episode41「MAKAFUKA」
竜は後ずさりするくらいの衝撃波を出して霧散した。それが目的を果たしたからか、別の理由からか、彼女には分からない。
行けばわかる。竜がいた場所。彼女は一瞬のためらいの後、cdコマンドを使う。
元々、今回の作戦に参加する気はなかった。エックス・ワールドの裏世界にあるrmコマンドの実行ファイルを使えなくさせる、という作戦。うまく行けば、敵はrmコマンドが使えなくなり大打撃を与えることができる。自分の貢献ポイントが消えることは嫌だからリムーブを倒すことに異論はなかった。実際、先遣隊にも誘われていた。
けど、彼女は断った。理由は作戦の中心に妹がいたから。ストレートな言葉を使うなら、気に食わなかった。
わかっている。それが見栄だということは。
なんでもできる妹が妬ましかったから、彼女が中心の作戦に参加したくなかった。自分のわがままだ。そんなことは、わかっている。レッド・ハットのみんなもそれでいいと許してくれた。
——でも、
竜がいた場所には医療班や野次馬で人だかりができていた。人々をかき分けるようにして向かった先で彼女、コピーは息を呑んだ。
上半身が半分欠損した妹の体。
竜は、消える直前にムーブの右腕と肩、そして右胸にまで牙を届かせていた。上半身の半分が失くなった妹の体は見るも無惨で、傷口からはメモリが止めどなく溢れていた。いくらsudoコマンドによってメモリ量が増大した状態であっても、これでは……。
「あぁ……来てくれたんだ、お姉ちゃん」
医療班が首を振る前で横たわるムーブは笑みを浮かべる。もうすぐログアウトするというのに。
思いとは裏腹に体は動く。
気づけば、コピーは妹の横に膝をついていた。
「……どうして」
口から出てきたのは漠然とした、抽象的で中身のない疑問形。それでも、心が通じ合ったかのように妹は左手で姉の頬に触れる。
「どうして……か……。変わらないよ、昔から。私はお姉ちゃんと一緒に遊びたい。ただ、それだけ」
過去の情景が溢れ出すように、涙腺が崩壊する。
幼い頃、彼女はいつも自分の後をついてきた。同じ日に生まれたはずなのに、まるで年の差姉妹のような幼少期を2人は過ごしていた。
妹を守ること、それが自分の生き甲斐だった。お姉ちゃんだからしっかりしなきゃ、という思いが自律心を育み、生きる糧となった。
だから、小学校に入学して妹が徐々に自分以外の人と友達を作り出したことで、現状と生き甲斐との間にズレが生じてしまった。
それが理由かわからない。
中学の頃に何もかもが嫌になって登校拒否になった。両親とは怒鳴り合いの喧嘩まで発展して、失望にまで追いやってやった。みんな周りからいなくなってほしい。少なくとも、自分の部屋からはいなくなってほしい。そう願った。
けれども、1人だけ違った。
『お姉ちゃ〜ん、コンビニの新商品、一緒に食べよう〜』
『みてみてお姉ちゃん。このネイルめっちゃ可愛くない?』
『ねえ、お姉ちゃん、この人知ってる? すっごいオシャレだよね〜』
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん。
うるさい奴だと思った。どうせ私のことを憐んでいるんだろう? 弱者《私》に天からの恵みを授けてる救世主でも気取ってるんだろう?
気に食わなかった。嫌いだった。だから部屋に鍵をかけた。
そしたら、今度は自分がプレイしてるゲームを特定してきた。しかも、自分と同じゲームに入ってきた。一体、何回リセマラしたんだろう。その執念深さに「なんなんだよ!」と拳で机を叩いたくらいだ。
でも、気づいた。
『私はお姉ちゃんと一緒に遊びたい』
あの子は最初から何も変わっていなかったんだ。私と遊びたい、ただそれだけだった。
コピーは頬に触れた妹の手を握りしめる。ムーブの体は強制ログアウトが始まろうとしており、体全体が青白く輝いていた。
「ねぇ……」
氷川利千は呟く。
「終わったら、コンビニの新スイーツ、一緒に食べよう」
氷川白瑠は涙をこぼした。なに言ってんだろう。ゲームはまだ続いてるっていうのに、私は敵だっていうのに————
けど、心は素直だった。
「…………うん、いいよ」
姉の頷きに妹は一瞬、驚いた顔を見せるとすぐにこの宇宙が今まで溜めた喜びを全て足しても追いつかないほどの満面の笑みを浮かべた。
「い……、言ったね。約束だよ……。約束、だ、か————」
そこで音声は途切れた。
消えゆく手を追いかけるように、コピーは拳を握りしめる。
青白い光は、天に向かって伸びていった。
「…………っ、……………………っ!!」
握りしめた拳で涙を拭う。
悲しんでる暇はない。
敵はオンラインだ。
彼女が命を賭して成し遂げた状況。
ここで逃げ出して、何がお姉ちゃんだ。
「待っててね、リチ……」
呟いた彼女はディスコードを繋げる。相手は——
『はいはーい。どうしたの、コピーくん』
『赤帽さん、今からでもそちらに参戦することは可能ですか?』
イヤホンから「おぉ〜」と感嘆の声が聞こえる。
『いいよ、大歓迎だ。これで作戦の成功率は100%になった』




