episode18「閉じた光」
『ボクがコピーちゃんを攻撃したら合図だにゃん』
キャットさんがコピーを撃ったとき、躊躇はなかった。敵はナンバー2と複製系。いくら組み込みコマンドの使い手だからって、一人では荷が重すぎる。そんなこと、わかっていた。
でも、信じることに決めた。
右手を彼らと逆方向に向ける。一直線になるように2人を射程に入れると、
「`sl -a &`」
slコマンドのオプションaは、SLが通る半径5メートル以内のプレイヤーを強制乗車させる。最初は敵を撹乱させるためのものだと考えていたけど、発想を転換させてみた。
仲間を救うことに使えないか?
僕のSLはどのコマンドでも補足することができない。それはmkdirコマンドでも同じだ。
ならば、オプションaが付与された機関車は、身動きが取れない敵の領域内でも駆け抜けて、味方を救うことができるのではないか?
果たして、僕の予想は————
結果を確認する前に背後で衝撃音がする。振り向くと、地面に打ち付けられたキャットさんと、彼女の前に立つメイクDの姿が……。
口元が歪んだ。黒い僕が、「お前のせいだ」って喚きながら湧き上がってくる。
お前のせいだ。お前のせいで彼女はやられた。お前のワガママで彼女は————
「よく、頑張ってくれましたね」
遠くから声がして、僕の前に立つ。
その後ろ姿に、思わず笑みが溢れた。涙が滲んだ。
黒いボディスーツに青い髪は、灼熱の風が吹くbootエリアに立つ”自由の女神”のようだった。
彼女はポツリと呟く。
「戦いは、ここからですよ」
* * *
彼の頭に”なぜ?”はなかった。
ここはエックス・ワールド。コマンドひとつで世界が変わる場所だ。理由を考えている余裕はない。
大切なことは、なんらかの方法を使って彼女が”完全権限剥奪空間”から抜け出した、ということ。
思考をキャットから”彼女”に切り替えようとした刹那、
”彼女”の口が動く。
「`sudo……」
瞬間、メイクDの脳裏に前回のゲームが思い浮かんだ。
燃え落ちる空中都市、巨大な岩の上に浮かぶ構造物は爆発し、崩落し、黒い煙を上げながら底のない空の下へと落下していく。
地獄絵図とも呼べるべき光景が、たった一つのコマンドで執行されたことをメイクDは思い出した。
彼女よりも早くコマンドを唱えようとする。中国拳法で培った腹直筋を活用した腹式呼吸。誰よりも早く息を吸い、言葉を吐き出そうとする。
欠落。
このとき、彼の頭には欠落したピースがあった。自分とコピーの二人と対等に戦っていたキャット、そして突如現れた敵の副司令官。
”彼”の存在が、全くと言っていいほど抜け落ちていた。
————囮り。
その可能性に気づいたとき、ライム色のジャンパーは背後まで迫っていた。
* * *
functionコマンドは長いコマンドや複雑なコマンド、複数のコマンドを1つの”関数”にまとめることができる。コマンド1つで世界が一変するエックス・ワールドにおいて、コマンドを詰め込んだ”関数”は天地がひっくり返るなんて騒ぎじゃない。世界が自分の思い通りに動くと言っても過言ではないポテンシャルを秘めている。
『ボクは近接戦闘が得意だから、そのための要素を目一杯詰め込んでるにゃ!』
数日前のキャットさんの言葉が蘇る。
自分がやりたいことを、これでもかと詰め込んだ”関数”。
「`THE FUNCTION "|while_train《無限列車》"`」
echoコマンドで相手のメモリ量を確認して、0になるか相手がいなくなるまでwhileコマンドでループを組む。ループの中にはslコマンド全3種類のオプションを交互に、&コマンドと併用して発動させる。
処理の一つ一つは4つのタイプの機関車(3オプション+オプションなし)が出てくるだけだが、whileコマンドはこれを0.001秒間隔で実行する。
敵からしてみれば————
視界を埋め尽くすほどの機関車の大群が、押し迫ってくる!!
「ぐっ……!」
SLを一発喰らっただけでメイクDは状況を理解したのだろう。cdコマンドを使って猛攻からの回避を試みた。
しかし、僕はechoコマンドで彼の場所を常に把握している。彼がどこに逃げようとも、その場所に右手を向けるだけで1秒間に1000両の機関車が向かっていく。しかも、この列車はコマンドや遮蔽物でガードすることができないんだ。
逃げも隠れもできない。相手がいなくなるまで!
「いっけえええええ!!」




