとると言ったこの男にも、何らかの事情があるはずだ。


 悪事を働いたから捕らえて処罰した。……では寝覚めが悪いし、やっと戦争が終わったのに、今後の二国がどうなるのかも心配になってしまう。


「尋問をしてすべてを吐かせたあと、しかるべき罰を与える」


 淡々と言ったギルバートは、命のやり取りをした相手だというのに、もう彼への興味を失っているようだった。


 そんな彼に、シャーロットは自分の推測を打ち明ける。


「……恐らくあの方は十月堂事件を起こした騎士、ベネディクトさんの兄君です。そしてエリーゼ様はベネディクトさんの恋人……だと思います」


 父が失態を犯した十月堂事件の事なら、記憶に新しい。


 あの出来事があったからこそ、自分はギルバートに嫁いだ。


 そして今回の事件にも繋がっているのだと思うと、夫に助けられてこれでおしまい……、にはしたくない。


 ギルバートは妻の言葉を聞いて溜め息をつくと、後ろ手に縛られた男に尋ねる。


「……お前、名前は」


「……ゴットフリート。ベネディクト・フォン・バッハシュタインの兄だ」


 彼の名前を聞いたギルバートは、しばし何か考える。


「……牢獄で手に入るはずのない毒を呷ったベネディクト、毒を牢獄に持ち込んだ犯人、この者たちがスローン卿の屋敷を利用した事……。そしてこの小瓶」


 ギルバートは呟きながらゴットフリートが落とした小瓶を部下から受け取り、素焼きのそれをジッと見る。


 そのあと小瓶をポケットにしまい、シャーロットを抱き上げると命じた。


「その男が自害しないよう、注意を払っておけ。小瓶は軍医師に分析させる」


 部下たちは「はっ」と敬礼し、ゴットフリートを連れて行く。


 遠くからエリーゼが「離して!」と言っている声や、仲間の男たちが怒声を上げているのも聞こえ、シャーロットは眉根を寄せた。


「シャル、風邪を引いては困る。屋敷に戻ろう」


「……はい」


 シャーロットは夫に身を任せて安堵の溜め息をつき、ポツリと呟く。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」


「君が謝る事はない。シャルは十分に注意した。相手が女性一人なら、自分をどうこうできると思わないだろうしな。……戦が終わって一年が経っても、いまだ我が国に敵意を持つ者がいるのは分かっている。……とはいえ、こうなると予想できなかった私にも落ち度がある」


「そんな……」


 シャーロットは反論しかけたが、ギルバートによって馬車に乗せられる。


「今夜はもう、余計な事は考えなくていい。ゆっくり休みなさい」


 シャーロットが命を落とす危機に面していた時、王宮ではいまだ王侯貴族がダンスやゲームに興じているのだろう。


 雨が降りしきる夜、一つの騒動が終わりを迎えようとしていた。




**




「こんなに痕がついて可哀想に」


 二月宮に戻ったシャーロットは湯船に入れられ、背後からギルバートに抱き締められて手首をさすられていた。


「大丈夫です。見た目ほど痛くありませんから」


「君の肌に縄目を覚えさせるのは、私だと思っていたのに……」


 緊縛プレイというものを知らないシャーロットは、夫が何を言っているか理解できていない。


「怖かっただろう、シャル」


 ギルバートはそう囁き、妻の細い手首や頬に口づけする。


「必ずギル様が助けに来てくださると、信じていましたから」


 シャーロットは甘やかしてくれる夫に微笑み、愛しげに彼の髪を撫でる。


「もう二度とこんな事が起こらないように、今後夜会に参加しても早めに帰ろう」


「いけません。〝英雄〟とお話ししたがる方は大勢いらっしゃるのですから」


 宥めるように笑うと、ギルバートは溜息をつく。


「……君は年齢の割に、物わかりが良すぎだ。もっと我が儘になり、甘えなさい」


「ちゃんと甘えていますよ?」


 シャーロットは夫の胸板に背中を預けて言う。


「……ここは、痛むのか?」


 ギルバートは優しく妻の体を反転し、浴槽の縁に押しつける。


 目を瞬かせると、彼は胸の谷間につけられた小さな傷を悲しそうに見ていた。


 切っ先が引っかかった程度の傷なので、もう血は止まっているし、固まった血がちょんと黒子のようについているだけだ。


「もう、血を見ても何とも思わなくなったのに、君が血を流したと思うだけで、どうにかなりそうだった」


 ギルバートは眉間に皺を寄せて小さく呟くと、妻の傷を舐め始めた。


「っあ……」


 チリッとした微かな痛みを感じたシャーロットは、かぼそい声を上げる。


 夫はひとしきり妻の傷を舐めたあと、それでも気が収まらないというように溜め息をつく。


 自責の念に駆られているだろう夫に、シャーロットは尋ねる。


「……ギル様は人に憎まれる事に慣れてしまったのですか?」


 それにギルバートは淡々と答える。


「人にどう思われるかなど、とうに気にしなくなった。昔、父に『人を一人殺せば、その者の人生を背負う事になる』と教えられた。父は『この体は無数の屍でできている』とも言っていたな」


 普通の貴族なら、父が子に教える事ではないだろう。


 軍に関わるブラッドワース家だからこそ、グローヴはいずれ息子が自分と同じ役職に就く事を想像し、そう言い聞かせていたのかもしれない。


 自分のような普通の貴族は、彼らや騎士たちに守られて、王都で平和な生活を送る事ができているのだと思い知った。


 ギルバートはなおも言う。


「私も戦場に出るようになったあと、五十人ぐらいまでは殺した人数を数えていた。しかし殺せば殺すほど、死者の数は意味をなさなくなっていった。やがて何人殺してもなんとも思わなくなり、庭の雑草を抜けと言うような感覚で部下に人殺しを命じた。……覚悟を持ち、相手の人生に敬意を払って剣を振るっていたはずが、気がつけば死という大きな穴に次々と人を放り込んでいた。私にとって殺しは作業になってしまった。……だから人が私を〝死神〟と言って恐れるのは間違いではないと思っている」


 ギルバートの言葉を聞いたシャーロットは、夫になんと声を掛けるべきか分からず、黙っていた。


 もしも夫が傷ついているなら慰めてあげたい。


 だがギルバートは自分が傷ついている、とは思っていないのだろう。


 彼は仕事として戦場に向かって、多くの人を殺した。


 それを「可哀想」というのは、夫を侮辱する事にも繋がる。


(でも、ギル様に何かしてあげたい)


 心の中で呟いたシャーロットは、自分の言葉が見当違いである覚悟を持った上で尋ねた。


「私にできる事はありますか? 国のために身を捧げたギル様を、妻として癒やして差し上げたいのです」


 ギルバートはそう尋ねた妻が泣きそうな表情になっているのを見て、自分の生き方や考え方が彼女を傷つけているのだと理解した。


 だが過去は変えようがないし、心の在り方、感じ方もすぐには変えられない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