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『血塗られた狼と贄の羊』と私←食レポ聖女って誰の事ですか!?  作者: 牧蒼
第一章 『血塗られた狼と贄の羊』
4/39

4:りんごの二人①

()()()()を開きたいと思ってます。」

「はい!?」


 ヘンゼルさんの口から出た、ここで聞くことになろうとは思わなかった漢字4文字。事の経緯は遡る事数時間前──



「アーブル様、陛下がお戻りになられました!」


 アーブルさんとの『プラムさん捜索作戦会議』から数日後、ヘンゼルさんが王宮へと戻ってきた。どうやら予想よりも大分早かったようで、慌ただしくエントランスに向かうアーブルさんを追った。


「おかえりなさいませ。……随分お早いお帰りで」

「ごめん。早く戻りたくて()()を使っちゃいました。」

「ああ、道理で……。転移魔術を使われたのですね。」


 転移魔術!そういえばこの世界にはあるんだってヘンゼルさんが言ってた事を思い出した。


「凄い!それがあれば移動も楽々ですね!」

「あまり褒められたものではありません。転移魔術は膨大な魔力が必要です。陛下も魔力は高い方ですが、ブールドロ領からここまで戻る分の魔力には到底及びません。だから魔力を貯める事ができる魔石で補ったんでしょうが……その魔石は、緊急用だと強く言っておいたはずなんですがねえ……」

「……また魔力を溜め直すから……」


 背の高いヘンゼルさんがしゅん、と小さくなっているのが可笑しくてつい、くすりと笑いが漏れ出る。


「全く……それで、何を急いでいたのです?」

「えっと、これを……痛む前に」


 そう言ってヘンゼルさんが持っていたバスケットの布を取り去ると、ふわり──バターとりんごの香りが漂ってきて、それだけで私はほうけた顔を晒してしまった。


「まさか……ブールドロを持ち帰るためだけに!?」

「これ、ブールドロ……っていうお菓子ですか?」

「そう。リンゴを丸ごとパイで包んで焼いたお菓子だよ。ここの料理人に作らせても良かったけど、どうせなら名産地の一番美味しいものをと思って。」


 まるでアップルパイのようなお菓子だ。もしかしたら、私が知らないだけで元の世界にもあるものなのかもしれない。この小説の作者も、美味しいものが好きなのかな?


「それだけのために魔石を……」

「いや!それだけではない、ちゃんとした理由もあるから、そんな顔をしないでください!」


 威厳ある風貌のアーブルさんが睨むと、最早どちらが王様か分からない。


「ではその説明を兼ねて、ティータイムと行きましょうか。迅速に。早急に。」

「あはは……はい……。」


 ……本当に、どちらが王様なのか。



 ◆◇◆



 オーブンで軽く温めなおしたブールドロと紅茶が机の上に並んでいる。紅茶は淡い水色で一目で良い茶葉だと分かる。きっとこの世界にも茶園があるんだろうな。今度機会があったら聞いてみよう。アーブルさんは相変わらず険しい顔をしているが、遠慮なくいただいてしまおう。


「いただきます…………!!」


 ナイフを入れた瞬間のパリっとした音さえ美味しく思える。もっと深く入れるとシャリッとしたリンゴの感触。食べ方は分からないからとりあえず一口サイズにして口に運ぶ。バターとリンゴの芳醇な香りと、パイ生地の食感が口内を喜ばせる。アップルパイだけどアップルパイじゃない!火の入り方が違うせいか、リンゴはコンポートというより焼きリンゴに近くて硬さが残っている。芯はくり抜いてあり中にアーモンドクリームのようなものが詰まっていた。もう、人の目が無ければ手で持って齧り付きたいくらいに美味しい!


