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『血塗られた狼と贄の羊』と私←食レポ聖女って誰の事ですか!?  作者: 牧蒼
第一章 『血塗られた狼と贄の羊』
6/39

6:りんごの二人③

おいしいものの時間です。間違いがあっても許してほしい。

 城門を抜けると、久方ぶりの風が髪を撫でる。日差しがやけに眩しくて目がチカチカした。ヘクセンに来てから初めての外の世界に期待が高まっていく。

 まず大きくて長い橋があった。見渡す限りは湖で、振り返ると日本で言うところのお掘の上にお城は建てられていた。ファンタジーで思い描いたままの風景に興奮は止まず、思わず駆け足になって全身で風を感じた。


「こんなに喜んでくれるなら、もっと早く外に出してあげれば良かった!」


 あまりのはしゃぎっぷりに呆れさせてしまっただろうか。遠くからヘンゼルさんが叫んだ。駆け足で私に追いつくと、この橋は敵に攻め入れられた時に籠城できるよう跳ね橋になっていると、可動部分を指さして教えてくれた。そんな事態にはならないことを祈りつつ橋を渡りきると、城門に警備兵が並んでいたので挨拶をした。事前に出かける事を伝達していたのだろう。突然現れた私達に驚くことなく送り出してくれた。


 城下町は人の通りがあって活気がある。追いかけっこをしている子供達、店先を掃除しているおばさん、何かを売っている行商人、皆笑顔だった。それは、この地を統治している人──すなわちヘンゼルさん達が作ったものだ。国民を見て改めて、町を、国を治めると言う事の尊さを感じ、この笑顔を護りたいという使命感が湧いてきた。


「王都?ってもっと堅苦しいところだと思っていました。そこら中貴族だらけ……みたいな。」

「僕が王に即位してから、城下町に店を出してくれるなら平民も住めるようにしたんだ。戦後、町が機能しないくらいに人が減ってしまったから……。勿論貴族が経営してる店も沢山あるよ。」


 向こうには民間の学校。そこの門を曲がるとさっき呼び寄せたブティック。高台に登ったところに見える風車小屋はパン屋さん。色々な店や施設を教えてくれた。


「あっ、あそこのお花屋さん……()()()()があるっ。」

「スミレさんの花……?」

「ヴィオレッタ……私の国の言葉で『すみれ』です。」


 そう言うと、ヘンゼルさんがお花屋さんの方に走っていった。お店の人であろう女性は突然の国王襲来にものすごく驚いていて、それはそうだ……と心の中で突っ込みつつ、その光景をただ傍観することしかできなかった。少ししてホクホク顔で戻ってくると、「全部買っちゃった。」と言うので


「えぇー!?」


 と、叫ぶ事しかできなかった。しかも追加で発注まで。後でお城の中庭に植え尽くすらしい。「国花にしよう。」とも聞こえた気がするけど、聞かなかったことにしよう。届くまでにすみれの時期が終わっても知らないんだから……。


「ところでスミレさん、お腹は空いてない?」

「……ペコペコです!」


 朝食の後、ずっと仕立て屋さんのお人形と化していたため、昼食を食べていなかった。風が運んできた美味しそうな香りに、今にもお腹が鳴りそうになる。


「実はリストランテを予約してあるんだ。ちょっと遅めのランチに行こうか。」

「!!……やったぁ!」

「初代国王が行きつけだった、と言われているところで僕もたまに行くんだ。果たしてお眼鏡に叶うかな……?」


 そういってヘンゼルさんは自分の眼鏡をくい、とあげた。リストランテに着くと、本日貸し切りの札が掲げてあった。王様が予約したとなれば当然か。扉を開くとこの店の従業員、恐らく全員が待ち受けていて入店の挨拶をしてくれた。VIP待遇に緊張してる私をよそに、ヘンゼルさんが慣れた風に対応してくれる。奥の席へ通され、着席すると本日のメニューが目の前に飛び込んできた。私はこれを読みながら食事を待つ時間が大好きだ。


 少ししたら給仕さんがやってきて、クラッシュアイスに乗せられたボトルがいくつか。昨日も飲んだノンアルコールのシードル、100%山ぶどうのジュース、ジャスミンティーに紅茶。山ぶどうのジュースにも惹かれたが、お茶が恋しくなっていたところなのでジャスミンティーを選んだ。


「スミレさんはお酒が飲めないんだったよね?」

「飲めないというか……私の国では、20歳にならないとお酒を飲んではいけないんです。」

「それは……驚きだね。僕らはお酒で交流するから、切りたくても切れない関係だよ。」

「そう言うヘンゼルさんは、苦手そうですね?」

「うん……お酒に弱い訳じゃないけど、人の醜い部分も暴くから。」

「ああ……。」


 酔った勢いで罵りあったり、殴り合ったり……映画でもよくあるシーンだ。きっと良くない思い出もあるんだろう。私も、そのときが来たら醜態を晒さないようにしたい。といったところで、前菜(アンティパスト)がやってきた。真鯛のカルパッチョにルッコラとアスパラガスが添えてある。


