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エックス・ワールド〜コマンドで戦うVRMMORPG〜  作者: 名無之権兵衛
第3章「ANTI ANTI XWorld」

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episode45「涙袋」

 slコマンドと一番相性が悪いコマンドは何か。


 こう聞かれたら、僕は真っ先にcdコマンドとkillコマンドを上げるだろう。


「`sl &`」

「`cd [~5 ~5 ~3]`」


 僕のコマンドは直線的な動きしかできない。だから、相手の裏をかかないとcdコマンドで避けられてしまう。


「`sl -a &`」


 cdコマンドを打つ余裕がないタイミングと位置で味方の援護射撃も織り交ぜて打っても————


「`kill "sl -a &"`」


 killコマンドによってSLは衝突直前で霧散する。killコマンドは相手のコマンドが実行されてる間に、相手が発動したコマンドを指定して、相手が発動のために消費したメモリの10倍のメモリを消費することで、指定したコマンドを取り消すことができる。


 僕のコマンドはSLがエリアを横断する間は実行中になるし、単純で書き写ししやすい。あとは十分なメモリ量があれば取るに足らない。彼にとっては役満状態だった。


 いまだに、あのとき僕はどうすれば攻撃を当てられたかわからない。


 詳細をここでは書く気はない。気分が悪くなるためにこれを書いてるわけじゃないからね。


 ただ、結論だけ言うと、僕は彼にタコ殴りにされていた。


 次々と打撃を喰らって……、正直な話、フルダイブ・スーツの中で吐いたんだ。ダメージ軽減がついて吐いたんだから、リアルで喰らってたら骨が何本か折れてたかもしれない。


 僕も苦し紛れにSLを繰り出すけれども、成果は皆無だった。


 一方的な蹂躙だった。


 リムーブは、


「ケヒッ……ケヒヒッ……」


 なんて笑い声を上げながら攻撃してくるもんだから、はたから見れば頭のネジが外れた猟奇犯が警察官を嬲っているようだった。


 徐々に減っていくメモリ。


 でも、僕の心は不思議と落ち着いていた。自分の手札が全て無効化されている状態で、なんで余裕が持てるのかって疑問を持つかもしれないけど、


 僕の胸には切り札が仕込まれていたんだ。




   * * *




 デビアンの作戦司令室には大型ディスプレイが設置されている。平時は各エリアの人員配置状況や、敵の情報などをリアルタイムで表示させているが、今は1人の少年と1人の青年との戦いを画面いっぱいに映し出していた。


 戦況は見ていて気分のいいものではなかった。


 少年《味方》が青年《敵》に一方的に殴られている。拳が一発、体にあたるたびに骨がひび割れていくような鈍い音が響く。メンバーの1人は見ていられなくなり、目を覆った。


「スー、コマンドの準備をしてくれ」


 エプトは紺色の制服を着た少女に声をかける。少女はボロボロの格好をしながらも、凛とした表情でディスプレイを見入っていた。


「俺たちの作戦の準備をしよう。車掌がログアウトしたら、俺が”パージ”を発動する」


 エプトのコマンド・apt(エプト)は、能力オプションのひとつに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()"purge"というものがある。sudoコマンドと併用しないと使用できないが、メモリを消費することなく、確実に相手をゲームから追い出すことができる。


 この能力はあまりにも強すぎるため、彼は「他のプレイアーのゲーム体験を著しく損なう」、「敵味方含めた8割以上のプレイヤーが賛同の意を示す」など厳しい条件を全て満たした場合のみ、発動することにしている。


 リムーブに対して、実行条件は満たされていた。

 しかし、root(管理者)権限を付与できる少女は動かない。


「スー!」


 痺れを切らしたエプトが口を開くと、


「大丈夫ですよ」


 彼女はディスプレイに目を向けたまま言った。


「車掌さんは絶対に勝ちます。私が言うんですから、間違いありません」


 こちらを向いた少女の表情を見て、エプトは驚きを隠せなかった。


 ゲームをプレイし始めた頃からずっと一緒にいる彼女が、今まで見たことないくらい柔らかい笑みを浮かべていたのだ。




   * * *




 話を少し戻そう。作戦司令室から出た後のこと。

 リムーブへ向かおうとした僕をスーが呼び止めたんだ。


「車掌さん、これを持って行ってください」


 彼女が差し出したのは、一枚の紙切れだった。表にも裏にも何も書かれていない、手品師風に言うなら「タネも仕掛けもない」はがきサイズの白紙だった。


「これは……?」

「”切り札”です。もし、あなたのメモリがなくなりそうになったら使ってください」


 スーは僕の手を握りしめて紙を渡した。彼女の指はひんやりとしていて、それでも触れ合う肌は柔らかく、僕の掌を優しく押下した。


 思いが溢れ出した。目頭が熱くなる。

 僕は彼女と喧嘩してしまった。そのせいで攫われて、ひどい目に遭わされて——


「スー……、僕は……僕は……」


 涙と共に溢れ出す言葉を遮るように、スーが言う。


「話は終わってからいくらでも聞きます。

 だから車掌さん、絶対勝ってくださいね」




   — — —




 エックス・ワールドでプレイヤーが実行できるコマンドはオリジナル・コマンドと組み込みコマンドの2種類だけだ。


 でも、実はもう一つ方法がある。


 その方法を使えば理論上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろん理論上の話だ。理論と現実の間には超えることのできない壁が存在する。


 彼女を除いて————


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