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エックス・ワールド〜コマンドで戦うVRMMORPG〜  作者: 名無之権兵衛
第1章「エックス・ワールドのはじまりはじまり」
9/16

episode9「ココロノナカ」

「どうして、ここまで組み込みコマンドに詳しいんですか?」


 唐突な質問にキャットさんは目をぱちくりさせた。白板消しを置いて、顎に指を当てて考える素振りをみせる。


 ややあって、彼女は達観したような笑みを浮かべた。


「`cat [~ ~-1 ~1]/sl > book.obj`」


 彼女の手元に一冊の本が現れる。レオタード、オレンジ長髪の美女が本を持つという、世にも奇妙な構図が出来上がる。


「ボクのcatコマンドは指定した相手の思考を読み取ったり、こうして本に書き出してチームに共有する能力にゃ。見ての通り、ぜんぜん戦闘向きじゃないにゃ。でも、ボクは前線で戦いたかった。だから必死に組み込みコマンドを勉強したんにゃよ」


 本のページを適当にめくりながらキャットさんは言った。戦闘向きじゃないコマンドでも戦える手段はある。誰もが活躍できるポテンシャルを秘めているのが、エックス・ワールドというゲームなんだ。


「覚えておいてほしいにゃ、車掌くん」


 本から目を上げてキャットさんは言った。


「どのコマンドにも長所と短所がある。そして決まって”強いプレイヤー”は各コマンドの性質を熟知しているにゃ。一つのコマンドに決してこだわらないことにゃよ」


 ”コマンド”は無限大だ。


 &(バックグラウンド)コマンドと合わせれば、透明の蒸気機関車を繰り出すことができるけれども、jobsコマンドを使われたら見えてしまう。killコマンドをwhileコマンドと併用して使われたらslコマンドは完全に封じ込まれるだろう。そしたらcdコマンドで接近戦に持ち込むことだってできるし、functionコマンドでクリティカルヒットをくらわすことだってできる。


 少し考えただけで、さまざまな展開が思いついた。使えるコマンドが多いほど、”戦術”は多様化する。


 一つのコマンドにこだわらない。


 僕は最も大切なことを、この日に教わった。


「そういえば、車掌くん」


 キャットさんが持っていた本を見ながら言う。


「はい?」

「さっきからボクのことをジロジロ見てたけど、そんなにボクの格好が刺激的だったかにゃ?」


 …………。


 背筋が凍った。


 キャットさんは、指定した相手の心の中を読むことができる。つまり、彼女が持っている本には…………。


「そうなんですよ〜。ポッポくん、めっちゃ見てくるんです〜」


 ムーブ先輩が追い打ちをかける。僕の顔は真っ赤に染まっていた。穴があったら入りたい、とはまさにこのこと。


 あぁ、今思い出しても恥ずかしくなってきた。


「にゃ〜、思春期の男子にゃね〜。いいにゃよ。ボク、そういう男の子は可愛いと思うにゃ」

「けど、それで負けてちゃダメじゃないですか」


「そうにゃ! この際、もっと過激な衣装で……」

「ハウス! キャトさん、ハウスです!」


 レオタードを脱ごうとするキャットさんを、スーが体を張って止めにかかる。驚いて尻餅をつくキャットさん、それを見て笑い声をあげるムーブ先輩。


 ————いい場所に来れたのかもしれない。僕は思った。


 オンラインゲームでの出会いは運だ。どういう人と巡り合えるかなんて「運」意外の言葉で説明することができない。


 もし、スーがあのとき声をかけてくれなかったら、僕はここまで楽しくエックス・ワールドをプレイできていたかわからない。


 本当に偶然ではあるけれども、僕は彼女らに出会うことができてよかったと、今でも心の底から思っている。


 彼女たちにまた逢いたいから、

 僕は明日もきっとエックス・ワールドにログインするだろう。




   — — —




 エックス・ワールドには全部で18のエリアがあり、エリアすべてに自ディストリビューションのシンボル(タックスというペンギンのぬいぐるみ)を設置するか、制限時間(2ヶ月間)までにタックスを多く設置した陣営の勝利となる。


