episode47「針と棘」
「`sudo THE FUNCTION "while_train"`」
相手がいる限りSLを発車し続ける僕の関数《必殺技》。透明な機関車、素早い機関車、下から上へ向かう機関車。さまざまな機関車が汽笛を鳴らしながらエックス・ワールドの裏側を——システムの夜空を走っていく。
いま思い出しても心が震える。こんなに銀河鉄道が走ってるなんて、宮沢賢治も松本零士もびっくりするに違いない。
リムーブも最後の抵抗を試みたのだろう。
「`kill 'sudo THE FUNCTION "while_train"'`」と唱えた。
しかし、root権限で実行されたコマンドをkillするには同じくroot権限を使わないといけない。
『`このコマンドを停止する権限はあなたにありません`』
リムーブの顔の前に冷酷なメッセージが表示された。
「そんなぁ……そんなぁ……`kill 'sudo THE FUNCTION "while_train"'` `kill 'sudo THE FUNCTION "while_train"'`」
顔をしわくちゃにさせながら何度もコマンドを発動する。でも、結果は同じだ。もし変わると言うのなら、世界は今ごろ滅亡してるだろう。
『`このコマンドを停止する権限はあなたにありません`』
『`このコマンドを停止する権限はあなたにありません`』
『`このコマンドを停止する権限はあなたにありません`』
彼の焦りと呼応するようにエラーメッセージは次々と表示され、彼の顔を覆い隠した。
その間もSLは目的地に向かってまっすぐ進み続けた。
ユーザーデータといっても何か面白い形をしていたわけじゃない。普段パソコンでよく見るフォルダのアイコンをしていて、下に「rm」と書かれているだけだった。
アイコンに一台の機関車が突入した。列車は衝突するというより吸い込まれるようにアイコンの中に入っていった。
「……ウッ、……グッ」
SLが入った直後、リムーブが胸を抑えた。まるで心臓発作が起こったみたいに。
機関車は次々と彼のユーザーデータに突入していった。一撃でもダメージが高いのに、それを何発も喰らえばただではすまない。リムーブは膝を折り、更地に倒れ込んだ。
「こ……んな……、ところ……、デェ……」
痙攣する腕を僕に伸ばす。僕は何もせずただ彼のことを見つめていた。哀れみとか、蔑みとか、そういう意図があったわけじゃない。
何をすればいいか、わからなかったんだ。
なおも、列車はユーザーデータを攻撃し続けた。リムーブは嘔吐し、臓腑の痛みから逃れようと悶えた。
それを見て僕は思った。これは目に焼き付けなくちゃいけない。
なんていうとヤバいやつかもしれないけど、あれは本能から湧き出る欲求というよりも、使命に近かったと思う。
金に執着を持ち、ゲームを破壊しようとした張本人、彼にとどめを与えた者として、彼が消える様を見届けるべきだと思ったんだ。
SLがぶつかるたびに、長い手足をばたつかせてのたうち回る景色は、見てて気分のいいものじゃなかった。
やがて彼の体から青白い光が出てきた。それまで言葉じゃない声を発し続けていた彼は、自身の死《敗北》を悟ったのか、僕のことを睨みつけた。
「お、おぼ……え、てろ…………。俺は…………、お、れ、は………………」
最後まで言う事ができずに、彼の体は青白い光に包まれ、霧散していった。
あのとき、彼が何を言いたかったのかわからない。憎しみの言葉だったかもしれないし、何か重要な真実を告げたかったのかも。だから、今際の彼の言葉が不透明な呪いとして、今も僕の心の棘に釣り針のように引っかかっている。
こうして、リムーブとの戦いに終止符は打たれた。




