8:思い出のセブレ②
「殿下、ブールドロ領への派遣部隊が戻りました。」
執務室に入って来たアーブルさんがそう告げた。そういえばヘンゼルさんだけ転移魔術?で早く帰って来たのであって、他の人達は陸路で帰って来たんだ。城門へ出迎えに向かった二人を追う。
「わっ……お馬さんだ。」
私は初めて見る馬車馬に目を輝かせた。栗色、芦毛、白馬、黒馬……様々な毛色はどれも美しい。
「スミレさんの馬も必要になるときが来るかもね。」
「えっ?食べる用って事ですか?」
私の食欲旺盛な台詞に馬達が身震いしたように見えたのは気の所為か。ヘンゼルさんが笑いを堪えながら「騎乗用だよ」と突っ込みを入れた。乗馬なんてしたこと無いのに……これから練習する事もあるのかな?
馬の中でも異彩を放つ、筋骨隆々の黒馬から降りてきた鎧兵さんがこちらへ歩いてくる。……鎧兵?もしかして、あのとき私に槍を突きつけた……!?恐怖から思わずヘンゼルさんの後ろに隠れてしまう。カシャンカシャンと音を鳴らしながら歩いてきたその人は、ヘンゼルさんの前で片膝をついた。
「派遣部隊、全員帰城いたしました。」
「僕不在の中よくやってくれた。ありがとう。」
「はっ。……して、その。聖女様に、ご挨拶申し上げたく。」
わ、私?ヘンゼルさんの影からひょこりと顔を覗かせると、鎧兵さんが兜を脱ぎ、勢いよく額を地面に打ち付けた。これ以上無いくらいの見事な土下座だ。
「私は近衛騎士団長ロワ・ドゥ・アマンド!聖女様に刃を向けた愚か者です!その節は、大変申し訳ございませんでした!」
周りの人達がなんだなんだとこちらに注目する。あのときの鎧兵さん、騎士団長だったんだ……。
「ロワ!何だその品のない謝罪は!」
喝を入れたのは我らが宰相閣下アーブル・ドゥ・アマンドさん。なるほど、たしか『我が愚息』と言っていたのを思い出した。土下座から片膝立ちに戻ったロワさんは今度は鋭い視線でこちらを見つめた。目つきが悪くて厳格そうなところがアーブルさんそっくりだ。
「聖女様への不敬、どのような処罰でも受け入れる所存……。」
「わあー!処罰とか、そういうのはやめてください!」
ですが……と言いかけたロワさんにヘンゼルさんが待ったをかける。「ロワに護衛を頼んだのは僕だ。もし処罰を決めるのなら、僕も同じ罰を受けなければならない。」そう聞いたロワさんは真っ青になる。「だからこうしよう。」そう言ってヘンゼルさんが指差した方は荷馬車。積荷は木箱、木箱、木箱……そしてその木箱から、甘酸っぱい香りが漂ってくる。
「ブールドロ産のりんご!」
「これでお許しください、聖女様?」
いたずらっぽくヘンゼルさんが微笑む。「喜んで!」木箱に駆け寄ってりんごとご対面。どうやら木箱毎に品種が違うらしい。
「凄い!あまーいものはそのまま食べて、酸っぱーいものはお菓子にしましょう!」
木箱に触れた瞬間。ひんやりとした冷気を纏っている事に気が付いた。この冷気のおかげでりんごを傷めずにここまで運ぶことができたんだ。でもどうやって冷やしたままにできるんだろう……?木箱を観察してみると、側面に文字のような、絵のような謎の記号が描いてあった。
「それが『魔術式』だよ。初めて見たかな?」
「魔術式……?」
「そう。『魔文字』を組み合わせて魔術式を構築すると、演算した通りに魔術が発動するんだ。この木箱の場合は……”『内側』が『入っているもの』に『適した環境』になる”という意味の術式が描いてあるね。」
「へえ……私にも使えますか?」
「灯りを灯す魔術なんかは大気中の魔力だけで使えるよ。今度一緒にやってみようか。」
「楽しそう!」
ファンタジーな力を目の当たりにしてテンションが上がるが、「魔術を使うなら基礎知識から学びましょうね。」とアーブルさんに釘を刺された。魔術も楽しみだけど、今は神様とのお茶会が最優先だ。お茶会にこのりんごも出せたら良いな……。
私達はお土産のりんごを運びに厨房へと足を運んだ。……と言っても、運んでるのは屈強な騎士さん達だけれど。入れ替わりにシトロンが厨房から出てきた。「シトロン!丁度良かった。」私は初代国王のグルメっぷりが書かれている本を探しておいてほしいと頼んだ。お茶会の参考にするためだ。彼女は「承知いたしました。」と言いながら綺麗な礼を披露してくれた。私もあんな風にドレスを広げて、腰を落として、頭を……
「シトロン嬢の真似かい?」
「あっ!見ちゃ駄目です」
シトロンの真似をしているところをヘンゼルさんに見られてしまい、恥ずかしくなる。「努力しているのだから恥じることはないよ。」と言ってくれたけれど、努力は見せないからこそ美しいのだ。
厨房に入ると、料理人さんや使用人さん達が談笑していた。
「噂をすれば……聖女様、ムッシュへのプロポーズは上手くいきましたか?」
「なっ!あれはっ……もうっ、言わないでって言ったのに……」
今朝のクロック・ムッシュへのプロポーズは厨房内で話題の中心となっていた。そんな事などすっかり忘れていた私は面食らってパニック状態。恥ずかしさから必死に否定するしかできない。
「……プロポーズ?」
ヘンゼルさんに怪訝な表情で問われる。そりゃあそうでしょう。クロック・ムッシュにプロポーズする女なんて、変人扱いされてもおかしくない。でも、ヘンゼルさんの前で言わなくてもいいじゃない……。