 エリアは最初から全て開放されているわけではない。ゲーム開始時は3つ、その後1週間ごとに3つのエリアが開放される。


 開放される日時はゲームによって異なるけど、僕らの場合は世界標準時毎週金曜の22時(日本時間土曜午前7時)だ。この時間帯は新しく開放されたエリアを取りにいくのもよし、守りが手薄になった敵陣地を取りにいくのもよし。 オペレーションは各陣営の司令官によって決められる。


『今回の作戦はぜんぶで3つだ』


 ディスコードの会議で説明を始めたのはデビアンのリーダー、エプトさんだ。ゲーム内のアバターは茶髪のスポーツ狩りにメガネをかけ、口髭を生やしている。体はほどよく鍛えられており、“デキる上司“という印象だった。衣装も半袖パーカーにチノパンと刺激が少ないのもグッドだ。


『2つはこれまで通り、新規エリアの獲得と既存エリアの守護。そして、新たに加える軸が”奪取”だ。この図を見てくれ』


 ”|Current Situation《現在の状況》”と題されたスライドが画面に表示される。スライドには”Debian(デビアン)”、”RedHat(レッドハット)”、”New Area(新しいエリア)”の3つの枠がある。


 現在、僕らデビアンが獲得しているエリアは7つ。相手のレッドハットが獲得しているエリアは8つ。今回、新たに開放されるエリアが3つだから、僕はゲームの最終盤で参加したことになる。


『現状、俺たちの獲得しているエリアは少ない。ここで逆転するためには新たに開放されるエリア3つを全て取る必要があるが、それは難しい。そこで、開放時間に合わせて奪取作戦を行う』


 エリアの奪取はどのゲームでもそうだが、戦況を大きく左右する。1つのエリアを奪取することは、2つの新規エリアを獲得することと等しい。そのぶん、攻略難易度は高い……。


『もちろん、敵のエリア奪取に人員を割いて新規エリアを取りこぼしては元も子もない。そこで、少数精鋭のチーム3つで奪取は行ってもらう』


 そのチームの一つに僕とスー、そしてムーブ先輩とキャットさんが選ばれた。目標はbootエリア。溶岩が流れる洞窟のエリアだ。


 全体説明が終わった後、僕たちはスーを中心に作戦会議を行った。タックスが置かれている場所はどこか、敵が守りを配置するとすればどこか。定期テスト対策並みに入念に作戦を立てた。これ以上ないプランだった。


 けど、懸念点もあった。


 一つはキャットさんが作戦開始時間に仕事が入ってしまっていることだ。


「なるべく早く終わらせて帰るにゃけれども、開始時間に間に合わなかったらごめんにゃ〜」


 もう一つは敵の戦力だ。レッドハットには”赤帽さん”と呼ばれるボスがおり、彼一人だけで戦況が180度変わるという。


「彼がbootエリアにいたら、100パーセント勝てないと思ってください」


 珍しくスーが厳しい言葉を使っていたことを覚えている。


「スーちゃんがいても?」


 ムーブ先輩の問いにスーは眉を顰めた。


「そうですね。私も彼と戦って勝てるかどうか……。正直、わかりません」


 スーが勝てない相手がエックス・ワールドにいることに僕は唾を飲み込んだ。


「しかし、撤退してしまっては彼が別のエリアの防衛や奪取に行ってしまいます。ですので、彼と邂逅した場合は負け戦になりますが、少しでも時間を稼ぐようにしてください」


 かくして期待と不安が入り混じる初陣の狼煙は上がった。


 世界標準時での22時は日本時間だと午前7時にあたる。


 僕は、少し前の6時30分にbinエリア内にあるバーに来ていた。


 スーとデートするためだ。


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