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エックス・ワールド〜コマンドで戦うVRMMORPG〜  作者: 名無之権兵衛
第1章「エックス・ワールドのはじまりはじまり」
2/16

episode2「グラウンドゼロ」

 僕の名前は豊田輝とよたあきら。今日から僕は日記をつけようと思う。この日記はブログとして世界中に配信するつもりだ。ハロー、ワールド。聞こえますか?


 僕はこれを興奮のままに書いている。不登校の日記なんて誰が読むんだって思うけど、それでも書かずにはいられなくなったんだ。


 理由は「XWorld(エックス・ワールド)」。”コマンド”と呼ばれるスキルを駆使して戦う、いま大人気の全没入フルダイブ型MMORPGだ。専用スーツを身につけることで、SF映画のようにリアルなヴァーチャル世界を体感することができる。視覚と聴覚はもちろん、嗅覚や触覚さえも再現されているんだ。


 僕も前々からプレイしたいと思ってたんだけど、フルダイブ・スーツは僕のお小遣いで買える代物ではない。一番安くて高性能ゲーミングPCくらいかかるんだ。これを不登校が親にねだるってなんか違うだろ? だからITの請け負い案件をこなして、自分でお金を貯めることにしたんだ。不登校でもお金を稼げる時代で良かった。


 2ヶ月間、一生懸命働いて僕はなんとかフルダイブ・スーツを購入することができた。スーツが届く日、普段は昼まで寝てるのに朝の6時に起きていた。我ながら、エックス・ワールドをプレイすることが楽しみだったんだと思う。


 配達員から段ボールを受け取って、階段を駆け上がって開梱。ゲームはコンピュータにインストール済みだったから、あとはスーツを装着してコンピュータに接続して、ゲームを起動するだけ!


 ブゥンと音が聞こえると、スーツのゴーグルに「Hello, XWorld」と表示された。これだけで僕のテンションはMAXだった。昔、世界的ミュージシャンを見ただけで失神した人がいたっていうけど、その人の気持ちがわかった気がした。


 ゴーグルを嵌めて、ベッドに寝転ぶと体が宙に浮かぶ感じがした。脳の神経回路が物理的な体でなく、ヴァーチャルな肉体に接続されたんだと理解した。


「LOADING」と書かれたプログレスバーがすべて埋まると、視界が一気に明るくなる。天井や壁が一切ない真っ白な空間。初期設定をする場所だ。


『Welcome to the XWorld!!』


 天から中性的な声が聞こえてきた。声に従って利用規約の確認や言語設定などを行う。ここら辺の説明はスキップしよう。早くゲームで起きたことを書きたいからね。


 あぁ、でも1つだけ覚えておいてほしいことがある。


 初期設定の終盤でナビゲータはこう言った。


『——それでは最後に、()()()()()()()()()()()を選択してください』


 エックス・ワールドというゲームは、二つの陣営ディストリビューションに分かれて陣地を奪い合う。制限時間が来るまでにより多くの陣地を獲得した方が勝ちっていう、システムとしては陣取り合戦だけど、注目すべきはその規模だ。


 1つのゲームに参加できる人数は最大で300人。1ゲームのゲーム時間は最大で2ヶ月。まるで本物の戦争のように24時間体制で攻撃や防衛を行わないといけないから、コアなゲームファンからは絶大な支持を得ている。


 彼らから支持されている理由は他にもあるんだけど……これ以上話すと脱線しそうだから、また別の機会にしよう。まずは「”コマンド”というスキルを駆使して、2つの陣営に分かれて戦う」ということだけ覚えてくれればいい。


 ディストリビューションの話に戻るよ。ディストリビューションは大きく分けて2つある。


『1つ目、”デビアン”。すべての人が自由に暮らせることを目指して戦う組織です。

 2つ目は、”レッド・ハット”。平和のために統治が必要だと考える組織です』


 これ以外にも”ソロプレイ”って選択肢もあるけど、初心者がソロプレイするなんてサバンナに裸一貫で突撃するのと同じだから、どの攻略サイトでもオススメされていない。だから、どちらか1つの陣営を選ぶわけだけど……。


「”デビアン”で!」


 僕は自由を愛する人だからね。選ぶならデビアンだ。


『以上で初期設定が完了しました。それでは、エックス・ワールドの世界を存分にお楽しみください』


 最初と同じように体が浮遊したかと思うと、まるでジェットコースターの逆バージョンみたいに上昇する速度が速くなっていった。


「ハハッ!」


 興奮の声を上げた数秒後、僕は近未来都市の一角に立っていた。いくつもの超高層ビルや大型ディスプレイ、高速道路が入り組む様子を一望することができるオフィスビルの一室に、僕は”召喚”された。




