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エックス・ワールド〜コマンドで戦うVRMMORPG〜  作者: 名無之権兵衛
第3章「ANTI ANTI XWorld」

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episode38「ものもらい」

 rootエリアまで1秒もかからない。でも、目の前には真反対の景色が広がっていた。


 簡潔に言うなら戦場を早送りしたような光景。たくさんのポッドが1秒のうちに出現し、数発撃ったのち、消滅していく。彼らが取り囲む中央には、光弾を避けるリムーブと赤の装束を纏った人たちがいた。


「車掌! スードゥーはあっちだ!」


 レッド・ハットの1人がスーの居場所を指差す。彼女は戦闘が行われているエリアから外れた場所でうずくまっていた。


(よし!)


 僕が右手を構えた、そのとき——


「`THE FUNCTION ”remove_dragon”`」


 リムーブの指が僕に向いた。放たれたのは全てを破壊しながら突き進む滅びの竜。タッチを一撃で屠った攻撃だ!


 だが、タネはわかってる。


 僕はcdコマンドで竜を避けた。しかし、竜は僕がrootエリアにいる間、ずっと追いかけてくる。しかもヤツが移動中に触れるものは全て破壊するから、レッド・ハットの人たちの邪魔にならないよう経路を考えながら移動しないといけなかった。そんな状況の中でスーを救出することは至難の技だ。


 そばに行きたいと思えば思うほど、視界からは外れていった。


 僕の頭にいろんな人の顔が浮かんだ。僕がスーを助けられるかが、この作戦を、しいてはエックス・ワールドを守れるかにかかっている。プレッシャーが重くのしかかる。


 プレッシャーは僕の思考を鈍らせる。cdコマンド一つ打つのだって、この座標で合っているのか、もっと違う場所はないか考えてしまった。


 気づけば、竜は目前まで迫っていた。


(……まずい!)


 そのとき、誰かがヒョイと僕の体を持ち上げた。


「ボクが運ぶから、キミはスーちゃんの救出に専念するにゃ」


 キャットさんだった。彼女は僕の体を抱えたままcdコマンドを細かく刻んで竜の軌道を制限しながら回避していく。


「ど、どうして……」


 このときの僕は体勢的に彼女の顔を見ることができなかった。


「なぜって……」それでも彼女の声はハッキリと聞こえた。

「カワイイ子ばっかに責任を負ってほしくにゃいからね」


 キャットさんは僕に見えるように笑みを浮かべて見せた。頬を染めていたのか、涙を浮かべていたのか、rootエリアの暗闇で把握することはできなかったけど、白い歯だけは見えた。


 僕は意識をスーに戻した。キャットさんは僕がコマンドを発動しやすいように、移動してくれている。


 右手を前に出す。

 照準を定める。


「`sl -a`」


 暗闇の洞窟で汽笛が鳴る。


 黒光りした機関車はコマンドもビームもものともせず突き進み————

 スーを乗車させた。


 slコマンドのオプションaは周囲5ディレクトリ以内のオブジェクトやプレイヤーを強制乗車させてエリアの端まで運んでいく。たとえどれだけ強固な守りで固められていようと、不可侵の属性が付与されていようと、SLは無視して突き進む。


 番犬に悟られることなく対象を救出した機関車は、壁の手前で消滅した。降車したスーは地面に転がる。


「いまにゃ!」


 キャットさんはcdコマンドでスーの元に移動した——




 瞬間、目の前に一匹の竜が現れる。




 リムーブは2体目の竜を召喚していたんだ。一方は後ろから。一方は前から。僕らを挟み撃ちする形で接近してきた。


(どうする……。スーまであと数センチ。いったん退くべきか? いや、それじゃあ彼女が巻き込まれるのでは!? 咄嗟に出したコマンドのはずだ。スーを対象外にしているとは考えづらい)


 頭は回転するものの、結論は全く出ない。

 そんなとき、キャットさんの腕が伸びてスーの袖を掴む。


 そして————

 cdコマンドで僕らはbinエリアの更地に転がり込んだ。


「戻ってきた! 戻ってきたぞ!」

「医療班、彼女に回復薬を!」

「メモリがあとわずかだ!」


 倒れる僕らを取り囲むように医療班の人たちが集まってくる。メモリが風前の灯火のスーは虚ろな目をしており、体も思うように動かない状態で、医療班の人に介助されながらメモリ回復薬を口に含んでいた。


「キャットさんも、治療うけてください」医療班の1人が言う。

「ボクは大丈夫にゃ。それよりもスーちゃんにリソースを使ってあげてにゃ」


 僕はキャットさんのことを見た。


 彼女は右腕の半分が縦に欠損していた。ゲーム内の描写なのでグロテスクではなかったけど、見ていて痛々しかった。


「キャットさん……」


 彼女は僕の顔を見て苦しそうに笑った。額には冷や汗が浮き出ていた。


「ボクのことは気にしないにゃ」

「でも、腕が……」


 僕は唇を噛んだ。2時間前の後悔が再び押し寄せる。僕にもっと力があったら……。


 けど、キャットさんは僕より大人だった。


「腕一本でスーちゃんを助けることができたなら上出来だよ。車掌くん、これはみんなの戦いなんだ。前線に立つ人、指示を出す人、見守る人、みんなで勝利を掴み取る戦いなんだ。


 だから、ボク一人の心配はしないで。それよりも、スーちゃんが戻ってきたんだ。作戦を次のフェーズに進めなよ」


 思えば、あのときキャットさんは語尾に「にゃ」をつけていなかった。キャラを捨ててまで彼女は僕に前を向いて欲しかったんだろう。


 僕は目頭が熱くなるのを感じながら、キャットさんに一礼するとスーの元へ駆け寄った。


「スー!」

「車掌……さん……」


 回復薬を飲んだことで彼女は言葉が発音できるまで回復していた。安堵の息を吐くのも束の間、僕は彼女に真剣な眼差しを向ける。


「早速だけど、お願いできるかな?」


 スーは弱々しくも頷いた。


 ちょうどそこへ、医療班をかき分けるようにムーブ先輩が現れた。

 次のフェーズに必要なピースは、これで揃った。




——————

slコマンド:ゲーム内に巨大なSLを出現させる。オプションaをつけることで、SLの周囲5メートル以内のプレイヤーを強制乗車させることができる。


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