生贄だけど、生贄じゃなかった!
この村の聖域とも言える山には、人間を数名まとめて飲み込めるほどの、大きな蛇が住んでいた。
数十年に一度、生贄を差し出すことで、村を災厄から守ってくれるのである。
生贄に選ばれるのは若い娘。
とりわけ、村にとっていらない娘が選ばれる。
そしてその生贄に私、イリスが選ばれた。
私は孤児だ。
5年ほど前、私が10歳の時に、唯一の家族だった母が、病気で亡くなった。
父のことは知らない。
母は私を一人で産んで育てた。
村の誰も、私の父を知らなかった。
母は暫く行方不明になっていた時期があり、帰ってきた時には妊娠していたそうだ。
村のみんなは、母が犯罪に巻き込まれたからだと噂している。
母が何も言わなかったので、真偽は結局わからないままだ。
そんな母と私は、村から浮いていた。
村のみんなは、私たちに関わろうとしない。
村八分にされないだけ、マシだったかもしれないが。
母が死んでからも、村のみんなは助けてくれなかったので、一人で生きてきた。
つまり私は、村にとって、いなくてもいい存在なのだ。
悲しむ人だっていない。
だから、生贄に選ばれた。
もちろん私は反発した。
死ぬのが嫌だったから、当たり前だ。
けれど数の暴力には勝てず、気絶させられている間に、守り神である大蛇の祭壇に放置された。
ご丁寧に、洞窟の入り口は封鎖されている。
つまり、死ねと言うことだ。
「ふっざけんな!あのクソジジィども!散々、薬師の母さんの世話になっておきながら、死んだ途端手のひら返しやがって!私だって、村のために危険地帯の薬草を取ってきてやったじゃないか!」
私の母は、優秀な薬師だった。
母に習っていた私も、そこそこ優秀な薬師だ。
特に私は薬草取りが得意で、結構危険なところまで取りに行ったりする。
村が大変な時は、そうやって村に貢献していたのに。
「薬師の私より、適任者はいるだろ!三件隣の、男はみんな私のものとか言ってるミーラとか、五件向かいの、人のせいにしたがりのハンナとか、村長の孫で窃盗常習犯のカンナとか!」
『おーい。』
あいつらは私が孤児だからって、悪いことはすべて私のせいにしてくる。
村の連中は孤児の私より、そいつらのことを信用して、私に厳しく折檻してくる始末。
本当、腹が立つ。
「村長は孫たちも、取り巻き連中の子どもらも、私が取ってきた薬草を台無しにしたり、薬をわざと溢したり、踏みつけたり。大人どもは、子どもに一切注意しない!あんな村、悪党の巣窟みたいなものじゃないか!」
『あー……お嬢さん?』
思い出すと、どんどん気持ちが溢れてくる。
考えないようにしていたが、これって完全に虐めじゃないか。
「私を村に置いておいたのは、このためだったのか……。あー……死にたくないなぁ。」
『もしもーし。お嬢さん、聞こえているかい?』
「うわっ!」
突然響いた、私以外の声。
ここには私以外いないはず。
……え?本当、誰……?
『こっち、こっち。』
警戒しながらキョロキョロしていると、祭壇の奥の真っ暗な所から、灰色のまだら模様の巨大な何かが顔を出した。
蛇だ。
それも、とびきり大きな。
小さいサイズなら、いくらでも山にいる。
けれどこんな大蛇、見たことがない。
『ああ、そんな怖がんないで。別に食べないよ?』
「……食べないの?え、じゃあ、弄ばれるの?」
『いや、しないからね。ただちょっと、脱皮を手伝って欲しくて呼んだんだ。終わった帰すつもりだけど?』
「……えー……。生贄じゃないんかいっ。」
なんだろうか、この肩透かし感は。
いや、食べられないことはすごく良いけど、これじゃない感がすごい。
いや、いいんだけどね?
嬉しいんだけどね?
なんか、こう、さぁ……
すごく複雑な気分になった。
ヨイショと言いながら、暗闇から全長を出した大蛇は、想像よりも大きい。
20メートルは軽く超えているだろう。
これを脱皮……。
重労働になりそう。
「えっと、何したらいいんでしょう?」
『口が届かない、顔と首あたりの皮を引っ張ってくれたらいいよ。』
……首?
蛇に首、あるの?
大きな口が迫って来る光景は、普通に恐ろしい。
自然と顔が引き攣るのが、自分でもわかった。
少し後退し、頭を下げた蛇の身体を見る。
頭から身体の途中まで、灰色の皮が覆ってあり、途中から白色に変わっている。
灰色の部分が、古い皮みたいだ。
これを取って欲しいのか。
覚悟を決めた私は、蛇の頭を土足で遠慮なく踏み、脱皮の手伝いをすることになった。
体感的に二時間ほど経っただろうか。
何とか、綺麗に剥がすことができた。
脱皮した大蛇は、綺麗な白銀色の体色をしていた。
確かに、神だと崇めそうなくらい神々しい。
『いやー助かった!もー痒くて痒くて。何かご褒美をあげよう。何がいい?』
「あー……実は……」
ご褒美と言われても、何も思いつかない。
ずっとここに居る事なんて出来ないし、村にも帰れない。
私がここに来た経緯と、現状を伝えることにした。
『あーだから、あんなに怒ってたのか。うーん?でも君の力があれば、人間なんてどうにも出来るだろう?何故我慢しているんだ?』
「へ?力?どう言う事ですか?」
『あれ?気づいてない?君、半神半人だよ?父か母のどちらかが、神格持ちだね。』
「えぇぇぇぇぇ……」
15年経ってからの新事実。
母さん、何処で神様引っ掛けてきたの!?
笑顔でピースする、母の幻影が見えた気がした。
『では、力の使い方を教えよう。と言っても、特別な事はない。心臓のあたりに意識を集中させて、力を感じる。やりたいことを想像して、力を放出する。それだけだから、やってご覧。』
意識を集中。
心臓……。
温かい渦みたいなのがある。
これかな?
やりたい事?
うーん……
とりあえず、水をだす?
力の放出?
手からドバーって感じで……
ザバーッ
何もない空間から、水が落ちてきた。
『上手、上手。人間の世界には魔術師ってのが居るらしいから、それで魔術師になれるんじゃないかな?』
魔術師に、私が?
でも今、水を出せた。
憧れの魔術が、使えるかも!
母は、少しだけ治癒の力を持っていた。
それによって、薬の効果を上げることができた。
私もこの力を使えば、母のようにできるかもしれない。
母みたいな薬師や魔術師になれるかもしれない。
そうと決まれば、あんな薄情な村なんて忘れよう。
そして、いつか立派になったら、あいつらを見返してやろう。
私はそう、決意した。
それから5年後。
私は大国の王都で、聖女なんてものをやる羽目になっていた。
魔術師か薬師になるために修行した結果、聖女の素質を高めることになってしまったのだ。
聖女となった私は、どうしてこうなったのかと頭を抱えつつ、忙しいながらも充実した日々を送っていた。




