episode51「ふたりごと」
僕は爆音の鼓動を聞きながら、意を決して言った。
「僕と、連絡先を交換してくれませんか?」
微妙な沈黙があったことを覚えている。完全に静まり返るわけでもなく、けどどことなく重いような雰囲気。
ややあって
「いい、ですけど……」
スーは困惑しながらも了承してくれた。これが僕には嬉しかった。断られたらどうしよう。リムーブ戦のときは許してくれたけど「あれは場の流れで許しただけで、ゲームが終わったら他人になるんだしいい顔しとこう、本音では全然許していないけどね」なんて考えてたらどうしようと夜も眠れなかったんだ。だから彼女がいいよ、と言ってくれてとても嬉しかった。
でも……
「どうしたの、ポッポくん。藪から棒に」
「そうにゃ。また会えるのに」
「確かに、私は車掌さんと連絡先の交換はしていません。ですが、次のゲームでも一緒のチームで戦えますよ」
あれ、おかしいぞ、と思ったのはこのときだ。
「もしかして車掌さん、デビアンのことが嫌いになりましたか?」
僕は勢いよく首を振った。
「ぜ、ぜんぜん! むしろ、またみんなと集まりたいと思ったから連絡先を交換しようと思って……」
「私たちはまたエックス・ワールドで会えますよ?」
「えっ? だって、このゲームが終わったら僕たちはバラバラになって、ディスコードも解散するんじゃないの?」
沈黙が店内を包んだ。今度は0dbになった。これぐらいの静寂はいつぶりだろう。小学生の頃、サッカー日本代表のゴールキーパーのモノマネをやって失敗して以来だ。W杯で見せた好セーブという、”誰がわかんだよ”なモノマネを披露した時と一緒。
僕の心は気まずさで一杯だった。
やがて、スーが口を開いた。
「そんなこと……ないですけど……」
頭が真っ白になった。
「デビアンのサーバに登録されてる人たちは、次のゲームも同じメンバーでプレイするにゃ。事情があってディスコードを抜けない限り、いつまでも一緒にプレイできるにゃ。何なら次のゲームも敵はおんなじにゃよ」
キャットさんが苦笑いを浮かべながら説明してくれた。けど、僕の混乱は収束しなかった。
「……ぼ、僕が聞いた話では、エックス・ワールドは一つのゲームが終わるとプレイヤーは別々のゲームに飛ばされちゃって、同じゲームで会える確率は低いって。ディスコードも無くなっちゃうから、今後も関係を続けたい人には連絡先を聞いておくのがセオリーだって……」
僕の話にキャットさんが眉を顰める。
「それ、誰に聞いたにゃ?」
僕は過去の記憶をたぐった。確か、話を聞いたのはリムーブ戦の後だった気がする。リムーブ戦が終わった次の日にログインしたら、黒髪の女の子が話しかけてきて————
「たしか……タッチに……………………あっ!!」
僕はオフ会の件を思い出した。女の子になって僕のことをからかってきた愉悦部の筆頭。
「また変な情報を吹き込まれたのね」
ムーブ先輩が困った顔をしながら言った。
————————あぁ…………やっちまった〜〜〜〜〜〜〜。
人生最大のやらかしと言っても過言ではない。僕は一部の娯楽が三度の飯より好きな人々の掌の上でぎこちないワルツを踊っていたんだ。しかも、当の僕はそのことに気づかず一生懸命パートナーとリズムを合わせようともがいていた。彼らにとってこれ以上に美味い飯はないだろう。
あぁ、いま思い出しただけでもベッドに潜り込んでマットレスを叩いて、木星にワープしたい気分だ。
その後のことはよく覚えてない。たしか、顔を真っ赤にさせながらスーと連絡先を交換した気がする。偽情報にまんまと騙されて滑稽な踊りを披露したことは、人生最大の汚点となった。けれども彼女からDMが届いたときには心が浮き足だった気がした。
— — —
『あと5分でこのワールドは閉鎖されます。皆様、お忘れ物にご注意ください。繰り返します……』
残り5分を知らせるアナウンスがゲーム全体に響き渡った。binエリアでは、10分前から地平線の奥に白い光が出現して光量を強めていた。あの光に包まれると、強制的にログアウトさせられるらしい。
「本当に終わりですね」
スーが窓際に移動したので、僕もついていく。ムーブ先輩は学校に、キャットさんは前日から寝ていなかったらしく寝落ちした。
「すごく、楽しかったね」僕は言った。フェイクニュースからのショックからはだいぶ立ち直っていた。
「そう言ってくれて嬉しいです」
彼女は目を細めて笑った。
『あと3分でこのワールドは閉鎖されます。皆様、今回も楽しんでいただき誠にありがとうございました。繰り返します……』
「さっきの話……」
窓を見つめながらスーが呟く。
「私、嬉しかったです。あのとき、私の連絡先をほしいと言ってくださって」
僕は恥ずかしくなって下を向いた。
「あれは……タッチに騙されただけだから、忘れてほしいな……」
「忘れませんよ」
こういう時に限って彼女は意地悪なことを言う。
「だって、あれは車掌さんが私と今後も関わっていきたいと意思表示してくれたことなんですから。忘れるわけありません。だから……」
『あと1分でこのワールドは閉鎖されます。皆様、エックス・ワールドを遊んでいただき誠にありがとうございました。繰り返します……』
スーは僕に手を差し伸べた。
「また次のゲームで会いましょう。私は、いつでもエックス・ワールドでお待ちしてますから」
胸から溢れ出る思いがあった。それは間違いなくプラスの感情で、この感情に名前をつけることはできないけど、僕の心は今までにない幸福感に包まれた。
僕は彼女の手を握った。
「うん。また次のゲームで!」
「はい。次のゲームで」
白い光はどんどん強くなる。見えなくなる直前、彼女は今までで最高の笑みを浮かべていた。
『まもなくこのワールドは閉鎖されます。それでは皆様、次のゲームでお会いしましょう』
アナウンスの声を最後に彼女の顔は白い光に包まれ、何も見えなくなった。
— — —
キャットさんの言った通り、ゲームが終わった後もディスコードはそのままだった。みんなバラバラになるというタッチの情報はデマだったことが証明された。
タッチが所属する愉悦部のサーバでは大草原が広がったらしい。具体的にいうと、チャット欄が「w」で埋め尽くされたそうだ。その後、彼はキャットさんに1時間近く説教されたが、本人は「むしろご褒美だった」と語っていたらしく、彼らの悪行はまだまだ続きそうだ。
偽情報に踊らされてしまったけれども、僕としてはそれ以上にスーとまた一緒のゲームで遊べることが何よりも嬉しかった。
だから、この喜びをここに書き留めておこうと思う。
2045年6月30日
豊田輝
* * *
今日はとんでもないことが連続で起きたから書こうと思う。ここまで濃密な時間を過ごしたのは人生でも数えるくらいだ。
まずリアルの方で大きな事件が一つ起きた。
「ねえ、豊田くんってエックス・ワールドをプレイしてる?」




