episode50「祝祭」
スーの服は、デビアンが誇る2人のコーディネータによって試行錯誤が行われた。
スポーツ系、フェミニン系、アメカジ系、モード系……。
中でも2人の意見が一致したのが————
ピンクのフリルがたくさんあしらわれたワンピースに星型のポーチを肩掛け、首には黒のチョーカーをつけて頭にはピンク色のリボンをあしらったゴスロリ系統の衣装だった。
これがムーブ先輩にはドストライクだったらしく、スーが試着室から出てくるなり声にならない悲鳴を上げて転げ回った。僕のときよりも反応していた気がする。彼女曰く、恥じらっているところ含めて10000点らしい。
「なんか慣れませんね、シャカシャカしますし」
スーは頬を赤く染めながら自分のコスチュームを眺めた。
「車掌さんは、どう思いますか?」
この質問はどの試着の時にも聞かれたことだが、このときはドキッとしてしまった。まさか、僕にもムーブ先輩の因子が!? いやいや、ないない。
「いいと思うよ。似合ってる」
僕は笑顔で答え、スーはゴスロリ衣装を着ることになった。
— — —
服を買ったあとは、4人でエックス・ワールドの世界を見て回った。
エックス・ワールドには僕たち戦闘を楽しむ人以外にも、建物を建築したり、マシンを設計する人たちも少数ではあるがいる。そういった人たちが作った建造物を散策したり、アトラクションを楽しんだりした。
木々が生い茂るtmpエリアを駆け抜けるジェットコースター、砂の海が広がるrunエリアに建てたらた巨大な円筒。どれも地球上では実現不可能なものばかりで、ヴァーチャルこその迫力を感じることができた。
エリア全体が大型ショッピングモールのsrvエリアで食事休憩をとっていたとき、コピーと出会った。彼女も休日の装いをしていて、赤のパーカーに黒のジャージを履いていた。髪の毛もポニーテールでまとめておらず、白の長髪を無造作に広げていた。
「ゲッ……」
彼女は僕たちを見るなり嫌そうな顔をした。そりゃそうだ。1日しかない楽しい時間に敵——しかも負けた敵に会うなんて最悪以外のなにものでもない。
しかし、相手の嫌悪感を無意識に突破するのが我らがムーブ先輩である。
「あっ、お姉ちゃ〜〜ん!」
コピーに向かって元気よく手を振る。周囲の人たちからは「えっ、お姉ちゃん?」「うそ〜、まじで〜」と動揺の声が聞こえた。
「ええい、やめろ! お姉ちゃんって呼ぶな!」
コピーは顔を真っ赤にさせて近づいてきた。
「お姉ちゃん、ご飯まだでしょう。一緒に食べよう?」
「食べない。さっき起きたばっかでお腹空いてないから」
「そんなこと言わないで食べようよ〜」
「食〜べ〜な〜い」
コピーはムーブにあっかんべえすると、その場から離れてしまった。ムーブ先輩も頬を膨らませるだけで無理に追おうとしない。
「じゃあ、あとでこの前のお菓子持って行くからね〜」
別れ際の一言にコピーは立ち止まると、
「好きにしなさい……」とだけ言って群衆の中に紛れていった。
あれ以来、2人の距離は縮まっているらしい(先輩談)。
— — —
館内アナウンスが流れる。
『あと30分でこのワールドは閉鎖されます。ご注意ください。繰り返します……』
まもなくゲームが終わる時間だ。これが終わったら新しいゲームが作られて、再びエリア争奪戦から始まる。
————そして、僕らは別々になる。
新しいゲームが始まると、新しい仲間と新しい戦いに挑んでいくことになる。このチームで戦うことはもうないんだ。世界標準時0時、日本時間午前9時にディスコードは解散となり、新しく始まったゲームの中で作られるディスコードに入ることになる。もちろん、何人かは同じチームになるかもしれないけど、この4人が同じになれる確率なんて限りなく低い。
この4人で過ごせる時間は、あと30分しかない。
「いや〜、今回のゲームは楽しかった〜。何たってポッポくんが来てくれなかったら私たち負けてたよ〜」
「そ、そんなことないですよ……」
「またまた〜、ご謙遜を〜」
ムーブ先輩は僕の頭を乱暴に撫でた。僕らはbinエリアの「スカイラウンジ スターガーデン」にいた。初めてのエリア獲得戦の時にスーと話した場所だ。超高層ビルの一室に店を構えるバーからは、リムーブの襲撃から復活した近未来都市を眺めることができた。まるで、あの災害がなかったかのように、建物の煌々とした灯りが照明の少ない店内を照らしていた。
「今度さ、リアルでこんなふうに集まろうよ」
「いいにゃよ。スーちゃんが日本に来れる時があればいいにゃね」
「そうですね。お金がかかるので、調整してみないとですが……」
女子三人はかれこれ30分、取り止めのない会話を続けている。きっと、ゲームが終わる瞬間まで楽しそうにおしゃべりしているのだろう。
一方の僕は——
正直に白状しよう。
このときの僕の心臓は人生最高値を叩き出していた。この3人にはとてもお世話になった。彼らがいなかったら僕のゲームライフは別物になっていただろう。だから彼女たちとはこれからも連絡を取り合いたい。下心なしで人間として関わりたいと思っていた。
ムーブ先輩とキャットさんはオフ会の時に連絡先の交換は済んでいた。けど、スーはディスコードの中でしかメッセージのやり取りをしたことがなく、直接の連絡手段を持っていなかった。
だから、今日のうちに彼女に連絡先の交換を提案しようと決意していたんだ。やましい意味はないよ。本当に、ただこれからも連絡を取りたいと思っただけで……、ムキになって「なんで?」と聞かないでほしいな。
けど、気づけばもう23時30分。このままでは、彼女と二度と会えなくなる!
「あの、スー……さん!」
僕は姿勢を正して声を上げた。三人とも喋るのを止めてキョトンとした顔で僕を見つめる。
「どうしました、車掌さん?」
スーの服は最初の学生服に戻っていた。着るのに疲れたらしい。でも、関係ない。僕は唇を引き締めて、意を決して口を開いた。
「その……、僕と、連絡先を交換してくれませんか?」




