episode43「セツナレンサ」
コマンドは幅広い。
ocやrmなど強力な力を持つコマンドもあれば、mvやcatのような基本的な操作しかできないコマンドもある。ユニークなコマンドを1つだけプレイヤーに割り当てる、という当初のエックス・ワールドの構想は、プレイヤー間の公平性を著しく欠くものだった。
そこで導入されたのが全てのプレイヤーが使用することができる”組み込みコマンド”だった。組み込みコマンドの中にはcdやkillなど単体で使っても強力なものから、forやfunctionなど組み合わせることで絶大な力を発揮することができるものまで備わっている。組み込みコマンドの導入は、ゲームの戦略性を増大させ、オリジナル・コマンドが弱いプレイヤーでも十分に戦える力を与えた。
——リムーブは組み込みコマンドを用いた戦闘法を学習していた。
ディレクトリの概念から正規表現、関数の作成方法までユーチューブで片っ端から検索し、視聴していった。彼はわずか1週間のうちに、インターネット上に存在する質の高い資料には全て目を通し、暗唱できるくらい覚えこんでいた。それを可能にしたのは遺伝か、はたまた生《金》への執着か。
誰も彼が組み込みコマンドを使いこなせるとは思っていなかった。
しかし、彼はミスター赤帽との戦闘を通じて実戦で使えるまで昇華させていた。さらに、デビアンとレッド・ハットの二大勢力を襲撃して手に入れた莫大なメモリ量。生半可な装備で勝つことは難しい。
さらに、レッド・ハットに不運が襲う。
『コピーくん、おじさんちょっとダメだ』
ディコードからの声にコピーは耳を疑った。
『今の衝撃で腰痛が再発しちゃって……アイタタタ。ごめんだけど、ここで離脱するね』
エックス・ワールドをプレイするフルダイブ・スーツは体に衝撃が加わるため、体が弱い人への使用は推奨されていない。実際、ゲーム中に骨折した事例が報告されており、界隈ではプレイヤーの安全を保証するよう求める声が上がっている。
残ったのはリムーブとコピーだけとなった。
彼女は冷や汗を垂らした。
残ったのは自分だけ。
リミッター解除の許可は出ているものの、相手はドッカーを組み込みコマンドなしで倒した男だ。
しかも、コピーは異性に触れられることを極度に嫌う。もし、先ほどのドッカーと同じように体を触れられたら、反撃できずに嬲られてしまうだろう。
悲しくないのに涙が出そうになる……。
隣に、2人の人物が降り立った。
1人はキャット。右腕は修復しかけているものの、いまだ万全にあらず。それでも口で刀を噛み尻尾で銃を握り、戦闘意欲は剥き出しだ。
もう1人は車掌。この作戦の立案者で、初戦で副総統・メイクDを打ち倒した実績を持つ。
対するは、リムーブ。狂気的に勝利を求める破壊者。
戦いは、最終局面に突入しようとしていた。
* * *
赤帽さんの離脱と、彼の部下のログアウトは僕らに衝撃を与えた。勝てる道筋が見えたと思ったっら茨の道だった、という状況にデビアンのみんなは押し黙ってしまった。
「ひとまず、サポーターはエックス・ワールドからログアウトしよう。彼の贄になってほしくないからね」
エプトさんが淡々と指示を出す。サポーターの人は次々とログアウトし、最終的に残ったのは僕とキャットさん、エプトさん、スー、タッチを含む10人だった。
これならまだ勝てそうだったけれども、エプトさんが無理難題を僕に提示した。
「すまないが、戦闘には君とキャットだけで行ってくれ」
「……ど、どうしてですか!?」
僕の疑問は当然だろう。エプトさんは優しく説明してくれた。
「万が一、君の作戦が失敗した時のためだ。俺やタッチ、そしてスーはそのために待機する」
「そんな……」
僕は歯軋りした。だってみんなで仕掛ければ倒せる可能性が高いのに……。
「無理なことを言ってるのは承知している。けど、最終的な”勝利”のためには必要なことなんだ。理解してくれ」
僕はスーのことを見た。彼女は僕が見ていることに気づくと目を伏せた。胸が締まる思いがする。
「心配すんな、ルーキー」
タッチが僕の頭を撫でる。一回り小さい女の子からおっさんぽい口調で言われるから、なんだか不思議な気分だ。
「ちょっかい程度だが、俺たちも援護射撃をする。胸を借りたつもりで戦ってこい」
オフ会でいじめてきたタッチが、このときは悔しいけど頼もしく感じた。
— — —
戦場に到着すると、コピーが通話を繋げてきた。
『まさかあなたたちと共闘することになるとはね』
『僕もそう思う』
『それで、敵はどんな感じにゃ?』キャットさんも会話に混ざる。
『まだ戦術は見えない。cdコマンドで私たちの背後に現れて、ドッカーを拳だけでログアウトさせた。元々のメモリ量に加えて彼の身体能力も関与してそう。殴るときも躊躇が見えなかったから、相当暴力に慣れてるわ。……何か作戦はある?』
僕は頭を軽く回してみた。しかし、圧倒的に情報が足りない。
『まずはアドリブで様子見かな』
そう言うと、キャットさんが笑みを浮かべた。
「なら、ボクの出番にゃね!」




