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第2話 空無



朝、スマホの通知音がうるさくて目が覚めた。 体はだるい。夜勤明けでやっと眠れたのに、わずか数時間しか経っていなかった。


「……なに?電話?」


母からの電話だ


「おはよう」


定期的に母から生存確認電話が来る


「……うん、大丈夫。今日はちゃんとサラダ食べたし、冷凍グラタンもあるよ」


スマホの向こうから聞こえる母の声は、いつも通り優しくて、ちょっと心配性。 高城琥珀はソファに腰を下ろしながら、微笑んで画面を見つめていた。


「兄ちゃん? 相変わらずって感じ。今週は出張だって」


そんな他愛ない会話を続けるうち、胸の奥にふわっと温かいものが広がっていく。


「うん、大丈夫だよ。……ありがとう。また電話するね」


通話を終えると、スマホを胸にぎゅっと抱えた。 家族がいる、声をくれる、名前を呼んでくれる—— それだけで、今日は少し元気になれた気がする。


けれど——


「……お母さんから連絡無くなってあんたなんか“いらない”って言われたら、私、きっと泣いちゃうんだろうな」


ひとりごとのように、ぽつりと呟いた。 心が弱いのは、たぶん自分でもわかっている。 だけど、それを隠すのも、もうできそうになかった。

夜が深まっていく中、部屋の灯りはそのままに、琥珀はPCの前に座った。


「……ログイン、しよっか」


《Astral Phantasia》。 いつものBGM、いつものタイトル画面。 だけど、今日は少しだけ胸がざわつく。


ログイン後、フレンドリストを確認する。


「空無ちゃん、いる」


ほんの少しだけ、息を吐く。


パーティ申請を送ると、すぐに承認され、目の前にふわっと白いローブをまとったアバターが現れた。


『こはくちゃん、こんばんは』


「こんばんは。今日もログインできてよかった」


画面越しでも、空無の声が優しく響いてくる気がして、琥珀は自然と笑みをこぼす。


『なんか……元気なさそう?』


「え、わかる?」


『うん。そういうの、けっこう敏感なんだ』


言葉の端に、空無の“やさしさ”がにじむ。 でも、それと同時に、どこか一定の距離も感じる。


「今日はちょっとね……。リアルでいろいろあっただけ。大丈夫」


そう答えながら、琥珀は少しだけ迷ったあと、訊いてみた。


「ねぇ、空無ちゃんはさ、リアルで辛い時どうしてる?」


少しの沈黙があった。


『……ゲームしてる』


その答えは、とても静かで、それでいてどこか切実だった。


『リアルが嫌いすぎてさ。ゲームの中では違う自分になりたかったんだ。 男のフリしようとしたけど……会話ついていけなかったw』


「……ふふ、前にも言ってたね。変なスタンプ連打してたもんね」


『あれ、バレてた?』


「可愛すぎて気づくってw」


一瞬だけ、ふたりの間にあたたかい空気が流れる。 けれど、そのすぐあと、空無はぽつりと呟いた。


『ゲームの中の私は嘘でできてるの。リアルとはほんとに別人なのよ』


『だから私のこと、あんまり聞かないでね? 嘘つけない性格だから適当に返事できないの。 みんなにはいつも“秘密なんだ”って言ってる』


「うん、わかった。……でも、秘密を守るのは得意だから」


琥珀は画面に向かって、そっと囁くように言った。


空無のアバターは何も言わなかったけれど、まるで画面越しに微笑んでくれたような気がした。


現実では“泣き虫”で、ひとりの部屋でポロポロ泣いてしまう琥珀と、 感情を見せず、リアルを嫌い、秘密に包まれた空無。


だけど、ふたりが出会ったこの世界だけは、 少しずつ、心が近づいていく場所だった。


そしてその夜、空無はログアウトする前、ふとこんな言葉を残した。


『……こはくちゃんには、ちょっとだけ、話してもいいかもしれない』


