5:りんごの二人②
確か、ブティックやら何やらを呼ぶと言っていたのは昨日だったはず。『急いては事を仕損じる』と言ったのはアーブルさんだったはず。はず……なのだが、私は今、沢山の人に囲まれて採寸やらドレスの布選びやらまるで人形のような扱いを受けている。
「しかしスミレ様のお国のお召し物はとても興味深いデザインでございますね。軍服であるセーラーを女性が着ても遜色ないデザインとして取り入れスカートはプリーツがこんなに沢山……。」
どうやら今の私は『異国から来た要人』であり『この国の伝統的なドレスを欲しがっている』という設定らしい。ブティック・ドラジェのマダム、アンジェリカさんが私の制服を繁々と見つめる。
「私の国では一般的な学生服です。私からしたら、このドレスの方が珍しくて……」
「まあお若いのにヘクセン語もとてもお上手で。ふむ……フリルの多いドレスも似合いそうですが夜会にはもう少しタイトなものも……」
「たっ、体型が気になるのでタイトなのはちょっと……!」
私からしたらヘクセン語も日本語も変わらないのだけれど、問題なく伝わっているのなら便利なものだ。しかしマダムは早口な上に会話と独り言の境界線が曖昧で、話を返して良いのかわからない。とりあえず何か聞かれるまでは黙っておく事にしよう。
「背丈は低めですからコルセットは着けずに縦に流して……スミレ様はお好きな色はございますか?」
「へ?ピンクや薄紫……あ、後……最近は、緑が好きです……。」
「まあ……では夜会のドレスは緑にいたしましょうね。」
別に、他意は無いのに、何かを察したようなマダムの顔を見て変に意識してしまう。確かに緑はヘンゼルさんの髪色、だけど……。私の薄紫色の髪と合わせたら、お花と葉っぱの色みたいで綺麗だなって、思っただけであって。ここに来てからまともに喋った人はヘンゼルさんとアーブルさんぐらいだし、別に気になってるとかそんなんじゃなくて、大体ヘンゼルさんの距離が近すぎるのがいけない!異性に耐性が無いから勘違いしそうになっちゃう。ヘンゼルさんは他の人に対してもあんな感じなんだろうな……爽やかで、知的で、人を褒めるのが上手で、気配りが出来て……でもたまにアーブルさんに怒られてて……思い出したら少しにやけてしまった。
……私とそこまで年が変わらないのに王様で、国を背負うって重圧はどのくらい重いんだろう。そういえば最初に会った時、私に頼るのを『藁にも縋る思い』だと言っていた。今ならその意味が理解できる。もし私が藁だったとしても、なるべくヘンゼルさんの足枷にならないようにしよう。私にできることはなんでもしよう。まずは眼の前の事──ルーサンギーヌ様への謁見を、成功させなければ。
「──という仕上がりでよろしいでしょうか?」
「え?あ、はい!」
右から左に受け流していたマダムの言葉が自分に向けられていた事に気付かず、思わず返事をしてしまった。どのみちドレスの知識なんて無いから、マダムの思う通りに仕立ててもらうのが一番良いだろう。……だろうと、思いたい。
◇◆◇
「やあ、お疲れ様。」
「あっ……ヘンゼルさん。お疲れ様です。」
あれから数時間。時刻はお昼に差し掛かった頃だろうか。
マダムからやっと開放された私を待っていたのは、ヘンゼルさんにアーブルさん。それと──
「お初にお目にかかります。ポルボローネ伯爵家が長女、シトロンと申します。」
メイド服に身を包まれた、淑やかな女性が綺麗な礼で挨拶をしてくれた。一切乱れの無いブロンドの髪がとても美しい。一目で良いところのお嬢様だと分かって思わず身構える。
「は、はじめまして。すみれと申します。」
「はい。本日より、スミレ様専属の侍女としてお勤めさせていただきます。」
「あっ……侍女さん!?そんな、大丈夫だって言ったのに……」
「彼女に任せてるのは身の回りの世話だけじゃないんだ。マナーであるとか、貴族の基本的な事を教えるよう頼んであるから、彼女から色々と学んで欲しい。」
「人選に少々お時間をいただきましたが、厳しい試験を乗り越えてきた者です。実力は保証しましょう。」
「マナー……」
確かにシトロンさんのお辞儀は美しくて、それだけで第一印象が良いと思えた。逆に私は……不勉強だと思われてしまっただろうか……。
「スミレ様のご来歴はヘンゼル殿下より伺っております。……聖女様にお仕えできること、ポルボローネ家の誇りとなるでしょう。」
