墓標
セックスとは墓標に過ぎない。
「ぼひょう……? 」
「墓標っていうのはあの墓標だよ」
「いや、分かるよ。分かるけど、あんまりにも脈絡がなさ過ぎやしないか? 何だよ、セックスと墓標って」
「いや、そっく……」
「全然違うでしょ。どこが似てるって言うんだよ」
「えっ!? 」
「そんなこと言う人生まれてこの方初めて見ました、みたいな顔しないでよ。そんなびっくりすることないでしょ。当たり前だよ。当たり前。常識だよ。セックスとは墓標でないことぐらい誰でも知ってる」
「私と君を除いて」
「勝手に数に入れないでもらって良い? 心の底から賛同できないわ」
「いいの? 本当に入らなくて? 今なら特大開店売り尽くし大感謝お盆年末年始閉店バーゲンセール中だよ? 」
「節操ないなぁ……。そんなに入って欲しいの? 」
「いや、別に」
「なら何でそんなに推したんだよ」
「だって入ってくれたら嬉しいじゃないか」
「あ〜、そんなに? 」
「君がね」
「はっ? 」
「君が嬉しいかなぁ〜と思って」
「へっ? ……何そのめちゃくちゃな理屈? 何で君は私のことが分かるの? 私ですら自分のことにはそこまで明るくないのに」
「何となくだよ。君は私の2割ぐらいを占めているからね」
「えっ? 初耳なんだけど。っていうかそれどう言うこと? 意味が分からないけど」
「そしてもちろん私は君の2割を占めている。分かるね? 」
「はっ? はっ? はっ? 発言の意図を説明しないのに新しく意味分かんない情報追加してくるの、もう本当にめちゃくちゃだよ」
「ありがとう」
「褒めてないよ」
「でも、それが答えだ。もしくは適切な回答だ。問いと答えはセットであり、私はそれに従うまでだ」
「何の話? 」
「君の疑問に関する話だよ」
「えっ? どうしてそうなる? 」
「……墓標」
「墓標? 」
「残りは全てあの墓標だ」
「えっ? それ繋がってたの? 妄言だと思ってたわ」
「つまり、君の大部分はあの墓標で出来ている」
「出来てないよ」
「出来て……」
「出来てない」
「……そうか」
「良いかい、早とちり君? 人間っていうのはね、約6割が水分から出来ていて、残りの4割は……」
「タンパク質と脂肪と無機質等」
「……! そう、分かっているじゃないか。だから人間の8割が墓標で出来てるなんてことは絶対にない」
「本当に? 」
「うん。そう。絶対に有り得ない。有り得ない? うん。有り得ないんだよ」
「天地がひっくり返っても? 太陽が西から昇っても? あひるが木を登っても? 遠い遠い星々が地球の周りを回っても? 」
「絶対にない」
「ふ〜ん。そうか。どうやら君の心臓には墓標が生えていないようだ」
「そんなもん、生えてたまるか」
「残念だな。見込み違いだったようだ」
「そう言われると何だか悔しいような……」
「そう? じゃあ、もう一度だけ言おう」
「厚かましいな」
「セックスとは墓標に過ぎない」
「……」
「そして墓標とは飾りに過ぎない。丹精込めて作られた豪華絢爛、荘厳華麗なものだ」
「いや、そんなに華やかじゃ……」
「墓標の下には何が眠っていると思う? 」
「何ってそりゃあ……人骨とか? 」
「違う」
「え〜、じゃあ魂とか? 」
「違う」
「えっ、そんなに違うことある? ……なら人の思いとか? 無念だな〜みたいな恨みつらみとか」
「違う」
「う〜ん、もう思いつかない」
「何も」
「はっ? 」
「何も眠っちゃいないのさ」
「……」
「空っぽなのさ。墓の上にも右にも左にも。裏にも中にも地中奥深くにも。どこを見ても! どこを探しても! 何も無かったのだ」