その声はとても静かで、でも確かに、扉の鍵がカチャリと外れる音がした気がした。## 【第2話】心が折れた日のログイン


朝、スマホの通知音がうるさくて目が覚めた。 体はだるい。夜勤明けでやっと眠れたのに、わずか数時間しか経っていなかった。


「……なに?電話?」


母からの電話だ


「おはよう」


定期的に母から生存確認電話が来る


「……うん、大丈夫。今日はちゃんとサラダ食べたし、冷凍グラタンもあるよ」


スマホの向こうから聞こえる母の声は、いつも通り優しくて、ちょっと心配性。 高城琥珀はソファに腰を下ろしながら、微笑んで画面を見つめていた。


「兄ちゃん? 相変わらずって感じ。今週は出張だって」


そんな他愛ない会話を続けるうち、胸の奥にふわっと温かいものが広がっていく。


「うん、大丈夫だよ。……ありがとう。また電話するね」


通話を終えると、スマホを胸にぎゅっと抱えた。 家族がいる、声をくれる、名前を呼んでくれる—— それだけで、今日は少し元気になれた気がする。


けれど——


「……お母さんから連絡無くなってあんたなんか“いらない”って言われたら泣いちゃうな……


***


夜が深まっていく中、部屋の灯りはそのままに、琥珀はPCの前に座った。


「……ログイン、しよっか」


《Astral Phantasia》。 いつものBGM、いつものタイトル画面。 だけど、今日は少しだけ胸がざわつく。


ログイン後、フレンドリストを確認する。


「空無ちゃん、いる」


ほんの少しだけ、息を吐く。


パーティ申請を送ると、すぐに承認され、目の前にふわっと白いローブをまとったアバターが現れた。


『こはくちゃん、こんばんは』


「こんばんは。今日もログインできてよかった」


画面越しでも、空無の声が優しく響いてくる気がして、琥珀は自然と笑みをこぼす。


『なんか……元気なさそう?』


「え、わかる?」


『うん。そういうの、けっこう敏感なんだ』


言葉の端に、空無の“やさしさ”がにじむ。 でも、それと同時に、どこか一定の距離も感じる。


「今日はちょっとね……。リアルでいろいろあっただけ。大丈夫」


そう答えながら、琥珀は少しだけ迷ったあと、訊いてみた。


「ねぇ、空無ちゃんはさ、リアルで辛い時どうしてる?」


少しの沈黙があった。


『……ゲームしてる』


その答えは、とても静かで、それでいてどこか切実だった。


『リアルが嫌いすぎてさ。ゲームの中では違う自分になりたかったんだ。 男のフリしようとしたけど……会話ついていけなかったw』


「……ふふ、前にも言ってたね。変なスタンプ連打してたもんね」


『あれ、バレてた?』


「可愛すぎて気づくってw」


一瞬だけ、ふたりの間にあたたかい空気が流れる。 けれど、そのすぐあと、空無はぽつりと呟いた。


『ゲームの中の私は嘘でできてるの。リアルとはほんとに別人なのよ』


『だから私のこと、あんまり聞かないでね? 嘘つけない性格だから適当に返事できないの。 みんなにはいつも“秘密なんだ”って言ってる』


「うん、わかった。……でも、秘密を守るのは得意だから」


琥珀は画面に向かって、そっと囁くように言った。


空無のアバターは何も言わなかったけれど、まるで画面越しに微笑んでくれたような気がした。


***


現実では“泣き虫”で、ひとりの部屋でポロポロ泣いてしまう琥珀と、 感情を見せず、リアルを嫌い、秘密に包まれた空無。




そしてその夜、空無はログアウトする前、ふとこんな言葉を残した。


『……こはくちゃんには、ちょっとだけ、話してもいいかもしれない』


その声はとても静かで、でも確かに、扉の鍵がカチャリと外れる音がした気がした。





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