33:めでたし、めでたし。
挿絵がありますので、苦手な方は表示をOFFにして御覧ください。
ルー様とプラムさんが婚約してから時は経ち、季節は冬を間近に控えていた。私は二人の結婚式について話を聞くためにルー様邸へと足を運んだ。運んだといっても、ルー様に転移魔術で召喚されたようなものだけれど。神様の結婚式だ、きっと国を上げて盛大にするのだろう、そう思っていたのだが「プラムを大衆の前に晒す必要はない。」と断固拒否されてしまった。
「じゃあ二人はもう結婚したという事ですか?」
といっても、プラムさんはまだルー様邸へは来ていない。工房を閉める作業に引っ越し、色々な準備に追われているのだろう。
「特注の結婚指輪を誂えて貰っているところだ。その交換をもって結婚と相成る。」
「形式的なやり取りはしたらどうですか?牧師さんを呼ぶとか。」
「む。ならば聖女よ、お前が牧師の代わりとなれ。思えば俺をプラムの元へ導いてくれたのは聖女だったではないか。」
「ええー?牧師さんなんてできませんよ!」
「何、宗派も何も無い。強いて言えば……俺が本家本元だ。適当に言葉を連ねれば良い。」
そんな上手いこと言ってやったみたいな顔をされましても……。そういう事で、何故か私が……神父さんか牧師さんかわからないけれど、とにかく司式者をする事になってしまったのであった。ルー様とプラムさんの結婚は他人のそれとは意味合いが異なる。何より予言の災いの元が絶たれるというのはこれ以上ない朗報だ。国民に何も知らせないというのも少し勿体ない。またヘンゼルさんに記者会見でも開いてもらおうかしら。
という事で当人に相談すべく、帰城してすぐに執務室へと足を運んだ。部屋では3本のペンが宙を舞い、次々と紙に署名をしている。まだ両手を満足に動かせないヘンゼルさんが、いつもの3倍の速さで執務をこなしていく。魔法を使えるようになってからの彼は実に生き生きしていて、魔法の熟練度はめきめきと上がっている。
「ペンはもっと動かせるけどね、目が足りないんだ。」
そんな冗談ではなさそうな言葉に底知れなさを感じた。それはそうと本題だ。
「先程ルー様でお二人の結婚式について話し合ってきました。その結果、何故か私が司式者をすることになってしまって……。」
「いいじゃない、聖女の誓い。ルー様の神殿って存在しないから聖職者が居ないんだよね。」
「え?無いんですか?神様が本当にいるのに信仰しないなんて……。」
「当時の本人が拒否したとも聞いたことあるけれど、確かに首都ぐらいにはあったほうが良いよね、神殿。」
「では結婚を記念にルー様の像と神殿を建てましょうよ。良い機会じゃないですか。そこで結婚式もあげれば宣伝効果バッチリですよ!……あ、でもルー様はプラムさんを皆に見せたくないから、内輪だけでしたいんですって。でも神様が結婚するのを国民に知らせないのもどうかと思いますよ。」
「それじゃあ本人に聞いてみないとね。神殿の設立と、結婚式場について。」
そう言うと便箋とペンが宙を舞い、サラサラと文字を連ねていく。そういえばメタリカと文通ができるのと同じように、ルー様とも文通ができるよう専用のホットラインを作ったのだった。魔石にかざした便箋がふわりと光ると同時に消えた。
「結婚式中に神殿内に一般人を入れないという条件付きで、オーケーがでたよ。」
私が盛大な結婚式をしようと提案した時には一蹴したのに、ヘンゼルさんの提案はすんなり通って何だか腑に落ちない。少しむくれると、ヘンゼルさんがクスリと笑った。
「可愛い。」
なんでそんなこと、さらっと言っちゃうんですか。ルー様達の結婚式の事考えなくちゃいけないのに……ヘンゼルさんの事しか考えられなくなっちゃう。
式の流れは、ある程度制約はあるが、私が全て決めて良いということになった。
そして今更知った事だが、プラムさんは孤児らしく両親が居なかった。親族が居ないというのはルー様が出した条件を考えたら都合が良かったが、それでも少し寂しい。ヴァージンロードを一緒に歩く人が居ないのだ。日本で流行っている洋式のものをベースにしたいと思っていたが、どうしたものか。
「式場にはルー様とプラムさんと私の3人だけにする事って可能ですか?あ……あとカメラマン。」
参列者が居ない事を逆手に取って、儀式に寄せた厳かで特別なものにしよう。そしてそれを全国中継するのだ。
「成る程。じゃあカメラマンは僕でも良いかい?僕が最高に美しく撮影してみせるよ。」
「勿論!一緒に頑張りましょうね。」
