episode52「君と羊と青」
今日(正確には昨日)、僕は学校に行った。理由は期末テストがあったからだ。
本当は行く気なんてなかったんだけど、担任から「来なかったら家に火をつける」なんて物騒なことを言われたので、出席することにした。
正直、学校という場所は好きじゃない。みんないるのに、誰も僕のことを気に留めない。まるで僕が世界から隔絶されてしまっているような気がするからだ。
ところが、今日は違った。
クラスメイトの1人がこう尋ねてきたんだ。
「ねえ、豊田くん。豊田くんってエックス・ワールドをプレイしてる?」
僕は驚いた。学校に友達なんて1人もいないのに。
「ど、どうして、そう思ったの……?」
警戒しながら聞いてみると、彼はスマホを取り出してある記事を見せてきた。
それは「エックス・ワールドタイムズ」という、エックス・ワールドに関するニュースを配信する専門サイトの記事だった。僕も名前は聞いたことあったけど、詳しく読んだことはない。
記事には以下のように書かれていた。
『6月期最優秀プレイヤー特集
毎月の最優秀プレイヤーを紹介するこの企画。今回は”sl”コマンドを操る通称ネーム”車掌”について紹介しよう。
6月期で最も活躍したこのプレイヤーは、なんとエックス・ワールドを始めてからまだ1ヶ月も経っていないという。始めてからわずか1ヶ月で最優秀プレイヤーに選ばれたのは本誌史上初である』
そこから僕の簡単な戦歴(副総統を倒したことや、リムーブを倒したことなど)、そしてアバターが掲載されていた。
こんな記事が出るなんて何の連絡もなかったので、僕にとっては目から鱗だった。何よりヤバかったのが掲載されている僕のアバターだ。
僕のアバターは現実世界の僕に似せて作られている。つまり、この記事を見たクラスメイトの誰かが「これ豊田じゃね?」となって今に至るそうだ。
「やっぱそうだよな。すげぇ〜、おい、やっぱ本当っぽいぜ!」
彼が声を上げると、男子を中心に続々と僕の周りにやってくる。
「マジか!?」
「すごいね、豊田くん」
「リムーブを倒した時のアーカイブ見たぜ」
「かっこよかったよ!」
みんな好奇の視線で僕のことを見てくる。そこに悪意はないから嫌な気分はしなかったが、慣れなかった。
「そういえば……」と誰かが呟く。
「賞金ってどれくらいもらえたの?」
エックス・ワールドには貢献ポイントに基づいて賞金が分配されるシステムがある。敵を倒したり、エリアを奪取することで貢献ポイントを増やすことができ、逆に敵に倒されると手持ちのポイントが全てなくなってしまう。
「記事最後まで読んでねえのかよ。ほら、ここ」
そう言って最初に話しかけてきたクラスメイトが記事の一番下までスクロールした。そこには推定貢献ポイント、予想獲得賞金が書かれていた。
その金額は————
いや、ここに書くのはやめよう。金額が金額だったから。
…………まあ、ヒントを与えるなら、その数字を見た僕は人生で一番大きな声を出し、僕の預金口座を見た母は「大型クルーズ船を貸し切ることができるじゃない!」と叫んでいた。
— — —
二つ目の事件はエックス・ワールドの中で起こった。
エックス・ワールドでは変わらずみんなと楽しくプレイしている。ムーブ先輩もキャットさんも、そしてスーも一緒だ。
今日は新しいプレイヤーがログインしてくる日だった。僕もいよいよ先輩になる日が来たってわけだ。
新規プレイヤーが現れるたびに、デビアンのみんなは歓迎ムードで出迎える。僕は1ヶ月前に自分が始めてログインしたことを思い出して懐かしく感じた。
新たに加わった仲間は様々だった。
「カツキと言います。現職は警察官をしています。どうぞ、よろしく」
「チェンですわン。仕事は……内緒ってことで❤︎ よろしくお願いしますわン」
堅物な人から癖が強そうな人まで。
けど、一番の問題児は別にいた。
彼はログインするなり挨拶もせず僕らのことを見回した。茶色の髪に整った細い眉と鼻。アジア系で、年は僕と同じくらいだった。
彼は黙って僕らの顔を1人ずつ見ていく。僕らはどうしたものかと黙って様子を見ていた。
やがて、彼はスーのことを見ると、笑みをこぼして目から涙を溢れさせた。
「スードゥー!!」
勢いよく彼女の元まで駆け寄った彼は————
なんとスーに抱きついたんだ!!
あの、スーに!
