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婚約破棄された悪役令嬢は、ネグレクト家族と完璧な姉から逃げ出し、隣国皇太子に溺愛されながらも頑なに拒み続けた結果、彼が代わりに全員へ徹底的な復讐をしてくれたので、気付けば次期王妃の座を掴んでいました

作者: 結城斎太郎

第一章 婚約破棄の朝


 春の光が差し込むサロンの空気は、妙に冷たかった。

 目の前に立つ金髪の青年――婚約者のルシアン・ド・ヴァルリオ公爵子息が、口元だけで笑いながら淡々と告げる。


「マリアンヌ。君との婚約を破棄する。理由は……君もわかっているだろう?」


 わかっている、だと?

 私の隣でルシアンの腕に絡みつく女が、姉のセレスティーヌであることを見れば、否応なく理解できた。


「私の方が、ルシアン様には相応しいわ。ねぇ?」

 姉は勝ち誇った笑みを浮かべ、白磁のような手で彼の胸元をなぞる。


 胸の奥が、じくじくと痛んだ。

 しかしそれは失恋の痛みではない。幼少の頃から、彼と愛し合った記憶など一度もなかったのだから。

 痛みの正体は――また、姉に奪われたという事実そのものだった。


「……お好きになさってください」

 それだけ告げ、私は深く頭を下げた。涙など、とうに枯れている。



---


第二章 愛されなかった日々


 私はエルディア侯爵家の次女として生まれた。

 けれど両親の興味は、完璧な長女セレスティーヌだけに注がれた。

 金の髪、宝石のような瞳、才知に溢れ、舞踏も剣術も芸術もこなす――彼女は「侯爵家の誇り」と呼ばれ、私は「いない者」として扱われた。


 食卓で声をかけられることは稀で、誕生日を祝われた記憶もない。

 姉はそんな私を「無能」「足手まとい」と罵り、時に髪を引き、頬を打った。

 ルシアンとの婚約も、家の地位を保つための取引に過ぎず、愛情は存在しなかった。



---


第三章 脱走


 婚約破棄から三日後の夜、私は決意した。

 この家に残れば、いずれ息が詰まり、心が壊れる。

 夜着を脱ぎ、動きやすい旅装に身を包み、隠し持っていた小袋の金貨を腰に結わえる。


 月明かりの下、裏門から馬に跨がった。

 馬の蹄が石畳を叩く音が、まるで心臓の鼓動と重なる。

 向かう先は国境。侯爵家の追っ手が及ばぬ、隣国フェルディア帝国だ。


 途中、野盗に襲われかけたが、必死の剣捌きで切り抜けた。

 傷は浅かったが、疲労と緊張で意識が霞む。



---


第四章 邂逅


 気付けば私は、豪奢な天蓋付きの寝台で目を覚ましていた。

 カーテン越しに差し込む陽光、鼻をくすぐる香油の香り。

 そして、椅子に腰掛けて本を読む青年がいた。


「……目が覚めたか。俺はアレクシス・フェルディア。この国の皇太子だ」


 琥珀色の瞳が、驚くほど優しい。

 事情を問われ、私は簡単に経緯を話した。

 彼は静かに聞き終えると、微笑み――


「なら、俺のもとに来い。君を傷つけた者たちに、代償を払わせよう」


 その言葉は、甘くも恐ろしい響きを帯びていた。



---


第五章 拒絶


「申し出はありがたいのですが……私はもう、誰かに依存するのは嫌です」

 私はそう言い、彼の庇護を辞退した。

 けれどアレクシスは一歩も引かない。


「依存じゃない。これは俺の意思だ。君を救いたいし、奪いたい」


 胸がざわめく。けれど私は首を横に振った。

 自分の足で立たなければ、また誰かに奪われる。

 そう思っていたから。


 しかし、その頑なさが、彼の中の何かを強く燃やしたのだと、この時の私は知らなかった。



---


第六章 皇太子の動き


 数日後、フェルディアの諜報部がエルディア侯爵家とヴァルリオ公爵家に関する情報を掴んだ。

 アレクシスはそれを手に取り、冷笑する。


「……面白い。あの家と公爵家、根こそぎ潰してやる」


 彼は私の知らぬところで動き始めた。

 密輸の証拠、税金の不正流用、姉と元婚約者の裏取引――次々と暴かれていく。


 嵐は、すぐそこまで迫っていた。



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第七章 静かなる嵐


 フェルディア皇宮の書斎で、アレクシスは分厚い書類束を机に置いた。

 それはエルディア侯爵家とヴァルリオ公爵家、さらにセレスティーヌ個人の不正記録だ。


「君の家は、思った以上に腐っているな」

 彼の声は穏やかだが、その裏に氷の刃が潜んでいる。


「……私には、どうすることもできません」

 私は小さく首を振った。

 彼はそこで、真っ直ぐに私を見た。


「君が直接手を汚す必要はない。俺がやる」