「いただきます!……んー♪美味しい……」

「君との食事は本当に楽しいよ。とても美味しそうに食べるからね。」

「それは本当にこの国のご飯が美味しいからで……あ、そうだ。ここって海が近いんですか?」

「え?そうだね。沿岸ではないけれど、それなりには近いよ。海外との交流のためにも、港が近い方が良いから此処を都市に選んだんじゃないかな。どうしてそう思ったの?」

「えっと、生で美味しい海水魚が食べられるから……。新鮮な内に届けられる範囲にあるのかなーって。」

「アハハっ。なるほど、食べ物で推理されるとは予想外だったよ!」

「もう……結構真剣だったんですけど……。」

「でもそうだね。スミレさんは事食べ物に関しては着眼点が鋭い。何か気付きがあれば何でも教えてよ。国営とか外交のヒントになるかもしれないから。」

「うーん。そこまで求められると自信が……。」


 そこで運ばれてきたのはパスタ料理。メニューを見た時から気になっていた……『モリーユ茸のクリームスパゲッティーニ』。太めのスパゲッティに濃厚なクリームソースが絡められていて、小さめのモリーユが贅沢にも2~3個ほど乗っている。給仕さんが仕上げにペコリーノ・ロマーノを目の前で削って乗せてくれた。


「これが、モリーユ……アミガサダケ……!」

「食べたこと無い?」

「はい……私の国では高くて、とてもじゃないですが食べる機会が無く……」

「セブレ国王の大好物とも言われていたよ。同じ美食家のスミレさんも気にいるんじゃないかな?」

「初代国王様の?それじゃあ……いただきますっ……!」


 こっ、これは……!

「コリッくにっとした食感で……噛んだ瞬間にキノコの出汁が……強い!強烈な旨味……キノコ出汁といえばシイタケなんかも同じ系統の味だけど、強さでいえば比べ物にならないくらい強烈!その出汁を生クリームが引き立てていて……それだけじゃない、塩味の調節が完璧なんだ……ペコリーノ・ロマーノをかけるところまで計算された、ものすごく贅沢な一口っ……!」


 私は懐から出した手帳に食レポを書いていく。ちなみにこの手帳はアーブルさんに相談したら「使っていないから」と貰えたもので、黒いレザー表紙の男性ものだけど大きさが丁度良くて愛用できそう。あれ?なんかヘンゼルさんの視線を感じる。もしかして……


「あの……こういう場でメモをするのはマナー違反だったり……するでしょうか……。」

「わ、分からない……そういう人を見たのは初めてだから……。それにしても、いつもそんな風に味について考えながら食べているの?」

「へ?」

「強烈な旨味とか、塩味の調節が完璧とか……」

「え、や、やだ……私口に出して……?」

 まずい。これは完全に引かれた……。

「感服した……。」

「え?」

「……出されたものを食べて、美味しいか、不味いか。それだけじゃない豊かな感想を持てる事が、羨ましく思う。君が食事をしている表情からは、料理人や給仕、もしかしたら食材の生産者までもを感謝している慈愛の心を感じるよ。」

「……ええ?」


 確かに尊敬している職業をランキング化したら、それらの人は上位に入るとは思ってる。が。


「それは流石に美化しすぎ、です。大体、食べ物に感謝することは当たり前の事じゃないですか。」

「そっか……当たり前……うん、そうだね。当たり前の事過ぎて、忘れていたかもしれない。僕が同じ料理を食べた時、思ったことは『美味しい』。そして『毒の味はしない』。」

「毒……!?たしかにモリーユは火を通さないと毒になりますが……でも、いつも毒の警戒をしているのですか?」

「そう……。王座に座った瞬間からは特にね。でも君を見ていたら、食事を楽しまないのは『勿体無い』と思ったんだ。せめて自分の国の中だけでも、心から味を楽しみたい。」

「……じゃあ、今から楽しんでみませんか?」

「今から……僕にも、できるかな……?」

「難しく考えなくて良いんです。だってここは王様が連れてきてくれた一流のリストランテで、一流のシェフが一流の食材を調理してくれているんですから。」

「そっか……。なんだか、僕のほうがもてなされてる気分だよ。」

「さあ、そろそろメインディッシュが来る頃ですよ!」


 今日のメインは今朝ローストポークが食べたいと願ったのが届いたのか。ポルケッタと付け合せにローストポテト。皮付きの豚肉で香草を巻いて、オーブンでじっくり焼き上げた料理だ。一口サイズに切って噛みしめるとハーブの香りと肉の旨味、噛むたびに肉汁がじゅわっと染み出してくる。じゃがいもは採れたての新じゃがで、外はカリッと中はホクホク。ポルケッタの肉汁が絡んで、只のローストポテトとはまた違う風味があって美味しい。