「「「ようこそ〜〜〜〜!!」」」




 部屋には数十人の人が僕を取り囲む形で立っていた。彼らは祝福の言葉と共に拍手をしたり、クラッカーを鳴らしたりした。


「これで最後だね」

「ようこそ、デビアンへ!」

「なんのコマンドなんだろう?」


 人々は口々に僕のことを見て言う。


 みんなが期待している。その事実に僕は頬を緩めた。こんなに歓迎してくれているんだから、僕に与えられた”オリジナル・コマンド”は素晴らしいものに違いない。


 オリジナル・コマンドっていうのは、全てのプレイヤーに一意で割り当てられるコマンドのことだ。オリジナル・コマンドは人によって様々で、分身できるものから、武器を生成するものまで。中には戦況を一変させるコマンドもある。


 だから、僕は期待してたんだ。きっと、僕のオリジナル・コマンドは隕石を落としたり、火山を噴火させたりすることができる最強無敵のものだって。


 でも、実際は…………


 ”sl”


 全員が黙った。人ってこんなに静かになれるんだと感動すら覚えたくらいだ。別の涙が出そうだったけど。


「ねえ、slコマンドってなに〜」

「”ギャグコマンド”だよ。ミスタッチした人をからかうためのコマンド」


「まあ、使える……のか〜?」


「あ〜あ、rm(リムーブ)とかが良かったなぁ」

「おい、そんなこと本人の前で言うなって……」


『——警報——、——警報——、敵がetc(エトセ)に侵入しました。”タックス・ポイント”まであと5000m』


「やっば、敵襲だ!」

「みんな、いったん敵に対処しよう」


「急げ! ”赤帽さん”が来てるらしいぞ!」


「まじかよ。勝てるのか、今のメンバーで?」

「四の五の言うな。やるっきゃねえだろ!」


 こうして、僕の前から誰もいなくなった。


 嘘だって思うだろ? 全部本当なんだ。僕のことを使えないって言ってたら警報が鳴って、気づけばポツン、だ。


 こんなことってある? 「じゃあ、試しに使ってみようよ」とか「大丈夫、前線で活躍できる素晴らしいプレイヤーになれるから」みたいなフォローがあっても良かったと思うんだ。


 でも、僕に与えられたのは”ギャグコマンド”。道化師としてチームの士気を上げるくらいがせいぜいだ。


 そりゃ、僕だってもっといいコマンドが良かったさ。ラノベの主人公みたいに無双したかった。でも、オリジナル・コマンドは1回限りのガチャのようなもので課金要素もない。このゲームにいる間、僕はずっとsl(ギャグ)コマンドを使わないといけないんだ。


「リセマラしようかな……」


 呟いてみたものの、体は動かない。せっかく楽しみにしていたエックス・ワールドにログインできたのに、開始数秒でリセットマラソンを考えなきゃいけないなんて、あまりにも惨めだ。


 何か、何か僕が初めてこの世界に足を踏み入れた痕跡を残したい。捨ててしまうような未来なら、一回くらい使ってみたいと思ったんだ。


 僕は窓から見える巨大なビル群に向かって呟いた。




「`sl`」




 たった2文字、発音しただけだった。


 そしたらどうなったと思う?


 ()()()()()()んだ!!


 信じられないだろう?


 呟いた瞬間に、背後から巨大な蒸気機関車が現れた。僕の身長の10倍以上ある一両編成のSLは、線路のない空中を煙を吐き出しながら走っていき、ビルに接触。ガラスが割れる音、鉄筋が折れる音、さまざまな非現実的な音を轟かせながら機関車はビルを突き破っていった。


 抉れたビルは、しばらくすると禍々しい音を立てて崩れ始めた。都心部で巨大建築物が崩落していく様子を、僕は風穴の空いたオフィスビルの一室から他人事のように眺めていた。


「誰かいますか? 大きな音がしたので…………」


 後ろから女性の声がした。振り返ろうと体を動かしたとき、僕の意識は急激に遠のいた。まるで大きな石を背負っているかのように体が重く感じた。


 振り向くことなく、僕は倒れ込む。


「だ、大丈夫ですか!?」


 女性が走り寄ってくる。けれども、彼女の顔を確かめることなく、僕の目の前は真っ暗になった。


 


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