 その言葉は決して誇張ではなく、確固たる宣告だった。



---


第八章 外交の罠


 アレクシスはまず、侯爵家と公爵家が関わっていた「国境交易の密輸」について、フェルディア帝国とマリエル王国との間に正式な通告を送った。

 名指しこそ避けたが、証拠は明らかにエルディア侯爵家を指している。


 国境の通商許可証は即時停止。侯爵家の主な収入源である香辛料取引は途絶えた。

 ヴァルリオ公爵家もその物流に依存していたため、同時に打撃を受ける。


 マリエル王国政府は、国際的な非難を避けるため、国内調査を開始。

 やがて新聞各紙には、密輸と賄賂の噂が連日一面を飾った。



---


第九章 社交界からの追放


 社交界は、血の匂いに敏感だ。

 侯爵夫人とセレスティーヌが舞踏会に姿を現せば、挨拶に駆け寄る者は一人もおらず、囁き声だけが背中を追った。


「見た? あれが密輸貴族よ」

「婚約破棄までして掴んだ男も、もうすぐ破滅だそうよ」


 ルシアンも同様だった。貴族議会で密輸疑惑を追及され、弁明の場を与えられずに発言権を剥奪される。

 公爵家の権威は、砂の城のように崩れていった。



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第十章 姉の陥落


 アレクシスは決定的な一手を打つ。

 セレスティーヌが外交官と密かに結んでいた不正契約――それは、隣国の軍事情報を流す見返りに高額の宝飾品を受け取るという裏取引だった。


 この情報は外交文書として王国宰相に届けられ、即座に宮廷からの出入りを禁止された。

 「侯爵家の誇り」とまで持て囃された姉は、一夜にして「国賊」と呼ばれる存在になった。


 外出すれば石を投げられ、屋敷では使用人が次々と辞めていく。

 セレスティーヌの輝かしい笑顔は消え失せ、狂気じみた叫び声だけが壁に反響した。



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第十一章 家の没落


 侯爵家は密輸と裏取引の罪で爵位剥奪。

 領地は王国に没収され、莫大な罰金が課された。

 公爵家は婚約破棄に伴う慰謝料と、密輸関与の補償金で破産同然となる。


 ルシアンは爵位を返上して国外逃亡を試みたが、フェルディア帝国領内で拘束され、マリエル王国へ送還された。

 裁判の傍聴席には、アレクシスの側近たちが静かに座っていた。



---


第十二章 心の揺らぎ


 私はその一部始終を、皇宮の一室から見守っていた。

 罪を償わせたい気持ちはあったが、同時に胸の奥で小さな痛みもあった。

 血の繋がりは消せない――それでも、私は彼らの元へ戻ることはない。


「君はこれで自由になった」

 アレクシスがそう告げた時、私は初めて、自分の胸の重りが取れたのを感じた。


「……ありがとう。でも、あなたはどうして、そこまで?」

「理由は一つだ。君を最初に見た時から、全部欲しいと思った」


 その直截さに、心が大きく揺れた。



---


第十三章 婚約


 数か月後、フェルディア帝国宮廷で盛大な婚約式が執り行われた。

 黄金の刺繍を施した深紅のドレスに身を包んだ私の左手に、アレクシスはダイヤモンドの指輪をはめる。


「これからは、誰も君を奪えない」

 その言葉は、誓いというより宣言だった。


 列席した各国の大使や貴族たちは、私を「次期皇妃」として受け入れた。

 誰も、もう私を「いない者」とは呼ばない。



---


第十四章 次期王妃として


 宮廷での生活は目まぐるしかったが、私は生まれて初めて、自分の意志で動ける環境を得た。

 外交の席では、アレクシスの隣で発言を求められることも増えた。

 彼は決して私を陰に置かず、常に対等な立場として扱ってくれる。


 夜、執務室で二人きりになると、彼は仕事の合間に私を抱き寄せる。

「君が拒もうと、俺は諦めなかった」

 その声には、確かな愛情と執着が混じっていた。


 そして私は、もう拒む理由を持たなかった。



---


終章 自由と愛の代償


 侯爵家の屋敷は取り壊され、かつての栄華は跡形もない。

 姉は辺境の修道院で沈黙の日々を送り、ルシアンは平民として雑役に従事している。


 私は宮殿のバルコニーから、光り輝く帝都を見下ろした。

 かつて夢見ても届かなかった自由と尊厳が、今は私の掌にある。


「マリアンヌ」

 背後からアレクシスの声。振り返れば、あの琥珀の瞳が私だけを映していた。


「……これからは、あなたと共に」

 その言葉は誓いとなり、二人の未来を照らした。




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