「一体、誰に……」
「言いません!」
「あ、相手の返事は……?」
「もう!ヘンゼルさんも一緒になってからかうなんて……ひどい!」
若干涙目になって訴える。まさかヘンゼルさんまで……羞恥心よりもショックが大きい。……そんなヘンゼルさんも、なんだか悲しそうな反応をしている。言い過ぎてしまっただろうか。なんで私、こんなにムキになってるんだろう……。
「一体何の騒ぎです」
後から来たアーブルさんに注目が集まる。
「いや……聖女様があまりにも可愛らしいのでからかいすぎてしまいまして……。」
「……からかう?」
アーブルさんの声色が変わる。
「……スミレ様の御心が広いが故に忘れているのだろうが、もし相手が前王妃であればお前達全員の首が飛んでいたに違いない。それ程に身分の差があることを忘れるでない。」
アーブルさんのその言葉に、料理人さん達はハッとして互いの顔を見合わせた。
「全く持ってその通りでございます。」「大変失礼いたしました。」
使用人さん達からの謝罪の言葉が連なる。
「い、いえ……私も大した事じゃないのにムキになってしまって……」
「大した事じゃない!?だ、だって君……誰かに……ぷ、プロポーズしたんだろう!?」
え?もしかして、ヘンゼルさん……
「殿下、聖女様がプロポーズしたお相手は……クロック・ムッシュでございます。」
「へ?クロック…………くふっ」
「あ!笑った!ああ!アーブルさんも!」
なんだ、ヘンゼルさんは知らなかったんだ……怒っちゃって、悪いことしたな……。でも今笑っているから、それでチャラにしてもらおうっ。
「なんだ、そういう事だったのか!…………良かった。」
最後に呟いた言葉は、誰の耳にも届くことは無かった。
◇◆◇
城内にある王立図書館。そこには歴代の国王に関する書物も収蔵されている。今回の目当ては初代国王・セブレ国王の功績を辿った伝記。
「お待ちしておりました、スミレ様。」
数冊の本を抱えたシトロンがテーブルへ手招く。『ヘクセン王国の歴史〜黎明期〜』『郷土料理から観る文化』『国王が愛したレシピ』……どれもお茶会のヒントになりそうな本だ。
「メニューを決める前に伝えておくことがあります。……ルーサンギーヌ様に羊肉を出してはいけない。羊を想起させる料理や、羊料理の話も駄目です。この点だけは必ず覚えておいてください。」
ヘンゼルさんがそう注意喚起した。過去に羊肉を献上しようとした皇族が危うく処刑寸前というところまでルーサンギーヌ様を怒らせたという。私は羊料理も好きなので、話題にあげないよう気をつけなきゃいけない。でも、何で羊料理で怒るんだろう?生き物としての羊が好きなのかな?
「それだけ注意すれば大丈夫だから、アフターヌーンティーに出せるようなペストリーやセイボリーをピックアップしていこう。」
「私、お土産に貰ったりんごも使いたいと思うんです。折角の良いりんごなので。」
「それならこの郷土料理の本に美味しいアップルティーの淹れ方が載っていましたよ。」
「流石シトロン、もう目を通してくれてたんだ。紅茶は何杯あっても良いし、その内の一杯にしてもよさそう!」
「アフタヌーンティーといえばスコーンも欠かせません。」
「はい!スコーンは絶対に『焼きたて』が良いです!」
「では、スコーンはティースタンドに出さず焼けたものから随時持って行くという流れにしましょう。ジャムはお土産のりんごを使っても良いですし、旬のものなら苺も良いですね。」
次々と決まるメニューに幸先良いと思っていたのも束の間、一転して難航してしまう。ルーサンギーヌ様との話が書いてあるわけでもないから、国王の好みから選ぶのが良いと思ったのだけれども……候補がありすぎるのだ。それにしても初代国王様、自国内の美味しいものを熟知しすぎ……。各地を巡って、それでいて有能な料理人がいたらお城に引き抜いちゃうっていうんだから……行動力あるなぁ。
「はぁ……このスモークサーモンとディルのサンドイッチ、食べたい……。」
「じゃあセイボリーはそれにしよう。サンドイッチなら、もう一種類くらいあった方が良いかな?」
「え!?これは私が食べたいのであって、神様に出したものかは分からないですよ!?」
「もしかしたら、初代国王がそのときに食べたかったものを出していたかもしれないだろう?僕は初代国王や君程の拘りが無いから、君が食べたいもので組み立てて構わないよ。」
「そ、それで良いなら……塩もみキュウリのサンドイッチも……。」
あれが良いこれが良いと言っていったら、それこそお茶会にしては多い品数になってしまった。王宮でのお茶会、と考えれば妥当……なのかな?
「最後に一品、僕からリクエストがある。初代国王が最も愛したというサブレ……それを君に作って欲しいんだ。」
「私……に?」
「このサブレだけは……何となくだけど、初代国王の気持ちがわかる気がして。」
(自分の大切な人が美味しいものを作ったら、自慢したくなるんじゃないかな……。だから僕は、君に作ってほしい──。)
「でも私、料理は素人に毛が生えた程度で……。」
「そこは料理人達に協力を仰いでも良いし、最終的には君に任せるよ。次に場所だけれど──」
ううむ。大変なことを任されてしまいました。でもやるならとことん!私が納得のできる味になるまで練習してやるんだから!