「ふふっ。その顔が見たかったんだ。」

「ふえ?」


 そんなに可笑しい顔なのだろうか。少し恥ずかしいけど、美味しいんだからしょうがないじゃない。


「……それでは陛下、聞かせていただきましょうか。魔石を使ってまで戻ってきた理由を。」

「そうだね……他でもないスミレさんの事で相談なんだけど。」

「私?」

「そう。国民に対してお披露目をしようと思っているんだ。言い伝えの『聖女』が現れたと。」

「……ふむ。」

「ブールドロ領に行ってきて思ったんだ。前より活気が無いと……。ブールドロ侯爵は件の戦争には参加していないから廃嫡されていない。戦争地帯からも離れている。なのにどこか暗い影があった。観光客も激減している。直接的な被害が無かった領地でさえ、あの戦争の影響は強烈だったって、実感したよ。」

「そうでしたか……。ある程度は予想しておりましたが、陛下が思うより深刻な状態だったと。」

「ええ。なのでまずは──()()()()を開きたいと思ってます。」

「はい!?」


 ここで冒頭に戻る──記者会見といえば、新聞社やらテレビ局やら記者が集まって、頭をペコペコカメラをパシャパシャしてるあの記者会見の事だろうか……?


「スミレさんの国には無い?」

「いえ、あるから驚いているというか……なんとなく、この世界には無いかなと思っていたので。」

「国の今後に関する重要な発表と言えば、新聞社は全社やってくるだろう。後は他国の記者が来てくれればもっと良いけれど……」

「それとなく情報を流しましょう。メタリカにはラジオ局もありますからね。リアルタイムで発信できるのでメタリカ全土にも広まるでしょう。」

「ラジオ!?」

「スミレさんの国には無い?」

「いえ、あるから驚いているというか……なんかさっきも同じ事言ったような……。」


 もう百数年もあれば、私の居た世界の科学技術に追いつくのではないか?そしたらスマホは無くともパソコンでブログとかできたかもしれないのに……いや、その前に世界が滅亡するんだった。私の幻想はただの妄想で終わった。


「……と、言うことで記者会見を今週中に。新聞が出回ったのを確認して『聖女お披露目パレード』を開こうと思う。」

「ぱ、パレード……」

「今まで祭は自粛しておりましたからね。内容も頃合いも十分でしょう。陛下が主導で動くとなれば、民も納得します。ですが。一番大事な方を、お忘れでは?」

「!……ルーサンギーヌ様」


 その名が出た瞬間、緊張が走った。ヘンゼルさんはルーサンギーヌ様を恐れているのか、一瞬身震いしたのを見た。ルーサンギーヌ様……この『原作』の主人公であり世界を滅亡させる張本人ではあるが、私は一度も会ったことが無い。向こうも、私の存在など知る由もないだろう。


「あの方へ……一番に報告すべきですね。」

「その通りです。であれば、記者会見より先に行くべき場所がありますね?」

「神の住処……ヘクセンの大森林、ルーサンギーヌ邸。」

「ええ。準備が必要です。礼装も新調いたしますよ。そう、スミレ様のドレスも仕立てなければ。」

「わ、私の!?いいですよ私は!」

「いけません。『聖女に古着を着させている』と、笑われてしまいます。この数年、我々は十二分に節制いたしました。今変革の時を迎えたと、見せつけねばなりません。」


 そういうものなのか。ヘンゼルさんの恥にはなりたくない……そう思うと、言われるがままに首を縦に振る事しか出来なくなった。そしてあれよあれよと私の装飾品は増えていったのである。一般家庭出身の私からすれば、想像もできない価格に違いない。


「今週中の会見は無理そうだな……」

「急いては事を仕損じます。綿密にスケジュールを決めますよ。最高級のブティックにジュエリー店も呼んで……ああ、『献上品』も決めねば……」

「献上品?神様にですか?」

「ええ。とは言っても、今まで献上品を受け取ってもらった試しが無いのです。初代ヘクセン国王、セブレ様とは仲が良かったとされているのですが……一体何を贈ったのやら……」


 あれ?そういえば『血塗られた狼と贄の羊』はルーサンギーヌ様のお話なんだから、初代国王との話も綴られていそうだ。読み込めば、何かヒントになるものがあるかもしれない!


