episode1「トアルハルノヒ」
ムーブ先輩の能力は、指定した物体をテレポートさせることだ。
「`mv [~3 ~ ~]/Glock_18C.obg ./`」
こう”唱える”だけで3メートル離れた場所に転がっているハンドガンを手元に引き寄せることができる。
それに————
「`mv ./Glock_18C.obj ./saber.obj`」
右手に持ったハンドガンが鋭利な剣に早変わり。彼女はモノを移動させるだけでなく、物体を”変換”することができるんだ。”質量”が同じという制約はあれど、銃を剣に、野菜をジュースに、太陽を大量の爆弾に変えることができる。
この能力を駆使してムーブ先輩は数々の戦績を挙げてきた。ラスボスを倒したことはないけど、中ボスくらいなら両手の指には収まらないほど撃退してきた。
けれども、そんなムーブ先輩が絶体絶命のピンチに陥っていた。
相手はコピー。その名の通り、指定した物体を指定した位置に複製することができる能力の持ち主だ。
「`for i in {1..10}; do cp [~, ~ ~-5]/M4_carbine.obj ./M4_carbine_${i}.obj; done`」
こう唱えると、5メートル離れた場所に落ちていたアサルトライフルが、彼女の手元に10丁に増えて出現する。10丁の黒鉄はムーブ先輩に照準を定める。
「げっ!」
ムーブ先輩の口が歪んだ刹那、一斉射撃開始。幾多ものマゼルフラッシュと共に放たれた銃弾がムーブ先輩を襲う。
「`cd [~ ~10 ~2]`」
先輩はコマンドを唱えて、上空10メートルに飛び上がった。そして————
「`mv [~-1 ~-10 ~-3]/M4_carbine* ./`」
コピーの周囲に展開されていたアサルトライフルを自分の手元に引き寄せる。
けれども、コピーの攻撃は止まない。
「`for i in {1..3}; do cp [~ ~ ~10]/stone.obj [~1 ~10 ~3]/granade.obj; done`」
10メートル先に転がっていた石ころをグレネードに変換させて、ムーブ先輩の周辺に3個複製させた。コピーは、ただ物体を模造するだけでなく、”質量が同じ”であれば転成させることだってできるんだ。
つまり、ムーブ先輩の上位互換————。
手榴弾のピンは外れている。先輩は青ざめた。そこに、先ほどまでバトルを楽しんでいた面影はない。彼女の目が見開くのと同じスピードで松ぼっくりは中身を外へ弾き出そうとする。
爆発する直前、
「`cd [~ ~-10 ~5]`」
間一髪、ムーブ先輩はコマンドを使って爆風を避けた。コピーから6メートル離れた場所に着地する。
しかし、コピーは次手を繰り出していた。
「`THE FUNCTION "infinity_copy"`」
|THE FUNCTION《必殺技》。半径100メートル以内にある物体から、最も質量が重い物体を選定。同等の質量を持つ武器に変換して、彼女が指し示す場所に0.001秒ごとに無限に複製していく。まさにチート技!
しかも、今回彼女が指定した武器は————M249_Mk2。軽機関銃だ!
複製変形されたマシンガンは、現れた瞬間に銃口をムーブ先輩に向け、発砲する。1秒あたり1000個の機関銃が出現するんだ。青々とした芝生は、一瞬にして黒く染まったかと思うと、マゼルフラッシュによって高速明滅を始めた。
もちろん、ムーブ先輩も簡単に降参するような人ではない。
「`cd [~10 ~ ~3]; mv [~ 100 ~ 100 ~ 100]/M249_Mk2* ./`」
彼女の手前100メートル立方に存在するマシンガン、約1500丁を手元に引き寄せて反撃を試みた。
しかし、先輩が能力を発動している間にも、コピーは次々と軽機関銃を複製していく。しまいには先輩の反撃を銃身でガードする始末だ。これにはNATO軍も頭を抱えるに違いない。
無限個の銃弾を避けながらライトマシンガンを自分のものにしようとするムーブ先輩と、手を動かすだけで無数に模造するコピー。勝敗は火を見るより明らかだった。
30秒後————
一発の凶弾が、ムーブ先輩の左足を貫いた。
「……うっ」
ムーブ先輩は顔を歪めて地面に落下した。彼女の左足首には穴が空いており、青い光子が漏れ出ていた。
先輩の周囲をライトマシンガンが取り囲む。銃口はムーブ先輩に向けられていた。
————チェックメイトだ。
「諦めなさい」
コピーが先輩の前に立つ。
「どれだけあなたが才能に恵まれていても、プレイしてきた時間とコマンドの性能が違うの。大人しく引き下がることね」
一方、ムーブ先輩は息を弾ませながらも笑みを浮かべていた。
「やっぱすごいなぁ、お姉ちゃんは」
実は二人は双子の姉妹。片やブロンドショート、片や銀色長髪だけど、目が青と緑のオッドアイでおそろいになっている。
姉は頬を紅潮させて唇を噛んだ。
「……その呼び方はしないでって言ってるでしょ!」
コピーの感情に呼応するように、ライトマシンガンたちのレバーが引かれる。砲弾を装填するかのような音が周囲にこだまする。
引き金に指がかかったそのとき————!
「`sl`」
僕が彼女の後ろに現れてコマンドを唱える。コピーの目の前に3メートルを超える蒸気機関車が出現!
「えっ……?」
理解が追いつく前に、彼女はSLの餌食になる。機関車はムーブ先輩を取り囲んでいたマシンガンを蹴散らしながら、コピーを30メートル以上引き摺り、大きな岩にぶつかって停止した。停止した列車は青い光を出しながら消滅する。同じくしてコピーも体から青い光を放って消えてしまった。ログアウトしたんだ。
「なんとか間に合いましたね」
ムーブ先輩の隣に立って僕は言う。先輩はとびっきりの笑みを浮かべた。
「ナイスタイミングだったよ、ポッポくん!」
親指を立てる彼女を見て、僕は苦笑いを浮かべた。
「ちゃんと『車掌』って呼んでくださいよ。そういう約束でしょう」
「え〜、だって、こっちの方が呼びやすいんだもん」
僕は眉を顰めたまま前を向いた。眼下には電子の草原と青空が広がっている。
ここはゲームの中だ。仲間とともに”コマンド”と呼ばれる能力を駆使して戦う、フルダイブ型VRMMORPG————XWorld。
まともに話すことさえできなかった僕が、活躍することができる世界。
僕はここで生きている
————ここが僕の生きる世界だ。




