episode22「G行為」
ブライアンと会話した翌日、僕はオフ会に繰り出した。
場所は渋谷。自宅から電車を乗り継いで1時間でたどり着いた大都会は、歩道橋や線路、道路が複雑に入り組んでいて、まるでbinエリアにいるかのようだった。久々にこんな人混みにやってきたので、息苦しさを覚える。なんとか深呼吸して落ち着かせると、地図アプリを片手に会場へ向かった。
オフ会の会場は道玄坂から少し外れたところにあるイベントスペースだった。周辺には煌びやかな装飾を施した建物が、「3時間休憩〇〇円」と書かれた看板を下げていた。
本当にこの場所にあるのかな、と思っていると、トタン造りの雑居ビルの入り口に数名の人だかりを見つける。3階建ての古びた建物で、地図アプリによればここにオフ会の会場があるという。
「あっ、もしかして君が車掌くん?」
人だかりの中の男性が声をかけてきた。黒の長袖パーカーに灰色のチノパン。濃い眉と細い目から見える瞳が印象的だった。
僕の鼓動は跳ね上がる。リアルの人に「車掌」なんて言われた事はないから変な汗が出てきた。
「は、はい!」
閑静な裏路地には似つかわしくない声を出すと、男性は笑みを浮かべた。
「やっぱり。アバターと一緒だからすぐ分かったよ。俺のこと、わかる?」
話しかけてきた男性の顔をよく見る。……ゲーム内で見た記憶はない。
「……すみません」
首をすくめると、彼は片方の口角だけ上げた。……そう、まさにニヤリと笑ったんだ。
男は言った。
「え〜、アタイのこと覚えてないなんて〜、ショックだなぁ〜」
女の子のような口調。「アタイ」という一人称。
嫌な予感が全身を這いずり回る。
「も、もも、もしかして……タッチ、さん?」
彼は左右の口角を上げてニッと笑ってみせた。してやったり、とでも言いたげに。
「ようやく気づいてくれた♡ 悲しかったんだよ〜、アタイ。車掌くんにデート断られてどれだけ枕を濡らしたことか……ブッ、ククク」
女の子口調で話していたタッチは自らの芝居に耐えられなくなったのか、吹き出して笑い始めた。
「お〜い、どうだ〜い」
彼の仲間と思われる人がこちらに声をかけてくる。タッチは(邪悪な)満面の笑みを湛えて、彼らに親指を立てる。
仲間たちは「やったな」「作戦大成功〜」とか言いながら拍手し出した。
「ちょっと期待しちゃったか?」
タッチが顔を近づけて聞いてくる。
「可愛い女の子に二人きりで会おうって声かけられて、体密着させられて、口ん中ねっちゃくっちゃして、ドキドキしちゃったよね〜」
「そ、そんなこと……」
僕は絞り出すように言葉を吐いた。
タッチのニヤニヤはさらに加速する。
「ウソだ〜〜。だって、顔めっちゃ赤いよ」
このときの僕がどんな顔をしていたかはわからない。でも、顔は燃えるように熱かったから……想像に事足りるだろう。
このときの僕はこんなことを考えていた。
(まさかオフ会ってこういう人しか集まっていないの? 可愛い女の子のアバターに身を包み、童貞をからかう人たちの集団。
待てよ。もしかしてムーブ先輩やキャットさんも彼らの一味で、あんな可愛いルックスをしていて実は男なんじゃ……。
そうなれば僕がムーブ先輩やキャットさんに頬を赤らめていた様子はどこか見えないところで撮られているに違いない。そして、このオフ会では僕の痴態を大型スクリーンに映し出してみんなで大笑いするイベントなんだ!)
なんてところまで想像の翼は飛んでいた。
自分が辱められる場所に飛び込んで行くほど、僕の肝は座ってない。
あと5秒で帰ろうとしたところで
「ちょっと! なにイジメてんの!」
後ろから下衆な笑い声をかき消す声が聞こえた。声の主は力強い歩調で僕の前に出る。
金色のボブが印象的な女子高生だった。なんで女子高生だって分かったかっていうと、彼女が制服を着ていたからだ。
「またからかってたんでしょう!」
「いやいや、俺たちはただデビアンに来たことへの洗礼をしてあげただけだよ」タッチが言う。
「それって、からかってるってことじゃん!」
声をあげた少女は僕のことを見た。
「大丈夫? なにかひどいこと言われたりしなかった?」
彼女が近づいてくる。僕は思わず後退りした。
「だ、大丈夫です。ちょっとからかわれただけなんで……」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ〜」
少女は僕の肩に手を置いた。現実で同年代の女子に触れられたことなんて、小学校の組体操以来だったから、僕の体はたちまち硬直する。
「いい? なにか嫌なこと言われたら、すぐに誰かに相談するんだよ」
「は……はい……」
僕は顔を上げて彼女のことを見た。ぐいと近づけてくる彼女は目と鼻の先にいた。
整った鼻、膨らんだ口。そして緑と青のオッドアイ……。
緑と青のオッドアイ……?
「もしかして……ムーブ先輩?」




