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『血塗られた狼と贄の羊』と私←食レポ聖女って誰の事ですか!?  作者: 牧蒼
第一章 『血塗られた狼と贄の羊』
7/39

7:思い出のセブレ①

「殿下と()()()ございましたか?」

「へっ!?」


 湯浴み後の一時、紅茶を飲みながら昼間に起こった惨事を反芻していると、異変を察知してかシトロンが問いかけた。なにかあったどころの騒ぎでは無いのだが、恥ずかしすぎて誰にも相談することはできない。指先に口付けする意味は何ですか……だなんて。だから別の話題で誤魔化す事にした。


「ヘンゼルさんが可笑しいの。ヴィオレッタ……私の国の言葉で『すみれ』だって教えたら、それを全部買い占めちゃって。」

「ええ、夕方頃届きましたよ。また後日、沢山届くとか。なるほど。スミレ様のお名前はお花からきていたのですね。」

「うん。それで『国花にする』とまで言ったの。可笑しいでしょ……。」

「ふふ……。笑い話にしては、些か照れていらっしゃいますね?」

「もうっ!からかわないで!」


 それは失礼いたしました、とシトロンが微笑みながら謝罪する。私がヘンゼルさんの事を意識しちゃってるって、分かってて言ってるよね……?それにしても、ヘクセン王国の人達はなんだか優しい人が多い気がする。シトロンは初対面の私が気を使わないように接してくれるし、城下町の人達は皆ヘンゼルさんを慕っているような雰囲気があった。


「今日ね、ヘンゼルさんがお忍びの格好だったからか、城下町の人達もヘンゼルさんを見て話しかけたりしないで見守っててくれたの。この国の人達はみんな……シトロン、貴方も含めて……優しい人が多くて、とてもいい国だって思った……。」

「そう、思っていただけるのですね……。殿下が聞いたらとてもお喜びになるでしょう。今のヘクセン王国があるのは、殿下の努力があってこそです。もしもスミレ様がこの国に来たのが5年前だったとしたら……」

「5年前……前王が戦争を起こしたっていう……。」

「はい。結果的には我が国の膿はみな排除されました。しかし、亡くなった国民がいたのも事実です。戦地となった国境の村の被害は甚大だったと聞きます。それもあり当時はヘクセンの王政自体を憎んでいる国民による暴動なども相次ぎました。……今では、殿下の手腕に納得して沈静化しましたが。」

「そんな……私、何も知らなかった……。」

「ですから、頑張った殿下を癒やしてあげてくださいませ、聖女様。スミレ様が此処へ来た意味はきっと殿下へのご褒美だと私は思っていますので。」

「でも私……回復の魔術?なんて使えない……。」


 そう言うとシトロンはクスクスと笑って、私のことを「可愛らしいお方」と言った。その綺麗な指先で私の髪を撫でながら。「ヘンゼルさんといいシトロンといい、ここの人達は人を口説く風習でもあるの?」と聞いたら「あら……殿下も同じような事を?」と言われてしまったので無言を貫いた。しまった、墓穴を掘った。


「わ、私は寝ます!」

「はい、おやすみなさいませ。……悪く思わないでくださいね。殿下も宰相閣下も、そして私も……貴方という希望に支えられているのです。」


 部屋の灯りを消したシトロンは、そう呟いてから部屋を退出した。一人には広すぎる部屋に静寂が訪れる。希望、か……。この国にとっての『聖女』ってそんなにも価値があるのかな。明日は『原作』を読み込んで聖女らしいことをするんだから!だから今日はさっさと眠る……。


 眠りたい……のに、脳裏に浮かぶのはヘンゼルさんの事ばかり──



 ◇◆◇



「おはようございます、スミレ様」


 挨拶と共にカーテンを開けられ、朝の日差しで強制的に覚醒させられる。あれから結局数時間程もやもやしていた私は、寝不足という程でもないがもうちょっと寝たい、そんな気分だった。


「あと5分……」

「今日のご朝食はクロック・ムッシュでございますよ。」

「おはようございます!!!」


 朝食のメニューを聞いた途端に飛び上がる。朝からホットサンドを食べられるなんて贅沢、見過ごすわけにはいかない。しかし二言目に朝食のメニューを教えてくれる辺り……あれ?もしかして私、ごはんで飼い慣らされてる……?そう思いながらシトロンが施してくれる身嗜みに身を委ねる──


「朝食は書斎で食べられるかな?今日は頑張って本を読みたいの。」

「では後ほど書斎にお持ちいたします。」

「ありがとう!」


 部屋の前で別れて真っ直ぐ書斎へ向かう。鍵で書斎の扉を開くと、もう嗅ぎ慣れた本の匂いが私を歓迎してくれた。本棚から『血塗られた狼と贄の羊』を取り出してページをめくる。あれから行動を起こしているが、特に原作の内容が変わったという事は無かった。──いくら目を通しても、()()()()()()()()()()()()()()。そもそも例の予言すら無いのだ。この事実は怖くて誰にも言えていない。私という異分子が、この世界に存在してはいけないと言われているような気がして。


