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プロローグ
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名前を呼ばれた記憶がない。
本当にそうだったかは分からないけれど、少なくとも「愛されていた」と感じたことはなかった。
姉が褒められるたびに、私は静かに足元を見つめた。
母が笑うとき、私の隣には姉がいた。
誕生日に外食へ行くのは、いつも姉の番。
私には、祖母の手作りのグラタンがあった。
それが“当たり前”なんだと、言い聞かせていた。
でも、大人になった今でも胸が痛むのは、
きっと私は、誰かに「大切だよ」って、
ちゃんと名前で呼ばれたかったからだ。
名前を呼んでくれる人がいる──
ただそれだけで、人は少しだけ救われる。
そう信じて、私は今日も生きている。
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