「アーブルさん。もしかしたらあの本にルーサンギーヌ様と初代国王の事が書いてあるかもしれないので、献上品について私も関わって良いでしょうか……?」

「なるほど……それは心強い。何か分かりましたらご一報くださいませ。」


 にっこりと笑う私とアーブルさんだったが、横にいたヘンゼルさんが顔をしかめている。


「ちょっと待って。あの本にルーサンギーヌ様と初代国王が関係しているの?」

「「あ。」」


 そういえばヘンゼルさんはあの本の中身をほとんど知らなかったんだった。ただひとつ、『ヘンゼルさんの恋が実ると世界が滅亡する』ということを除いて……。ルーサンギーヌ様の誕生秘話については、アーブルさんが私の朗読よりも分かりやすく説明してくれた。


「──ルーサンギーヌ様が元は人間……?そんなまさか……いやしかし……たしかに、初代国王とルーサンギーヌ様は交流があったと歴史書にも記載があった。」

「私も最初耳を疑いましたが、どうも嘘や作り話には思えないのです。」


 いや『作り話』ではあるかもしれない……と心の中で突っ込んでみるものの、今ここで生きているという事は私にとってはここが現実なのであって……どうにかして未来を修正しなければ、私だって死んでしまうんだ。作者には悪いけれど、精一杯抗わせてもらいます。


「それで?どうして『僕が恋をしたら世界が滅亡する』事に繋がるんだい?」


 ギクリ。

 ついにきたか。例の『プラムさん』の事は伝えないよう、アーブルさんと目配せしながら少しずつ内容を話していく。


「……陛下はいずれとある女性と恋に落ちると予言されております。それがある神の逆鱗に触れてしまうとの事です。」

「ある神?」

「詳細は伏せられております……。」


 さすがアーブルさん、見事なポーカーフェイスで場を乗り切った……。私の方はというと、喋ってすらいないのに冷や汗ダラダラ、心臓バクバク、で怪しさ満点である。ここにあの本が無くて良かった。朗読しろと言われたら、嘘なんて言えないもの。


「……まあ、元より恋愛なんて期待していないけどね。」


 そう呟いたヘンゼルさんはどこか達観した表情をしていた。腕を組んだまま壁に寄りかかって、遠くを見つめて。


「……ごめんなさい。」

「ふふ、どうして謝るの?」


 隠し事をしている事と、将来を縛ってしまった事への罪悪感。俯いていると、ふわり。頭に心地よい重力が乗った。ヘンゼルさんがその手で私の頭を撫でている。心臓が跳ねる感触と、背中を走るそわそわ。びっくりして、えっ、という言葉すら掠れて出てこない。


「予言を翻訳してくれてありがとう。僕は自分が望むような結婚は出来ないって、物心ついた頃から理解してる。君が責を負う必要は無いよ。」


 言われた事の半分くらいしか聞き取れないまま、黙って縦に頷く。顔に熱が帯びているのが分かる。物語の中の人達は、こういう事を平気でしてくるから困っちゃう。だから私には、耐性が無いんです──。


「話が逸れましたが、パレードの内容はお決まりですか?」

「そうですね、ざっくりですが。昼は国民へのお披露目としてヘクセン城下町を馬車で周り、夜は貴族向けにパーティを。」

「ふむ。であればドレスは最低でも3着……。」


 3着!?私の聞き間違いであってほしい。国のお金を私なんかが使うのは、なんというか申し訳ないのだ。


「本当ならもっと仕立ててもいいんだ。けれど件の戦争のせいで資金不足でね。僕は謁見用の1着新調できれば良いから、予算の残りをスミレさんの分に回してほしい。」

「承知いたしました。」

「それで、パレードの最後……国民に向けて、スミレさんに演説してもらいたいんだけど良いかな?」

「演説……!?」


 演説というと私の中では校長先生の退屈な長話という印象がある。けれどそんなものでは駄目だ。この国の未来は明るいですよって、皆にアピールしなきゃ意味が無い。そんな大層なこと、できるかどうかと言われれば──


「──不安、です……。そもそも私はこの国の人達の事を何も知りません。」

「そうか、そうだよね……。じゃあ今度、城下町を回ってみる……ってのはどうかな?」

「城下町を……?」


 そういえば、ここに来てからお城の外に出たことがない。お城の外観すら知らないのだ。外の世界は気になっていたけれど、なんとなく出ちゃ駄目な気がして言い出しづらかった。


「見てみたいです!外を……城下町を!」

「じゃあ決まりだね。エスコート役は僕で良いかな?」

「え?勿論!知らない人よりずっと安心です。」

「そっか。それは良かった。」


 ヘンゼルさんの案内と聞いて安心する私。しかし、男女二人で街を見て周るという意味を、このときの私は深く考えていなかった──。


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