episode28「おしゃかしゃま」
ここはレッド・ハットの本部があるsbinエリア。
浮遊する5つの巨大な岩の上には、80階を超える高層ビルが乱立しており、SFとファンタジーが融合したような、独特な雰囲気を醸し出していた。
一番中央にある岩の、真ん中にある広場。スカーレット・スクエア・ガーデンと呼ばれる場所には多くのレッド・ハット構成員が集まっていた。
この日は新規プレイヤーのログイン日。エックス・ワールドではシステムの負荷を下げるために、ゲームごとに新規プレイヤーが入れる日を限定している。この世界で新規プレイヤーがログインできるのは、世界標準時で月曜日の午前9時〜10時と決まっていた。
次々と新しいプレイヤーがログインしてくる。
世界の統治には規律が必要だと考える彼らは、コスチュームを赤で統一している。それは新規プレイヤーも例外ではなく、どれだけセンスのある色使いをしていても、メインカラーを赤にさせられた。
没個性ともいえる方針に異を唱えないのは、彼らがルールに縛れることに一種の快楽を求めているからだろう。
「今回はあまりいないね〜」
レッド・ハットの総統・通称”ミスター・赤帽”は、10メートル離れたところから新規プレイヤーがログインする様子を眺めていた。多いときには1分に1人の割合でログインしてくるのだが、今は10分に1人くればいい方だ。
無理はない。すべてのエリアが開放されたゲームでやることといえば、エリアを守るか奪取するかの二択。せっかくフルダイブ型MMORPGをプレイするなら、新規開放エリアを獲得するところから始めたい、というのがゲーマー心理というものだろう。おかげで、ゲームの最後の方——二ヶ月目の下旬に新規でログインするプレイヤーは少ない傾向にあった。
(今回はあっちに軍配が上がるかな〜)
そんなことを考えていると、また新しいプレイヤーが召喚された。黒フードに身を包み、顔は見えない。フードの中身がどうあれ、服の色は黒から赤になるだろう。レッド・ハットの誰もがそう思った。
「ようこそ、レッド・ハットへ」
部隊長のマンが新規プレイヤーに近づく。戦闘時には逆バニーを履いていた彼だが、ここではスーツに蝶ネクタイと紳士的な格好をしている。
「これから君と一緒に戦えることを嬉しく思うよ。早速だけど、そのフードの色を赤に変えてもらうことはできるかな? 我々には規則があり……」
「ウルセェヨ————」
声帯を削ったようなガラガラとした声がしたと思ったら、
部隊長の右腕が————消えた。
マンは右腕に違和感を感じ、確認した。
そこに自分の腕がないと気がついて、目を大きく見開こうとしたとき————
彼の体は木っ端微塵に消え去った。強制ログアウトを示す青白い光だけが、虚しく天に昇る。
全員、なにが起きたのか分からなかった。
わからないうちに、人々は次々と消えていく。
「うわぁ、マジか〜」と呟く総統も例外ではなかった。
30秒と経たずに、スカーレット・スクエア・ガーデンは崩壊した。
大量の青白い光を添えながら、オブジェや遊具、迎撃用の兵器は削れ、消滅していく。
唯一、難を逃れたのは副総統のメイクDだった。マンがログアウトしたことを確認した彼は、真っ先にcdコマンドで中央の“浮島“から離脱していた。本部が襲撃されたとき、態勢をいち早く立て直すために離脱する、というマニュアルに沿った行動だった。
彼が中央の浮島から離れて3秒後。高層ビルを抱えた巨大な岩は音を立てて崩れ始めた。岩の大きさは高さ1800メートル、幅は最大2000メートルある。それほどの巨岩が、まるで子供が7日間で作った世界のように轟音とともに崩れたのだ。メイクDは息を呑むことしかできなかった。
(いったい何者ですだよ。それより、仲間は……)
彼は生存者を確認するためにディスコードを開いた。直後、背後に気配を感じる。
考える時間はなかった。
「`mkdir -m 0……」
しかし、コマンドを全部唱えることはできなかった。
「`rm [~1 ~0 ~1]`」
彼よりも短いコマンドによってメイクDの下半身が消失する。
(早いですよ……! それに、このコマンドは……!!)
だが、考えがまとまる前に上半身も消え去った。
————1時間後、sbinエリアは消滅した。
* * *
…………最悪だ。
どんな書き出しにしようか散々迷ったけど、この言葉しかない。
最悪だ。
文豪レベルになれば、もっと気の利いたセンテンスの1つや2つを捻り出すのかもしれない。
でも僕は文豪じゃなくて戦士だ。
いまは少しでも早く目の前の現実に対処しなければならない。そのためにも過去を整理する必要がある。そうすることで、何か見えてくるかもしれないと思ったからだ。
“彼“を倒す秘訣と、
”彼女”を助け出す秘策が。
——————
mkdirコマンド:指定した場所に定められた権限を付与した空間を作成する。代表的な権限は0番で「完全権限剥奪空間」。




