episode42「東京上空」
コピーはcdコマンドでミスター赤帽のところに来た。先の戦いで消耗した部下は下がらせ、今は腹心のドッカーと2人でリムーブの様子を観察している。
「お待たせしました」
ミスター赤帽たちはremove_allの爆心地にいた。50メートル先にはうずくまるリムーブの姿がある。
「対象の様子は?」
「あれからずっと動かないね〜、うんこでも我慢してるのかな〜?」
「下ネタはやめてくださいよ。コピーちゃんがいるんだから」
腹心の1人、ドッカーが眉を顰める。スーを助ける際に負った腕の傷は、メモリ回復薬によって修復されていた。
コピーは再びリムーブを観察した。対象はうずくまったまま、時折「オォ……オォ……」とうめき声を上げている。rmコマンドが使えなくなったとしても油断してはならない。
「赤帽さん、早速ですが”リミッター”を解除してもいいですか?」
コピーの思わぬ提案にミスター赤帽は目を丸くする。だが、すぐに目尻に皺を浮かべた。
「まさか君から提案するとはね。……いいよ、存分に暴れようじゃないか」
コピーは右足に取り付けていたアサルトライフルを手に取る。ミスター赤帽は「`oc new-app --image=xworld/default`」と唱えて、軍隊を再定義した。100体のポッドが背後に現れる。
「では、火蓋は私が」
コピーはアサルトライフルをリムーブに向けた。
「`for i in {1..100000}; do cp ./M4_carbine.obj ./M4_carbine{i}.obj; done`」
コマンドを実行すると、彼女の手元に10万のアサルトライフルが出現した。莫大な量の銃は彼女の手元には収まらず、縦40メートル横100メートルの巨大な壁となった。
コピーというプレイヤーで特筆すべきところはそのメモリ量だ。サービス開始当初からゲームをプレイしてきた彼女のメモリ量はミスター赤帽に次いでレッド・ハットで2番目に多い。
メモリ量によるアドバンテージは何よりコマンドの規模を拡張させるところだ。彼女のオリジナル・コマンド、cpコマンドは少量のメモリしか消費しない。莫大なメモリを持っている彼女は、一度で数万規模のオブジェクトを複製することができる。コピーは普段の戦闘では仲間と連携を取る観点から、複製する量を制限している。リミッターを解除するためにはソロで戦う時、もしくは総統の許可が出た時と決めていた。
それにしても、彼女が複製したのは10万のアサルトライフルである。黒光りする銃器が壁をなす光景はさすがに圧巻だ。
ミスター赤帽は声を上げた。
「ハッハッハッ。コピーくん。流石にこれはやりすぎじゃない?」
「そんなことありません」
一見、コピーの様子は平生だった。しかし、彼女の声には怒りが込められている。
「開戦の花火ですから、これくらい派手じゃないと」
10万のライフルが引き金を引く。大砲がピンポン玉と思えるほどの轟音が周囲を満たす。
この時点でミスター赤帽は勝利を確信していた。mvコマンドによってrmコマンドは機能しなくなった。残るは組み込みコマンドだけだが、相手は初心者。加えて、こちらにはコピーも参戦した。負ける理由が思い当たらなかった。
ところが——
右肩に強烈な痛みを感じる。
かと思えば、整列したポッドを巻き込みながらありったけの斥力で吹き飛ばされた。
誰も予想していなかった。
コピーは10万の銃を向けようとした。しかし、それよりも早く敵は彼女の腹に蹴りを入れる。顔を歪めた少女は総統と同じく吹き飛ばされる。
10秒と経たずに数十のポッドは素手で破壊された。怪力で有無なく頭を千切られたポッドはたちまち停止する。
「ふたりとも……ブッ!!」
残されたドッカーは首を掴まれると、地面に押し倒され、頭部を何度も殴られた。
何度も、
何度も、何度も、
何度も、何度も、何度も————。
普段はジョークで部隊を和やかにする陽気な男は顔面の装甲は剥がれ、顔はぐしゃぐしゃになるほど殴られた。
やがて青白い光が浮かんで、男が1人だけ残った。
「もう、知らねぇ……」
地獄から帰還したような声で呟く。
「破壊してやる。全て破壊して、最後の1人になるんだァ……!!」
——————
ocコマンド:理論上、規模無限大の軍隊を編成することができる
cpコマンド:指定したモノを指定した場所に複製することができる。また、同じ質量であれば別のモノに変換してコピーすることができる。
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