 気を取り直して、ルーサンギーヌ様から見た初代国王・セブレ様の印象を紐解いていく。只の平民だった頃に拾われ、騎士となったルー。人から神になっても変わらず接してくれたセブレ国王。セブレ国王の事を尊敬している彼もまた、神であるにも関わらずセブレ国王の騎士であるかのように振る舞った。あるときは共に歌劇(オペラ)を見に。またあるときは城へ招かれ共に食事を。北に獣の群れが現れれば即座に退治し村の食料に。南に難破する船あれば浮かして地上へ送り届ける。今の恐れられているルーサンギーヌ様とはすこし剥離した、人間らしい神の姿が綴られていた。


 そこまで読んだところで、扉を叩く音が3回鳴った。「スミレ様、ご朝食をお持ちいたしました。」シトロンの声だ。私は内から鍵を開けてクロック・ムッシュ……ではなくシトロンを迎えると、持っているトレーをテーブルに置いてもらうよう指示した。言われなくても彼女はそうするだろうが、早くムッシュとご対面したかったのだ。私は例の手帳を取り出し、食レポの準備は万端だ。


 ナイフを入れるとカリッと香ばしい音が鳴り、パンに挟まれていたベシャメルソースとハムが姿を表す。クロック・ムッシュといえばベシャメルソース!私はベシャメルソースが大好き。切り分けてフォークで持ち上げると水飴のようにとろんと伸びるチーズが本体との別れを惜しんでいる。容赦なく口に入れる私。……ベシャメルソースは生クリームが惜しみなく使われており、ローリエの香りと共に主役のパンを引き立てている。ハムは厚切りのものを両面カリカリに仕上げてあって、その食感とメイラード反応に心から感謝した。「ああムッシュ……私貴方となら結婚しても良いわ……。」


「ふふっ……。シェフにそうお伝えしておきますね。」

「ひえっ……私、また口に出して……?」


 シトロンは出勤二日目にして私の恥ずかしい食レポを何度も聞いてしまっている被害者だ。とはいえ、私のクロック・ムッシュへの求婚が厨房に知れ渡るのはご勘弁願いたいところ。「お伝えしないで~」と抗議しても、帰って来るのは上品な笑い声だけ。しばらく厨房には顔を出せないだろう。シトロンは食べ終わった食器を下げるついでに所要を済ませてくるとの事で、再び書斎には私一人になった。食レポを書き終わったので再び本を読む作業に戻る。


 綴られているのはセブレ国王との日常。しかしその日常も終わりの時がやってくる。神は不老不死で、人には寿命がある。驚いた事に、セブレ国王が崩御なされるその瞬間までルーサンギーヌ様は側にいたらしい。そしてルーサンギーヌ様にこう言い遺している。『もし我が子孫が道を違えた時には、お前が引導を渡して欲しい。』……ルーサンギーヌ様が処刑を行ったのは、まさにこの約束を果たすためだったんだ。


 その後も子孫達との交流は続くが、ルーサンギーヌ様の生い立ちを知らない後継者は『対等な関係』を結べず、あくまで『従順な下僕』であろうとする。しかしルーサンギーヌ様はその扱いが気に入らなかった。それは彼を人の枠から外す事と同義だったから。そこからルーサンギーヌ様と王族の関係は悪化してしまった。王族はルーサンギーヌ様へ『畏怖の念』を抱き、ルーサンギーヌ様は王族へ『無干渉』を貫いた。そして時が経ち、その畏怖すらも忘れ去ってしまった前王は──。


 ここで私は本を閉じた。愛する人を失った上永遠の命を手に入れてしまったこと、誰一人自分を人として見てくれなかった事、セブレ国王との約束を果たす結果になってしまった事……ルーサンギーヌ様に降り掛かった不幸が余りに可哀想だったから。ここからの関係修復なんてとてもじゃないけど考えられない。けれど、こちらから寄り添わないと一生このままだ。

 ……待てよ?なんでヘンゼルさん達は処刑されなかったんだろう。本人は『尻拭いのため』と言っていたけれど、一族郎党皆殺しにしてこの国から去る事だってできたはず。


 ……ルーサンギーヌ様は、セブレ国王の血筋を絶やしたくなかった?


 もう一度、本を開く。ルーサンギーヌ様の気持ちが綴られているそのページには。『もう一度だけ、奴らに機会を与えてやった。』とあった。ある意味『期待』とも取れる言葉だ。


「私達が、セブレ国王の意思を継ぐと証明できれば……」


 方針は決まった。そして、ここから先は私一人で進むことはできない。

 私はヘンゼルさんのいる執務室へと向かった。大きく息を吸って深呼吸。昨日のことは忘れる、昨日のことは忘れる……意を決してその扉を叩いた。「どうぞ。」と何処となく事務的な言い方に新鮮味を感じた……事は置いておいて、「失礼します。」と執務室に入る。


