episode14「いえない」
副総統、すなわち敵のナンバー2。
彼は真顔でピースした。
「お久しぶりですだよ、スー♪ 元気してたアルか?」
変わった口調なのは彼が喋っている言語の文法がおかしいからだろう。
エックス・ワールドには自動翻訳機能が実装されている。相手がどんな言語を喋っていようと、僕だったら日本語に翻訳される。彼の喋っている言語が何かわからないけど、文法の使い方が間違っていると、よくわからない日本語に出力されるんだ。
今だからこんなこと考えてるけど、当時はそんな余裕はなかった。
なぜなら相手は僕に”死”の1文字を想起させた敵のナンバー2。油断しないほうがおかしい。
「まさか貴方がここにいるとは、思いませんでした」
「マンから救難信号を受け取りましたですよ、一番近いウチが来ただけです♪」
金髪の中華風お兄さんは、真顔なのに口調はテンション高めで、なんだか脳がバグってしまいそうだった。そう、彼は終始真顔だったんだ。無表情とはちょっと違う。まるで凍ってしまったみたいに、表情筋は一切動いていなかった。
前振りはなかった。
「`mkdir [~80 ~ ~60] -m 0`」
彼は有無を言わさぬ速さでコマンドを唱えた。1ディレクトリのズレもない彼のコマンドは、僕の後ろに立っていたスーの体を丸ごと包み込む”空間”を生成した。空間は、まるで水のように僕の目には歪んで見える。
”水”に覆われたスーは苦しそうな表情を見せる。動くこともできないのか、手は首元に行く途中で止まっており、まるで飴細工のように固まってしまった。
(そうか、僕がさっきやられたのはコレだったのか)と理解した。
「”完全権限剥奪空間”。この空間に閉じ込められたが最後、キミたちはなにもできずに強制ログアウトされるですだよ♪」
あとで知ったことだが、mkdirコマンドは空間を作り出し、そこに属性を付与することができる。オプションmの0番は”完全権限剥奪”。レッド・ハットのメンバー以外が彼の作り出した空間に入ると、五感は封じられ、身動きは取れなくなる。息もできなくなるから、徐々にメモリが減って最後には強制的にログアウトされてしまうんだ。
閉じ込められてしまったが最後、自力で抜け出すことは不可能。”完全権限剥奪空間”から脱出するには、仲間が外からコマンドを使って救出するしかない。ムーブ先輩のコマンドなんかはもってこいだ。僕もさっき、彼女のコマンドで助け出されていた。
「`mv……」
けれども、そうは問屋がおろさない。
「`cp ./M4_carbine.obj [~85 ~-5 ~62]`」
コマンドが聞こえたと同時に、ムーブ先輩の目の前にアサルトライフルが現れた。近くで見ていた僕だからわかったけど、誰も触っていないライフルのトリガーがゆっくりと引かれようとしていた。
「先輩!!」
「`cd [~3 ~ 1]`」
先輩も慌ててcdコマンドで回避行動をとる。
しかし、完全に避け切ることはできなかったのか、右頬に擦り傷ができていた。
「やはり、一撃で仕留めることは難しそうですね」
メイクDの奥から声がした。
僕らはもう一人の難敵を認める。
腰まで伸びた白のロングヘアーは後ろで結えられ、赤い装甲で体を覆い、赤の腰マントを身につけた目つきの厳しい女性が立っていた。胸には金縁の赤いカーボーイ・ハットのエンブレムが取り付けられていた。
彼女が使っていたのはcpコマンド。僕でも知っている複製系のコマンドだ。
名前は最後までわからなかったから、ここではコマンド名のまま”コピー”と書こう。
コピーが現れて10秒ほど互いに相手の出方を見る状況が続いた。
「あれ?」ムーブ先輩が思わぬ一言を口にした。
「お姉ちゃん、だよね!? 」
僕とメイクDは同時に叫んだ。
「「お・ね・え・ちゃ・ん!?」」
ムーブ先輩は満面の笑み。一方、コピーは時間差で氷のような無表情を引き攣らせた。
「やっぱりそうだ!!
おねえちゃ〜ん!! 私のことわかる〜?」
僕は二人の事を交互に見た。片方は金髪ショートカットで、片方は白のロングヘアー。一見双子とは思えないが、青と緑のオッドアイが同じだ。ただ、目の色が同じという共通点以外、二人に姉妹らしいところは見当たらない。
だが、コピーには思い当たる節があったようだ。
「まさか……あなた……、リチ??」
本名を言い当てられたリチことムーブ先輩は「正解!!」と親指を立てた。僕はここで先輩の名前が「リチ」であることを知った。
「コピー、妹がいるなんて聞いてないですだよ♪」メイクDが無表情で楽しそうに尋ねる。
「言うわけないじゃない……、あんな妹……」
陰鬱な表情で俯く姉に対し、妹は僕にいろんな話を聞かせてくれた。
「私たち双子でさ、エックス・ワールドを始めたのも、お姉ちゃんがやってたからなんだよ」
「そこ! 勝手に人のプライバシーを話さない! ってか、なんで私がこのゲームやってるって知ってるの?」
「バレバレだよ〜。フルダイブ・スーツ着たままよく寝てるし、ディスコードもしょっちゅうエックス・ワールドがプレイ中になってるし……」
次々と明かされるクール系美少女のあられのない姿。コピーの顔はみるみる赤くなる。
「うそ。どうしてあなたが私のディスコード知ってるのよ。……ていうか、なんで私がスーツを着たまま寝てることを知って……」
先輩はコピーが動揺する事を予想していたんだろう。むしろ、確信を持って仕掛けたのかもしれない。
手に持っていたハンドガンを敵に向けて発砲した。
「`mkdir [~1 ~ ~1] -m 0`」
すかさずメイクDが1メートル手前に完全権限剥奪空間を生成する。完全権限剥奪空間は、人だけでなくオブジェクトにも作用する。ムーブ先輩が放った銃弾は彼の1メートル手前で停止した。
彼は次のコマンドを唱えようと口を開きかけた。
でも、遅い!
僕らはcdコマンドで左右に展開し————
「`for i in {1..3}; do sl &; done`」
「`mv /boot/*/Glock_18C.obj ./`」
右から見えないSL、左からは銃弾の嵐を浴びせた。
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cpコマンド:指定したモノを指定した場所に複製することができる。また、同じ質量であれば別のモノに変換してコピーすることができる。
mvコマンド:指定したモノを指定した場所に移動させることができる。また、同じ質量であれば別のモノに変換することができる




