episode6「One man live」
トリガーを引くまで、時間はかからなかった。
アサルトライフルから射出された弾丸は真っ直ぐに進んでいった。
「`while [ -e [~ ~ ~]/*bullet*.obj]; do mv [~ ~ ~]/*bullet*.obj [~ ~ ~10]; done`」
しかし、弾は彼女の半径1メートル以内に侵入すると、漏れなく10メートル後方へ飛ばされた。ムーブ先輩はコマンドを唱えただけだが、やっていることは銃弾全てを剣で弾く一騎当千の英傑みたいだった。
弾が切れる。ついに、彼女には一発も当たらなかった。
僕は息を呑んで先輩を見た。
これが、彼女のオリジナル・コマンド。指定したモノを別の場所に移動させる————
”mvコマンド”。
「いいね〜、そうこなくっちゃ!」
先輩は笑みを浮かべた。
「せっかくの初陣だし、もっと派手に行こう」
彼女は「`[~5 ~ ~5]/M4_carbine.obj ./RPG7_rocket.obj`」と唱えて僕の持っていたアサルトライフルを手元に引き寄せた。
しかも、RPG7の弾頭に変えて!
「`mv [~20 ~ ~10]/RPG7_combat.obj`」
彼女は、約20メートル先に落ちていたRPG7の発射機を手に取った。
「一度やってみたかったんだよね〜」
彼女はロケットを発射機にセットすると————
引き金を引いた。
僕は慌てて走り出したが遅かった。
弾頭は僕の後方3メートル地点に着弾し、天井に穴を開ける。
「うわぁぁあ」なんて情けない声を上げながら、僕は一つ下の階に落とされる。
ターミナルの最上階はレストランエリアになっていて、誰もいないフロアでステーキハウスやイタリアンレストランの電飾看板が営業中であるかのように光っていた。
僕は全身を強く打ったことによる痛みに耐えながら、天井に人差し指を向ける。
「`sl -F`」
どのコマンドにも”オプション”と呼ばれる追加入力がある。コマンドに付与された能力を拡張させるものだと考えてもらっていい。
slコマンドにオプションFを付与すると、機関車は空を飛ぶ。
背後から現れた列車は、みるみる上昇して天井を削るように破壊した。
「`mv *sl*.obj [~ ~10 ~]`……ありゃ、捕捉できないか〜」
ムーブ先輩はSLを移動させたかったんだろうけど無駄だ。
僕のSLは形こそふざけているが、中身はビームのようなもので実体を伴わない。ゆえに、どんなコマンドでも捕捉することができないんだ!
「`cd [~ ~10 ~10]`」
先輩は”別のコマンド”を使って移動する。けれども、対策済みだ。
彼女のいる方向に指を向ける。
「`sl -l`」
lオプションは素早いSLを召喚する。デフォルトよりも細長い機関車は通常の2倍の速度で先輩の方へ進んでいった。
この速さに先輩は反応することができない!
「う〜ん、このくらいかな」ムーブ先輩はコマンドを一つ唱えた。
「`cd [~7 ~-15 ~-5]`」
直後、彼女は僕の目と鼻の先に”瞬間移動”した。
僕は驚き、尻餅をつく。
「おっ、ビンゴ〜。それじゃあ`mv [~3 ~ ~-3]/saber.obj ./`」
彼女は4メートル先に落ちていた剣を手に取り、僕の首筋に当てた。
「これでチェックメイト。君は今日から『ポッポくん』で、私のことは『ムーブ先輩』と呼びなさ〜い」
僕は力が抜けてレストラン街の床に倒れ込んだ。先輩を好きにできなくなったことや、これから「ポッポ」という子供みたいな名前で呼ばれるのかとか、そんなことよりも————
「……つかれた〜」
まだ心臓は高鳴ったままだ。きっと僕の心臓にマイクを押し当てたら、ハウっていたに違いない。
「ふっふっふ〜。いい顔してるじゃないか、ポッポくん」
ムーブ先輩は早速、僕の新しい名前を呼びながら僕の頭の上でしゃがみ、顔を覗き見る。あとで考えてみると、あの体勢はいろいろな意味でアウトな気がしたが、当時はそんなこと考える余裕はなかった。
「お疲れ様でした」
どこからかスーが現れた。
「いかがでしたか、初めての対人戦は」
差し出された手を取り、僕は起き上がった。
「めっちゃ疲れたよ」
立ったはいいものの、まだ足が震えている。
「そりゃそうでしょ」ムーブ先輩が言った。
「相手がどんな手段を使ってくるのか、どうすれば対処できるのか。こちらの持ち札は何で、相手の持ち札はどれか。それらを考えながら体を動かさないといけない。もし、ゲームをスポーツに含めていいのなら、エックス・ワールドは間違いなく世界で一番難しくてやりがいのあるスポーツだよ」
僕は口元を緩ませた。確かに、これは頭脳戦であり、肉弾戦でもあり、コマンド戦でもある。
このゲームが面白いと言われている理由がわかった気がした。
「ちなみにですが、車掌さん」
スーの顔を見ると、彼女は眉をひそめて不満げな視線を僕に向けていた。
「名前は、あくまでムーブさんが勝手に呼んでいるだけなので、私は引き続き『車掌』さんと呼ばせてもらいます。私はいいと思っていますからね、『車掌』というネーミングセンスは」
褒められているのか遠回しにディスられているのか。きっと彼女は真面目に思ってることを伝えてくれたんだろうけど、どこかズレてると感じたのは僕だけじゃなかったはずだ。
「スーちゃん、それじゃあネーミングセンス悪いって言ってるみたいだよ」ムーブ先輩が苦笑いしながら言う。
「そうですか? 私は素直に自分の気持ちを伝えただけですが……」
ド直球の言葉に僕のハートは貫かれた。そんなこと言われたら、恥ずかしい……。
「まあ、『ポッポくん』は私が勝手に呼ぶだけだから、ディスコードの名前は変えなくて大丈夫だよ」
そして上目で「もし嫌だったら、言ってね?」と付け加えた。
うっ……こんなの、ズルい。
戦闘前の僕なら、間違いなく言葉に詰まっていただろう。
けど、死線を超えて僕は成長した。
少なくとも、言い返せるくらいには。
「大丈夫です。むしろ後輩感が出ていていいと思います」
なんで言われる側がフォローするんだ、と今にしては思うが、当時の僕としてはナイストライだったと思う。
先輩は笑みを浮かべた。
「それならよし! これから一緒に頑張っていこう!」