「わ……恐縮です……。私もシトロンさんみたいな淑女になりたいです……なれるでしょうか……?」
「まあ……!ありがたいお言葉を……御心は既に淑女でございます。きっとすぐにでも、この国一番の淑女になることでしょう。」
そんなに褒められると、本気なのかおだてられてるのか不安になるけれど……こんなに綺麗な人に教えてもらえるなんて、またとない機会かも。私は3人に改めてお礼をして、いち早く淑女になることを己に誓った。
「それでこれからなんだけど……昨日話した、城下町へ出かけるのはどうだろう?」
「……城下町!」
そういえばそのような話があった。私はまだこのお城の中から出た事がないからとても楽しみにしていたのだった。先程までの疲れは何処へやら、我先に入口に向かうと──
「お待ち下さい!」
シトロンさんからの待ったの声に、ピシッと静止する私。
「お出かけをなさるのでしたら、おめかしをしていかないと。」
「あ……。」
それはそうだ。私は採寸の参考のために学校の制服を着ていた。この格好で外へ出たら、見世物並みに目立ってしまうだろう。
「一応お忍びだから、程々にね?」
「フフ……善処いたします。」
ヘンゼルさんの注文に、何故か含み笑いで返すシトロンさん。そんなシトロンさんと一緒に、自室へと向かった私を待ち受けてたのは──
「わあっ!?」
──元々あった豪華な三面鏡の前に、メイク道具らしきものがズラリと並んでいる。
「スミレ様はお化粧の経験はございますか?」
「いえ……私の国では、学生が化粧をするのは禁止されていることが多いんです。」
「そうでしたか……。それは、磨きがいがございますね。」
ニコリと笑うシトロンさんの瞳の奥に、情熱めいたものを感じる。私、一体どうなっちゃうんだろう。お忍び用の商家の娘風の服に着替えた私は、ワクワク半分・ヒヤヒヤ半分の気持ちで三面鏡の前に座る。化粧水やクリームで私の顔が覆われていき、何だか調理されているみたい。まな板の鯉、ってこういう事を言うのかな。鯉と言えば荒いが美味しいんだよなぁ……コリッとして、ワサビ醤油で……って、また食べ物の事を考えてしまった。……シトロンさんは、何が好きなんだろう。食べ物に関する事はすぐに気になっちゃうんだよなぁ……。
「シトロンさん。あの──」
「スミレ様。私の事は是非シトロン、と。貴方は貴方の思う以上に、高貴なご身分なのです。仕えているものにも謙虚な心をお持ちなのは素晴らしいことですが、謙るばかりでは他の者に示しがつきません。敬語も敬称もいりません。それに私ならば少しはそうしやすいと思うのですが……如何ですか?」
「あ……ありがとう、シトロン。練習台みたいにしちゃって悪いけど……良いかな?」
「ええ、勿論でございます。」
「ふふっ。なんだか友達に話してるみたい。あのね、シトロンの好きな食べ物を知りたかったの。」
「食べ物……でございますか?」
「うん。私、食べることが大好き。料理は目でも鼻でも楽しめて、舌を最高に喜ばせてくれるの。だから人の好きなものも気になってるんだけど、ヘンゼルさんとかには中々聞けなくて……。」
「そうなのですか。そうですね……スミレ様は、ポルボローネをご存知ですか?」
「勿論!私も大好き!クッキーやサブレも好きだけど、また違う良さがポルボローネにはあるのよね……。口に入れたらまず粉糖の優しい甘みを感じて、次の瞬間にほろっと崩れるの。そうしたらバターと焼いた小麦の香りが広がって、食感と香りと味が混ざり合って口の中で調和するの。そう、あのお菓子は口の中で完成するお菓子だわ──はっ!」
我に返り、ベラベラ語ってしまった事に気付く。ここ最近食レポを綴る場が無かったので、思いの丈をシトロンにぶつけてしまった。
「ごめんなさい、質問したのは私なのに語っちゃって……。」
「いえ……宰相閣下から聞いた通り、スミレ様は美食家なのですね。少々驚いてしまいました。我々貴族の中でも菓子の名を冠しているものは、初代ヘクセン国王より直接賜った名であり、領主のみならず領民の誇りでもあります。そのように評していただけて、とても嬉しゅうございます。」
「初代国王、セブレ様……セブレ様もきっと、食べるのが好きだったのかな?」
「いくつも逸話が残っております。今度王立図書館で伝記をお読みになりますか?」
