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エックス・ワールド〜コマンドで戦うVRMMORPG〜  作者: 名無之権兵衛
第3章「ANTI ANTI XWorld」

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episode40「SHIWAKUCHA」

 初めてリムーブが叫び声を上げる。


「ウオォオォオォオォォ!!」


 ここで、これまで割愛してきたsudoコマンドの性能について説明しよう。


 sudoコマンドは指定したユーザーにroot(管理者)権限を付与することができる。問題は、このroot(管理者)権限で何ができるか、だ。


 root(管理者)権限がもたらす効果は3つある。


 一つは、与えられたプレイヤーのメモリ量を莫大に増大させること。増加量には個人差があるが、最大で5倍近く増えた例もある。ムーブは今回、この効果によりメモリ量を約3倍増大させている。


 二つ目は、コマンドの先頭にsudoをつけることができる、ということだ。sudoをつけることで、プレイヤーは()()()()()()()()()()()()()コマンドを実行することができる。


 さらに三つ目。これこそroot(管理者)権限の特記すべき事項だが、なんと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、root(管理者)権限を付与されたプレイヤーは、エックス・ワールドを裏で動かしているサーバ(コンピュータ)に直接アクセスすることができる。リムーブもこの特権を用いてゲーム内のデータを全て削除し、孤高の勝者になることを目論んでいた。


 しかし、いまroot(管理者)権限はムーブに渡っている。


「クソッ……」


 今すぐにでも止めに行きたい。けれども、目の前には自分用に設計された精製部隊。


「アァ……アアァァァァァアアアアァァアァアァ!!!!」


 破滅が1ミリ手前まで迫ってきた恐怖に、彼は叫び声を上げた。

 体を丸める。関数《必殺技》を発動する刹那、受けるダメージを最小限にする。


「`THE FUNCTION "remove_all"`!!」


 半径1000ディレクトリ内のものを全て破壊する波状攻撃。これにはミスター赤帽たちも対処できない。cdコマンドで1200ディレクトリ離れた地点に移動する。


 ドーム65個分の土地が一瞬にして灰塵かいじんと化す。奇しくも、攻撃範囲内にムーブたちは入っていなかった。


 けど、リムーブにとっては十分だった。ミスター赤帽が戻ってくる前に右手を構える。


 それより早くムーブがコマンドを唱えた。


「`sudo kill "sudo rm -rf /*"`」


 鉄球を砂の上に落としたような、重たい音がエリア全体に響き渡る。数刻前から広がり続けていた巨大な黒穴はぴたりと動きを止める。それは、”滅びの呪文”がkillコマンドによって停止したことを意味していた。


 世界崩壊の鐘が止んでもリムーブは動きを止めない。


 鐘は何度でも鳴らすことができる。しかし、鐘そのものがなくなってしまったら、くものもけない!!


「オォ……オォオォオォオォオォ…………`THE FUNCTION "remove_dragon"`ンンンンン!!」


 召喚したのは破滅の竜。

 無色透明な破壊の存在は、一直線に少女の元へ向かっていった。




   — — —




 焦りや不安はなかった。

 むしろ落ち着いてすらいた。全てを薙ぎ倒し、迫る竜があろうと。


 セオリーであればcdコマンドで距離をとるところだが、それでリムーブ()に追いつかれたら元も子もない。


 やるなら、ここしかない。




 手を、高く突き上げる。




 意識を研ぎ澄ませる。研ぎ澄ませずともいいのだが、世界の裏にアクセスできるようなったこの体で、世界の全てを感じたくなった。


 因数分解していけば、辿り着くのは電子の海。0と1しかない世界。けれども、幾つも複雑に折り重なり宇宙を創り出している。まるで現実世界で言うところの量子世界に足を踏み込んだかのような感覚に、彼女は到達していた。


 コマンドを唱える。


「`sudo……」


 途端に、思いが溢れ出した。後輩が思いつき、先輩や同僚、普段は敵だった人たち。そしてスー。敵に誘拐されて、満身創痍の状態で、それでも自分にroot(管理者)権限を与えてくれた。彼らが命を燃やして繋いでくれたバトン。失敗するわけにはいかない。


 …………けれども。


(あの子がいてくれたらな〜)


 心残りがあった。ここまで多くの人たちが関わってくれたけど、一番いてほしい人はいない。


 中学から引きこもりの双子の姉。親から見放されても、涙しながらも必死に言葉を吐く姿を見て、自分だけは見放さないと関わってきたつもりだった。このゲームを始めたのだって接点を持てると思ったから。


 でも、彼女が心を開いてくれたかどうかは皆無だ。


 分かっていた。彼女が自分に嫉妬していることくらい。感覚派でなんでもそつなくこなして、起業した会社は大成功。世界を変える若者100人に選出された妹を持ったら誰だって辛い。双子なら、なおさら。


(だから、これはあたしのワガママなんだ)


 彼女は自分に言い聞かせ、顔を上げた。

 竜は目前だ。ここで唱えないと飲み込まれてしまう。


 口を動かそうとした、刹那————




   ————廃墟の奥から、こちらを見つめる銀髪の少女。




 自分は周囲からの視線が嫌で染めてしまった色を、誇り高く靡かせている。

 そして青と緑のオッドアイ。言葉で表せる情報はこれだけで十分だった。


 自然と笑みが浮かぶ。


 いつぶりだろう。こんなに嬉しいのは。

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて————


「`sudo mv /usr/bin/rm /usr/bin/aaaa`」


 透明な竜が、噛みついた。

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