episode44「学芸会」
「ボクの出番にゃね!
`THE FUNCTION "|cat_combat_mode《ネコ戦闘モード》"`」
関数を発動したキャットさんは、cdコマンドでリムーブの目前に行くと足を蹴り上げた。リムーブはそれを避けると、キャットさんの足を掴んで縦に捻ろうとする。
嫌な予感がしたのだろう。キャットさんはcdコマンドで一時戦線離脱。再び向かっていった。
その隙に僕はSLを5台発進させ、コピーはアサルトライフル(何丁あったんだ、あれ)をガトリング機関銃のように掃射した。
まるでサーカスのようだった。
舞台の上には一匹のライオンと一匹のネコ。爆音や銃撃が轟くなか、二匹は華麗なステップを披露する。観客の目には素晴らしい光景に見えるかもしれないが、彼らにとっては一挙手一投足が死に直結しかねない綱渡ゲームのようだった。
|cat_combat_mode《ネコ戦闘モード》は、近接戦闘に特化したキャットさん専用の関数だ。これのおかげで、彼女は周囲から迫り来るSLや、飛び交う榴弾砲の砲撃、蛇のようにうねるアサルトライフルの大群から放たれる銃弾も躱すことができる。
しかし、どうも動きが鈍い。
やはり右手が万全でないことが影響してるのだろう。メイクDと戦った時よりも攻撃の所作にキレがなかった。彼女の攻撃はリムーブに当たっていなかった。
一方で、コピーの攻撃は当たっていた。舞台はまるで縦スクロールシューティングゲームのラスボスみたいに弾幕が張られていて、避けることはほぼ不可能だった。最小限のダメージしか与えられていなかったけれども、着実に彼の体力を削っていた。
このままいけば勝てる……。はずなのに、僕は一抹の不安を拭うことができなかった。
悪い予感は、当たった。
キャットさんが繰り出した左ストレートをリムーブは避けると、鳩尾に一発お見舞いした。
彼女は顔を歪めてその場にしゃがみ込む。隙を逃さずに、リムーブは蹴りを入れた。キャットさんは吹き飛ばされてかろうじて残った高層ビルの一つに激突した。パリンと乾いた音が、binエリアに響く。
「まずは……、ひとりぃ……」
リムーブは不気味な笑みを浮かべて僕とコピーを見た。
次に狙うのは————
「`for i in {1..500}; do cp -a ./ [~1 ~{i} ~-1]; done`」
コピーがコマンドを唱えると、足元の地面が倍々で増加していき、ついには隆起した。盛り上がる地面の上を彼女はサーフィンするように滑っていく。
リムーブは波打つ土壌の上を走りながり、cdコマンドと併用してコピーの元まで移動していく。僕はセリフのない少年Dのように見ることしかできなかった。
リムーブが彼女の3メートル手前まで迫ったとき、コピーはハンドガンを刀状に複製させた。刃には銃口がびっしりと並んでいる。
彼女が”刀”を振り下ろすと、リムーブに接触するのと合わせて発砲した。
大地を揺らすような号哭と太陽のようなマズルフラッシュ、山火事のような硝煙が立ち込める。
硝煙の中から手が伸びて、コピーの首を掴んだ。
煙が晴れた先には、左手を失ったリムーブが立っていた。彼は左腕を犠牲にして彼女を捕らえたんだ。
リムーブは力づくでコピーを地面にめり込ませる。衝撃で、隆起した地面はバランスを失い崩れる。山体崩壊を見ているかのようで、硝煙よりも大規模な土煙が辺りを満たす。
土煙から現れた人影は、一つだけだった。
僕は息を呑んだ。
あっという間だった。万全ではないにせよ、組み込みコマンドの使い手であるキャットさんと、規格外の複製を行うコピー。この2人がものの1分で倒されてしまった。
「これ……で、ふた、りぃ……」
土煙から現れたリムーブは細長い手足を揺らしながら近づいてきた。
彼の濁った目には、僕しか映っていなかった。




