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エックス・ワールド〜コマンドで戦うVRMMORPG〜  作者: 名無之権兵衛
第3章「ANTI ANTI XWorld」

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episode48「万歳千唱」

 リムーブが完全に消えたことを確認すると、僕は膝をついた。まるで100キロのおもりを背負っているかのようだった。root(管理者)権限の効力はすでに切れており、メモリは1%もなかった。多分、bootエリアにいたら1分も保たないだろう。


(僕も、ここまで、かな……。目的は達成できたし、まあ良しとするか……)


 僕は体を傾けた。


 ふと、倒れる僕を、誰かが支えてくれた。抱き止めるように、僕の体を包んでくれる…………


「あっ……ちょっと!」


 僕と支えてくれた人は、一緒に地面に倒れ込んだ。「きゃあっ」という短い悲鳴に僕の意識は覚醒する。


 目の前には赤眼の少女がいた。僕が上、彼女が下。2人の男女はおでこをくっつけて、思わぬ出来事にお互い目を見開いて見つめ合っていた。


 口元で息を感じる。確認することはできない。誰だって自分の口を見ることはできないから。でも、唇に物理的な感触は一切なかったから、触れ合っていなかったはずだ。多分、きっと……


「うわぁ、ごめん!」


 僕は慌てて起き上がり、俯いたまま正座した。


「い、いえ……私こそ……。思ったより車掌さんが体を預けてくださったので……」


 顔を上げるとスーがいた。紺色のスカートとワイシャツに黒のネクタイ。青い髪と赤い瞳は出会った頃の彼女のまんまだった。でも、今の彼女はスカートの裾を掴み、口には笑みを浮かばせて、頬を紅潮させていた。させていた……はずだ。


 2人の間に沈黙が流れる。僕は何か言わなきゃと思っていた。でも、何を言おう。まずはごめんね、かな。それともさっきの戦闘の振り返りとか? もしくは……今の……


 いいや、やっぱり”ごめん”だ。


「あのさ……!」

「あの……!」


 きっと彼女もタイミングを見計らっていたんだろう。2人同時に声を出してしまった。


 それが妙におかしくって、僕らは2人揃って笑い出した。口を閉じて優しく笑う彼女の顔を見るのが僕は嬉しくて、目尻から涙も溢れてきた。


「戦闘、お疲れ様でした」


 一通り笑い終えると、スーは言った。


「ただいま」と僕は言う。そして、

「ごめんね、あのとき。僕はどうかしてたみたいで、君の話を聞いてなくて……」


 スーは首を横に振った。


「私の方こそ、突き放すようなことを言って申し訳ありませんでした。でも私、助けに来てくれたのが車掌さんで良かったです。嫌われたと思っていましたから」


 今度は僕が首を横に振る。


「そんなことないよ。僕の方が嫌われたと思ってたから」


「でも実際、あのとき車掌さんのことは嫌いになりかけていましたよ」頬を膨らませてスーは言った。


「えっ……そうなの?」


 再び短い沈黙があって僕らは一緒に笑い出した。スーの笑顔を見れることが、なぜかわからないけど僕の悲しみを喜ばせて、僕の苦しみを勝ち誇らせてくれた。こんなに嬉しいんだとびっくりするくらいだった。


 突如————




 僕の背後にコピーが現れた。




 彼女の手には刀が握られていて、振り下ろそうとしてくる。


 気づくのが遅れた。幸せな時間は思考を鈍らせる。避けるコマンドを打つよりも早く、彼女の刃が僕の首元に届く。




 切られるよりも早く、エプトさんが現れてコピーの首元に剣を突き立てた。




 次の瞬間、赤装束のプレイヤーが5人と、デビアンのプレイヤー7人が現れて互いに銃と刃を向け合った。その中には右腕が回復したキャットさんやタッチもいた。


「そこまでだよ」


 エプトさんが優しくも重々しい口調で言う。顔にはヒビが入っていて、root(管理者)権限が付与されているのだとわかった。


「リムーブを倒すまでが共闘の条件。その目的が達成されたいま、俺たちが手を組む理由はないからね。奇襲することは読めてたよ」


『やっぱダメだったか〜』


 ディスコード越しに赤帽さんの声が聞こえる。奇襲は失敗したはずなのに陽気な声だった。


『まあ、失敗する可能性の方が高かったから仕方ないね。みんな、撤退しよう』


 彼の一言でレッド・ハットの面々は武装解除して帰路に着く。


「今回だけよ。次会ったときはまた敵同士だから。たとえ妹と一緒でもね」


 コピーは踵を返して歩き出す。


「あの子はまだわかっていない。私がなんでレッド・ハット(こっち)を選んだか。それを理解できない限り、私があなたたちの味方になることはないわ。妹にもそう伝えておいて」


 なんだか不躾な挨拶だな、と思ったけど、彼女は最後に足を止めてこう付け加えた。


「あと……その……、あとで私の部屋に来てもいいよって、その……伝えてくれると、たすかる……かも……」


 まるで逃げるようにcdコマンドで去っていくコピー。僕はその様子を微笑ましく思ってしまった。


「また機会があれば一緒に戦いましょう。…………ハハ、ええ、そうですね。……」


 エプトさんはどうやら赤帽さんと個別に通話してるようだった。何を喋ってるかはわからなかった。


 でも最後に一瞬、エプトさんの表情が固まった気がした。ゲームを始める前から知り合いだったエプトさん——ブライアンを知る僕が一度も見たことない顔をしていた。


 けれども、彼はすぐにいつもの笑みを浮かべた。


「人違いですよ」


 通話の終わりに放ったセリフが何を意味していたのか、僕には知る術がない。




   — — —




 最後に小競り合いはあったものの、リムーブ討伐作戦は無事に終了した。


 奇しくも、作戦終了時刻は日本時間で2045年6月20日午前0時。エックス・ワールドが破滅していたかもしれない時間だった。


 世界を救ったという興奮で眠ることができなかった僕は、熱を冷ますためにもこうして今日の出来事を書き出したわけだけど、まだほてったままだ。


 なぜだろう、と考えたとき、頭の隅にスーと唇が触れかけた時のことがよぎった。


 彼女があのときどんな顔をしていたか覚えていない。確か頬は赤かったはずだけど、あれはきっとキスをてしまいそうになったことに対する恥じらいだったはず。僕だってキャットさんとキスしそうになったら…………


 …………


 ……


 えっ、


 ちょっと待って、


 それって、つまり…………


 ……


 …………


 いや、


 いやいや、


 いやいやいやいやいやいやいや


 ないないないないないないない


 そんなこと、あるわけ…………


 やめよう。これ以上、書くと余計眠れなくなりそうだ。




 2045年6月20日

 豊田輝




   * * *




 今日はエックス・ワールドの最終日だった。



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