「ヘンゼルさん、どうですか?」

「柔らかくて、美味しいよ。えっと……君みたいに言葉にするのは難しいな。」

「そういうときはどんな食材が使われているか、考えて味わってみるんです。例えばこの香草のペースト……パセリとローズマリーとオリーブオイルをベースに、にんにくと、フェンネルも入ってるかな……どの食材がどう組み合わさって美味しいのか、分かってくると楽しいですよ。」

「へえ、すごいな……あっ、あと皮がパリッとしていて美味しい!」

「ええ!肉の部位毎に食感も味も異なりますよね。外側の皮はこんがり、中はジューシーでしっとり。でも結局は、全部合わせて『美味しい』で良いんですよっ!ああ、美味しくて、幸せだな……。」


(幸せ……そう、幸せだ。料理が美味しいからというのもあるけど、なにより、君と食べているから──)


「──ふふっ。君の幸せが、僕にも伝染ったみたい。」

「えへへ、それなら何よりです。」


 そして最後のドルチェはいちごのグラニテ。冷たくて爽やかな味が、肉料理の油っこさを消し去ってくれる。ちなみに私は、添えてあるミントも食べる派だ。……とここで私は、『もしお金持ちになったらやってみたいこと』があったことを思い出した。


「あの、ヘンゼルさん……」

「どうしたんだい?」

「実は私、一度やってみたかった事があって……あの、『シェフを呼んできてくれ』ってやつ……。」

「…………ぷふっ」

「わ、笑わないでください~っ!感想を、伝えたくて……」

「いや、あんまり可愛い事を言うもんだから、つい……。そんな事言わなくても向こうから来るよ、ほら……。」

「へ?」


 そう言われてヘンゼルさんの視線を追うと、コック帽を被ったいかにも料理人ですといった風貌の男性がこちらにやってきて脱帽した。


「ヘンゼル国王殿下、この度はご来店いただき誠にありがとうございました。お料理はお気に召されましたでしょうか。」

「ええ、とても楽しめました。料理に関しては彼女から一言申したいと。」

「ふえっ」


 突然振られて焦ってしまう。シェフを呼びたいと言ったのは私の方なのに……。真っ白になる頭をフル回転させて、何とか伝えたい事を絞り出す。


「あ、のっ!お料理、どれもとても美味しかったです。真鯛、モリーユ、じゃがいも、いちご……旬のものを軸に組み立てられていて、()()()()()()()()()()()()()()を考えて出してくれたんだなって、感動しました。次はディナーもご馳走になりたいです。」

「なんと……。私達は料理を通してでしか真意を伝えることができません。そこまで汲み取っていただけたのならば、料理人冥利につきます。」

「それほどまでに、ヘンゼル殿下をもてなしたいという気持ちがあったんですね。」


 シェフがにっこりと笑って頷く。ヘンゼルさんはというと、少し驚いたような顔をしていた。

 こうして幸せなランチタイムを終えた私達は、行き同様従業員全員に送られてリストランテを後にした。少し歩いたところで欄干に手をそえて湖を一望する。綺麗だな──


「いつから気づいてたの?」

「え?」


 ……何の事だろう?


「メニューが、全部旬のものだって……」

「そりゃあ、メニューを見た時からですよ。……お金さえかければ、もっと豪華な料理だってなんだって用意することはできるでしょう。でもあの人達は、ヘンゼルさんに見栄を張るより美味しいものを食べて欲しいんだって、分かりました。初代国王様が行きつけだったって言うのも納得です。」

「そっか……。僕は今、自分を恥じているよ。」

「え……?」

「今日僕がこの店を選んだのは『初代国王が行きつけだった』からだ。僕の意思じゃない。僕は、今まであの人達がどんな気持ちで自分をもてなそうとしているのか、考えたことすらなかった。もし考えてたら、毒が入っているかも、なんて……僕は、僕はなんて失礼な事を──」

「ヘンゼルさん!」


 ヘンゼルさんに向かって叫んで、走る。走って、手をとって。


「あのお店へはまた行けます。また、連れて行ってください。次からでも遅いなんてことは無いですから。だから、罪悪感なんて感じないで……。」

「スミレさん……。」


 ヘンゼルさんが私の手をとって、とって……口、に──


「──ありがとう。」

「ひぇ、あ……。」



『指先 キス』[検索] 今の私に意味を聞ける相手は居なかった。


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