「それって……墓荒らし……」
「ある男の話をしよう。彼は妻を失った。彼女は彼が留守にしている間に神隠しのように何処かへ消えてしまった。辺りには彼女の着ていたであろう衣服が抜け殻のように散らばっていた。そして幾日か経ったあと、彼女らしき亡骸の一部が何処かの山中で見つかったと言う報せが届いた。彼女の身に付けていた髪飾りと共に、殆ど原型を留めていない彼女の一部が彼の元に届けられた。それを見たものは一人残らず絶句した。あまりの惨たらしさに気を失ってしまうものさえいた。彼は善良であった妻がなぜそんな悲惨な目に遭わなければならなかったのか理解できなかった。今にも叫び出したくなる衝動をやっとのことで抑えていた。しかし、他の事でいくら気を紛らわせようとしても、結局その事が頭から離れない。不条理をどうしても受け入れられず、彼は幾度も地に伏せって涙した。ついには毎日毎晩祈りとも呪言ともつかないうわ言を、彼女が最後に過ごしていたであろう部屋で繰り広げる始末。彼の様子を見るに見かねた親族がやむを得ず葬儀を取り仕切るも、彼は頑として謎の文言を唱えるのを止めようともせず、葬儀には一切顔を見せなかった。葬儀は粛々と行われ、彼の妻は彼と縁のある墓地へと埋葬された。彼はその事にすら気づかず、見るものによっては呪いとも取れる凄まじい祈りを捧げ続けた。彼が祈り続けてから五年ほど経ったある日の晩、ふと思い立った彼は墓荒らしを実行した。そうする事によってのみ彼女が再誕するとでも言いたげな様子であった。彼はひたすらに彼女の墓を掘り続けた。その様子を狂気と言わずして何を狂気と呼ぼう。見るものを恐怖のどん底に叩き落さんばかりの悍ましさだった。爪が剥がれようが、腕がへし折れようが彼は愚直に地を殴り続けた。腕を地面に叩きつけるようにして土を抉り取り、悲哀が全身を震わせ、無念が怒りがやるせなさが怨念が彼の身体を通り抜けて墓に叩きつけられる。ボロボロになった土切れに喰らい付き咀嚼し嚥下し、墓石を破壊しつくさんばかりの勢いで蹴りつける。墓を荒らすだけ荒らして気が済んだのか、辺りが明るくなり始めると彼はフラフラとどこかへ行ってしまった。その日の朝、騒ぎを聞きつけた親族によってぐちゃぐちゃになった墓場が発見された。しかし、彼女の遺品は何一つとして手がつけられていなかった。かくして彼女の墓は彼の預かり知らぬ地へひっそりと移された。何処にも欲望するものが見つからないことに絶望した彼は性に溺れた。彼は祈ることをやめてしまった。不条理な現実から目を背けるように、寂しさを埋めるように、心にぽっかりと空いた穴を埋めるかのように。人肌を求めただただ享楽に耽った。退廃的な日々が一日また一日と過ぎていった。彼にはそれが信じられないほど長く感じられた。細い細い一本の糸に縋るかのように、泥沼に頭までどっぷりと浸かった状態でなんとか生き存えていた。生きていたのではない。ただ運良く死んでいなかっただけだ。その行為の最中、彼は見つけた。失われた祈りを。寂れた墓の前に供えられた一輪の白い花を。祈りとは墓標に向かって捧げられるものだ。そして墓標に向かって捧げられるものではない。墓標とは出口だと思うものの入口であり、入口だと思うものの出口なのだ。そこには、そこにだけは時間が存在した。時間とはある特定の2つの間柄を結びつける理である。それ以外には概して無用である。彼にはその事がひどく妬ましく、そして痛いほど感慨深く感じられた。それらはタイムマシーンなのだ」
「うぇっ!? それで終わり? 」
「……そうだけど? 」
セックスとは墓標に過ぎない。されどそれらはタイムマシーンなのだ。