「是非!なんでみんな美味しそうな名前をしているのか、ずっと気になってたんです。」
「ふふ……食べ物のお話をしているスミレ様はとても楽しそうで、場が和やかになります。ヘンゼル殿下にお話しても、きっとお喜びになるかと。」
「ええ!?こんな戯言、ヘンゼルさんに聞かせるわけには……。」
「私に話してくださったように、自然なスミレ様であれば大丈夫です。」
自然と言われても……。食レポに没頭?してる姿は滑稽じゃなかろうか。自分語りのような食レポは現実でも嫌われているし……。
「さて、スミレ様。御髪はいかがなさいますか?」
「髪か……いつもそのままにしてるんだけど……それじゃ駄目?」
「駄目ではありませんが、髪型もお洒落をすると気分が前向きになりますよ。」
「それじゃあ、分からないからお任せで……。」
「ふふ……かしこまりました。」
そう言うとシトロンはカール用のヘアアイロンを取り出して──
「って、ヘアアイロン?!」
「へ!?はい、そうでございますが、何か……」
「い、いや、随分と便利なものがあるなー、と思って……」
「機械類は専らメタリカ国で生産されておられますね。おかげで身だしなみも便利な時代になりました。さ、熱いので動くと危ないですよ。」
うーん、恐るべしメタリカ国。シトロンに言われるがまま頭を固定すると、サイドの髪を持ち上げてヘアアイロンに巻き込んだ。ゆっくり丁寧に下ろせば、綺麗にカールされた髪の出来上がり。
「わぁ……!」
思わず触ろうとしてしまった手を「お熱いですよ」とシトロンが制する。これ本当に私の髪の毛……?もう片方のサイドも同じようにカールしてもらい、後ろはどうやら二つ結びにしている様子。色々なところをピンで止められて、かっちり崩れないようにしている。私には真似できそうにない。これを一人でやってる現代女子、もしかしてものすごいのでは……?
素早い手捌きでヘアメイクが終わると、ついに本格的なメイクが始まった。まず明らかに顔色が良くなったし、アイシャドウのキラキラが私に勇気をくれる。最後に派手すぎない色のリップを乗せてもらったら、いつもと違う初めましての自分が目の前に現れた。
「すごい……。」
「元のお顔立ちが可愛らしいので、それを活かしただけです。お帽子も被りましょうね。」
シトロンの言う通り、少しお洒落しただけで気分があがった。ヘンゼルさんに見せたらどう思うかな──って、ヘンゼルさんは関係ない!なんで、ヘンゼルさんの感想が気になっちゃうんだろう……。きっと、一緒に行くからであって、他意は無い……はず。そして当の本人を待たせているのだから、はやく行かなきゃ。私はエントランスへ、シトロンはヘンゼルさんを呼びに執務室に向かってくれた。
「スミレさん、お待たせ──」
「いえ、お待たせしたのは私のほうです……わあ、ヘンゼルさん、眼鏡が似合いますね!」
お忍びスタイルのヘンゼルさんは、司書風の服を身にまとい丸眼鏡をかけていた。知的なヘンゼルさんにピッタリだ。だが、当の本人は何だか固まっていて反応がない。
「……ヘンゼルさん?」
「──あ、いや、なんでもないよ。服も帽子も似合ってるね。」
そう言って目を逸らされてしまった。……やっぱり、豚に真珠だったのかな。豚といえば、じっくり低温で焼き上げたローストポークが──
「スミレ様、おめかしして良かったですね。」
また食べ物の妄想に呑まれそうになった私にシトロンが耳打ちする。
「へ?うん……私は、すごく気に入ってる。シトロン、ありがとう。」
「ふふ……殿下もお気に召されたようですよ?」
「え?そんな、殿下は興味無いんじゃないかな……?」
「おや。私はそうは思わないですが……殿下の耳が、りんごのようですから。」
そう言われてヘンゼルさんの耳に目を向けると、たしかに真っ赤に熟していた。かわいいって、思ってくれたって事かな……?そしたらすごく、嬉しいな……。
「それじゃあ、行こうか。」
「はい。ご案内よろしくお願いします。」
そうして並んで歩いてから気付く真実。アーブルさんもシトロンも、着いてくる気配がない。という事は、ヘンゼルさんと二人きりという訳で……これってもしかして、デートって奴なのでは!?
「あら、りんごがもう一つ……。」
──そう呟いて二人を見送ったシトロンであった。




