episode36「廃遊園地」
レッド・ハットは英語で「赤帽」という意味だけど、そこに敬称——日本語だと「さん」、英語だと「ミスター」がつくと彼1人を指すことになる。
トレードマークの赤いカーボーイハット、赤いミリタリージャケットとミリタリーズボンで身を包み、四角形のバックパックを背負った出立は、一見すると登山好きな個性の強いおじいさんに見えるだろう。
だが、彼から漂うリーダーとしての格というか、雰囲気というか、一種のプレッシャーは映像越しでも伝わってきた。
『どうした、怖いのかい?』
ディスプレイから赤帽さんの声が聞こえる。目の前にいるリムーブに話しているのだとわかった。
『いやぁ、別にぃ〜。一度負けたのにまた挑んで来るんだぁ、と思ってぇ〜』
『あれは不意打ちだったからね。全力を見せておいた方がいいかなって。それともあれかい? おじさん相手じゃ不意打ちが精一杯かい?』
薄暗い視界の奥で白い歯が見える。
『むしろ正々堂々と叩きのめすことができると思うよ興奮するよぉ。レッド・ハットのリーダー。”汎用性最強”コマンドを駆使していくつものゲームで勝利してきた有名プレイヤー。掲示板に行けば必ずあんたの名前を目にしたぁ。そんなあんたを倒すことができれば、名実ともに俺の名前はエックス・ワールドで知られることになるぅ〜。絶対悪の象徴として!!』
ケヒッ、ケヒッ、と不気味な笑い声を上げるリムーブに、赤帽さんは「はぁ〜」とため息をついた。
『こんな狭いゲームで絶対悪なんて、なったところで何もないよ〜。エックス・ワールドの賞金はユーザーの課金総額に応じて分配される。絶対悪になったらユーザーが減って賞金も減るけど、それでも目指すってゆうの?』
からかうような物言いがリムーブの癪に障ったのだろう。
『ウルッサィ!』
赤帽さんに向けて右手を出し、コマンドを唱えようとする。
しかし、言葉一つ放つ前に一発の光線が彼の右手に直撃する。
『……っ』
右手を庇うリムーブ。重い声がrootエリアに響く。
『遅い。……遅いよ、初心者。接敵したら戦闘体制は基本だろ? おじさんはもうプロジェクトを開始してるぞ』
赤帽さんの背後で歯車が回転する音と金属が擦り合う音が聞こえた。しばらくして、一体のロボットが赤帽さんの視界に現れた。赤い躯体に右手にはレーザー銃が装備されている。僕が以前bootエリアで見たものと似ていた。
そのコマンドを一言で表すなら”統合参謀本部議長”。
国家を防衛する軍隊を束ね、指揮する存在。
その規模は理論上無限大で、敵に合わせて様々な兵士を生成することができる。
最強の軍隊を率いる、最強のプレイヤー。
————ocコマンド。
ディスプレイから野太い声が聞こえる。
『さあ、始めようか。君にピッタリの”イメージ”を用意してきたんだよ』
* * *
戦闘に入る前にocコマンドについて補足しておく。
ocコマンドはまず”プロジェクト”と呼ばれる軍隊を定義する。その中に師団、師団の中に部隊、部隊の中に兵士を作成することができる。これらの数量はミスター赤帽ことマーク・ヤングによって自由に決めることができるため、実質的に規模無限大の軍隊を編成することができる。
ただ、これら一つ一つを手動で定義することは時間がかかるため、大抵は”イメージ”と呼ばれる設計図をあらかじめ用意して、それを”デプロイ”することで軍隊の即時展開を可能としている。この能力で、彼はこれまで10のエリアを単独で奪取してきた。一人で10エリアを奪取したのは、エックス・ワールドで彼だけだ。
「`oc new-app --name=remove-remove --image=xworld/beam-main-preset`」
たった1行のコマンドを唱えるだけで千を超えるポッドが彼の背後に生成される。8割は右手に光線銃が装備され、遠距離大砲型から近距離速射型まで5つのタイプに分かれている。残り2割は偵察に特化したポッドや、陽動を行うためのポッドがある。sbinエリアを制圧されてから1時間程度で作成したリムーブ専用のイメージだ。
「君専用の軍隊だ。存分に楽しんでくれよ」
そう言って総攻撃の合図を出そうとしたとき、
「ククク……ハハハハ………」
リムーブが大声で笑い出した。
「そうだ。そうこなくっちゃなぁ〜。なんたって貴様は俺の————
”お父さん”なんだから!!」
rootエリアにいた先遣隊、binエリアで待機する車掌たち、ディスコード越しで見守るプレイヤー。
全員が目を丸くした。
「「『「「お……お父さん!!??」」』」」
エックス・ワールドを破壊しようとしているテロリストが、レッド・ハットのリーダーの息子だった。もし本当ならとんでもない暴露だ。
誰もが口を大きく開けた。先遣隊の1人でマークとリアルでも親交のあるメンバーは、あまりの驚きように目が飛び出そうな形相をしていた。
しかし、当のミスター赤帽は苦笑いを浮かべていた。
「あっれ〜、おじさん独り身のはずなんだけどな〜」
どうやら心当たりがないようである。
それもそのはずだ。ミスター赤帽ことマーク・ヤングは50歳まで西アメリカの電力会社で技術者として働いてきた。結婚願望はなく、仕事一筋で勤務すること30年。持病を機に退職した彼は現在、母親とニューヨークにあるアパートで暮らしている。子供どころか女気一つない。
リムーブは周囲の動揺に関係なく続けた。
「なにも血が繋がってるとは言ってない。その帽子にはずいぶんお世話になったからなぁ〜。野望を果たすには最高の敵だってことさぁ〜」
そして一つの関数を口にした。
「`THE FUNCTION "remove_all_pod"`」
次の瞬間、ミスター赤帽の背後に整列していた1000台のポッドが消滅した。