「やっと会えたね。俺、君のことをずっと探してたんだよ。すっごい寂しかったんだから」
抱きしめる男にスーは困惑の色を隠せない。
「あ、あの……どちら様、でしょうか?」
彼女の言葉に青年は驚いた様子でスーから離れた。1メートルくらい離れた場所から彼女の顔をマジマジと見つめる。
「いや、見間違いじゃない。海のように青い髪にルビーのように赤い瞳、そして口元のほくろ。間違いなくスードゥーダ。忘れてしまったのかい? 僕らは恋人同士だったじゃないか!」
デビアンに衝撃が走った。
「こ」
「い」
「び」
「と」
「「「「「どうしぃぃぃぃいぃい」」」」」
その場にいた全員が声を上げて驚いた。あのスーに恋人がいた? まさか、そんな……。
僕の頭は真っ白になった。
一方、スーはなんのことだかさっぱりな様子で、
「すみません、私はあなたのことを覚えていません。人違いではないでしょうか」と宥めようとする。
しかし、彼の勢いは止まらない。琥珀色の瞳を輝かせてスーを見つめる。
「そんなわけない。間違いなく僕が好きだったスー・マードックだ」
彼はスーの前で膝をついた。
「君が忘れていても構わない。君が思い出すまで、僕は君の王子様になるよ」
そして、なんと……なんと……
彼女の手の甲に口づけしたんだ!!
ま、まずい!
スーに近づくヤツが現れた!
しかも、なんのためらいもなく手の甲に口づけする僕とは正反対の人間。
どうしよう————
どうなってしまうんだ!?
僕は、これからどうすれば————!?
2045年7月11日
豊田輝
* * *
これは、主人公が知らないサイドストーリー。
時は遡り、対リムーブ戦で車掌がsudoモードになった頃のデビアン司令室。
大型ディスプレイに映し出された映像を見て一同は安堵の息をついた。
同時にスーが車掌にシェルスクリプトを託したことに驚いた。スーはセキュリティの観点からシェルスクリプトによるsudoコマンドの発動をこれまで行ったことがなかった。シェルスクリプトが何者かの手に渡ってしまった場合、自分のコマンドが悪用される恐れがあったからだ。そのため、彼女は必ず口頭でroot権限の付与を行なっていた。
「これで勝敗は決したな」
エプトの声に反対する意見はなかった。
「よし、じゃあスー。俺に権限を渡してくれ」
スーは驚いたようにエプトの顔をみた。
「エプトさん、見ていなかったんですか? この勝負、車掌さんの勝ちですよ。sudo状態の彼はエックス・ワールドのシステムに直接アクセスできるようになるので、ユーザーデータを直接攻撃できるようになるんです。避けることもできませんし、killコマンドも通じません。それに————」
語気を強めるスーを見てエプトは苦笑いを浮かべた。
「彼について熱弁してもらっているところ悪いが、誰も君の意見に反対してないよ」
「え?」
彼女は話すのを止めた。その頬は朱に染まっている。
「リムーブを倒したらレッド・ハットが奇襲を仕掛けてくるかもしれないだろう? 奴らを撤退させるには、俺が前線に出るのが一番だ。それともあれかい? 君が信頼する白馬の騎士に、彼らの対応も任せてほしいのかな?」
エプトは意地悪な笑みを浮かべた。
一方のスーは顔を真っ赤にする。
「そ……そんなこと、ないです!」
彼女の顔は今まで誰も見たことがないほど、可愛らしい顔だった。
# XWorld
## INSPIRED
- 山本道子、大竹瀧史 "Linux教科書 LPIC レベル1 スピードマスター問題集"(2019)
- RADWIMPS "⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎"(****)
## REFERENCE
- Linus Torvalds, Diamond David "Just for Fun: The Story of an Accidental Revolutionary"(2001)
- 藤田 昭人 "Unix考古学 Truth of the Legend"(2017)
- Andy Weir "Project Hail Mary"(2021)
- 山田鐘人、アベツカサ "葬送のフリーレン"(2020-)
- 庵野秀明 "新世紀エヴァンゲリオン"(1995)
- アサウラ、A-1 Pictures "リコリス・リコイル"(2022)
## SPECIAL THANKS
- 雲居(https://x.com/Kumo1_Sora)
- my friends
- and my wife
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ある程度、予想はついているかと思いますが、本作はこちらで最終回となります。
しかし、解決されなかった謎もあったはずです。
・リムーブがスーに言った言葉の正体は?
・エプトが赤帽との会話で見せた険しい表情の訳は?
・最後に現れたスーの恋人と名乗る人物の正体は?
etc...
もし、続きを読みたいという方がいましたら、「続き希望」とコメントいただき、周囲の友人、SNS、親、兄弟姉妹、子供、孫にぜひ本作を勧めてください。
皆さんの声が執筆の励みになります。
ぜひとも、よろしくお願いいたします。
他にも作品を公開しておりますので、ぜひそちらもお読みくださいませ。
改めまして、最後までお読みいただきありがとうございました。