「……っスミレさん!?」


 目が合った瞬間、ヘンゼルさんが椅子から立ち上がる。


「ごめん、まさか君だとは思わなくて」

「……?なんで謝るんですか?」

「あ、いや……なんでもないよ。それより突然どうしたの?」

「ルーサンギーヌ様への謁見の件なんですけれど……。」


 私は『神話』に書かれたルーサンギーヌ様とセブレ国王の話をした。二人の友好、王族との軋轢、国王との約束。ヘンゼルさんは明確な意図を持って生かされた事。


「ルーサンギーヌ様の気持ちが一から十まで記されている訳ではありません。なのでどういう方法が正解かはわかりませんが……私達で、セブレ国王の意思を継ぐと証明するんです。」

「証明……。生半可なものでは、逆鱗に触れてしまいそうだ。」

「それです。」

「え?」

「ルーサンギーヌ様は畏怖される事を不快に思っていました。それはきっと、今でも。なので恐れていては今までと変わらないままとなるでしょう。セブレ国王の意思を継ぐために……ルーサンギーヌ様と()()()になるべきです。」

「と、友達……!?」


 正直、自分がそうしろと言われたら無理だと答えると思う。でもルーサンギーヌ様と仲良くなっておけば、最悪『滅亡』は避けられるかもしれない。


「一度でお友達になれとは言いません。少しずつ、距離を縮めることができたら良いと思います。」

「そう……あの方と仲良く……考えたこともなかった。」

「ちなみにルーサンギーヌ様のところへはどのくらいの頻度で行くんですか?」

「…………年に2回。新年のご挨拶と、ご生誕のお祝い……。」


 ……上京した大学生?と通じない冗談はともかく、このままでは駄目だ。先ずは目先の『聖女お披露目会』を成功させなければならない。


「直近で会った時のルーサンギーヌ様はどのような態度でしたか?」

「そうだね……僕を王として認めていないような、そんな目で不機嫌そうに見えたよ。……逃げるように帰ったのを覚えてる。」

「それは……。しょ、しょうがないですよ、相手が相手なので。次はその……私も居るので、毅然とした態度を見せて下さいっ。聖女に関する報告もそうですが、パレードやパーティにも誘うのはどうでしょう?」

「う……ん。そうだね。」


 いけない。何だか作戦が消極的だ。ルーサンギーヌ様の対策……あと、毎回『献上品』をあげてるけど一度も受け取ってもらえてないってアーブルさんが言っていたな。


「今まで献上品をあげてると言ってましたが……一体何をあげてたんですか?」

「ヘクセン産の希少な鉱物や特産品だね。パープルダイヤモンドの指輪、ニジイロオオクジャクの羽ペン、ワイバーンの鱗の首飾り……」

「それって、ルーサンギーヌ様の好みなんですか?」

「え?いや……そういう訳では……ただ、滅多に市場に出回らない希少品ではあるよ。」

「……もし私にプレゼントするとしたら、何にしますか?」

「それはもう、美味しいもの……あっ。」

「はい!私は綺麗な指輪よりも美味しいものが大好きです。ルーサンギーヌ様の好みはわかりませんが、考えたことはありますか?」

「……そうか…………」


『お金さえかければ、もっと豪華な料理だってなんだって用意することはできるでしょう。でもあの人達は、ヘンゼルさんに見栄を張るより美味しいものを食べて欲しいんだって、分かりました。』


「君が昨日言ってくれた言葉を思い出したよ。高価な物であれば納得してくれると、それだけを考えてた。そんな事よりも、ルーサンギーヌ様が喜ぶものを考えるべきだったんだ。」

「そうですよ!……それで、ルーサンギーヌ様は何がお好きなんですか?」

「…………。」

「……………………。」

「知らないんですね……。」

「面目ない……。」


 神様とお友達作戦、振り出しに戻る。

 一つ確定しているルーサンギーヌ様の好物がある。ラム・サヴァラン公爵、及びプラムさんだ。だけどこれはヘンゼルさんに内緒にしている事なので、ここはやはり初代国王絡みの何かを見つけたい。


「ルーサンギーヌ様の好みではなく、セブレ国王の好みからアプローチしてみませんか?」

「初代国王の?ふむ……。スミレさんに負けず劣らずの美食家だったという事は知っているとおもうけど、初代国王は王妃を溺愛していてね。王妃お手製のサブレがとりわけ大好きだったと言われているよ。」

「サブレ?私も大好きです!バターがたっぷりで、香り高くて……バニラや洋酒を入れても美味しいんですよ。サブレ国王……じゃない、セブレ国王もお好きだったんですね!」

「そうか……。茶会……。」

「お茶会?」

「初代国王が要人をもてなす時は決まって茶会を開いていたんだ。もしかしたら、ルーサンギーヌ様ともしていたかも……。」

「!!そうです!『神話』にも書いてありました!時にはお城に招かれて食事をしていたと……。」

「しかし突然登城しろだなんて、失礼じゃないかな……いや、今更か。試してみる価値はあるかもしれない。」

「それじゃあ……開きましょう!お茶会!サブレと……セブレ国王が好きだったお菓子、ぜーんぶ集めて!」


 こうして私達は、初代国王時代以降初である『神を招くお茶会』を催す事となった。

 この報告を聞いたアーブルさんが泡を吹いて倒れそうになったのは言うまでもない。


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