ヘクセンの建築技術は凄まじい。魔術を駆使してあっという間に丈夫な建物を建ててしまうのだ。そして隣国キヴィに、特産でもある石像を急ピッチで用意してもらった。神の像に相応しい特級品が送られてきた。
こうして完成した神殿は予想以上に豪華なものになった。何となく空気がひんやりしているような、緊張感のある空間だ。
あとはリハーサルを繰り返して、本番の日を待つだけとなった。
◇◆◇
まるで雪原に居るかのような静けさが神殿内を包む。パレードで着た華美なドレスを纏った私は、長い布を両手で差し出すように抱えていた。手の上には同じ趣向のリングが二つ。昔ヘンゼルさんがルー様に贈ったという、ピンクダイヤモンドが内側に埋め込まれた特注品。
神殿の扉が開かれ、新郎と新婦が手を胸の位置で重ねて入場した。ルー様は真っ白のタキシードにマントをたなびかせ、プラムさんはスモモの花を模った飾りがヴェールからヒールまで全身にあしらわれたドレスで。一歩、また一歩、私の下へ歩いてくる。
その様子を斬新な、まるでドローンのような軌道で撮影しているのはヘンゼルさん。細かな魔力の調整がそれを可能にしている。
「新郎、ルーサンギーヌ。汝は、新婦を一生愛すると誓いますか?」
「──誓おう。」
「新婦、プラム。汝は、新郎を一生愛すると誓いますか?」
「──誓います。」
プラムさんがグローブを外す。ルー様が私の持つ指輪を取って、プラムさんの薬指につける。次にプラムさんが指輪を取って、ルー様の薬指につける。指輪の交換が終わって、二人がお互いを見つめ合った。
「それでは、近いのキスを──。」
ルー様がプラムさんのヴェールを上げる。プラムさんが目を瞑ると、ルー様が顔を寄せて唇が重なり合った。
「聖女の名の下に、二人を永遠の番であることを認めます。」
まるで二人を祝福するかのように、宙へと舞い上がった光がダイヤモンドダストのように煌めいた。ヘンゼルさんが魔術と魔法を組み合わせて考えた演出だ。
ここで結婚式の中継は終わり、二人手を繋いで神殿を出た。
神殿を囲う柵の向こうには、祝福の花束を持った人達。ひとり、またひとりと神殿に向かって花束を添える。並ぶ人達の下半身が見えないくらいの花で溢れていた。
「ルー様、プラムさん、見てください。ヘクセン中の皆が、二人を祝福してますよ。」
感極まったプラムさんが涙を流している。ルー様は最初は戸惑っていたが、意を決して民の方へ足を向けた。
「ヘクセンの民達よ。祝福に感謝する。」
短い言葉だったが、民衆を湧かせるには十分な言葉だった。方々から拍手と「おめでとうございます」と祝福の言葉が投げられる。二人はこれ以上無いくらい幸せな顔をしていた。
そして毎年この日は、神様の結婚記念日として祝日になったそうな。めでたし、めでたし。
◇◆◇
式も無事に終わり、夕暮れが近い。清掃が終わった神殿を見回ろうと、ヘンゼルさんが誘ってくれた。荘厳華麗な趣向で、人が居ないと余計に神々しさを感じる。
「こうして無事にルー様がプラム嬢と結婚できたという事は、スミレの聖女としてのお役目は果たしたという事だね。」
そう言われてみればそうだ。私は予言の災いから世界を救う聖女。その災いの元は、今完全にと言っても良いほど断ち切ったのだ。そして気づいてしまった。私のするべき事は、全て終わってしまったと。
「もしかして私は、お役御免……ですか?」
きょとんとした顔を見せたヘンゼルさんだったが、直ぐに笑顔を見せた。
「確かに、聖女としてのお役目は終わりかもね。」
さぁっ……と、血の気が引いていくのが分かる。それは私がお城を出ていかなくてはいけないという事。これからはただの平民として過ごさなくてはいけないという事。つまり、ヘンゼルさんと別れの時が来てしまった。
それでも私は、ヘンゼルさんと離れたくない。
それ程までに、この人を愛してしまった。
窓から夕暮れのオレンジが差した。もうすぐ日が落ちる。まるでこの曖昧な関係に終わりを告げるようだった。いやだ。もっと、一緒にいたい。一休みのひと時は紅茶を飲んで一緒に過ごしたい。食事を共有して美味しいねって笑い合いたい。私がしたい事ばかりで、わがままだな……。
「スミレ、泣いているの?」
言われてから、頬に涙が伝っているのに気がついた。どうやって取り繕えば良いのかな。上手く笑えなかった。
「駄目だな、僕は……愛してる人を泣かせてしまうなんて。」
「違うんです、私が勝手に……え?」
愛してる?聞き間違えでなければ確かにそう聞こえた。耳元で「約束を果たしてもらうよ。」と囁かれて、その大きな両手でぎゅっと抱きしめられた。
「好きなことは共有し合うことを教えてくれてありがとう。僕のために贈り物を用意してくれてありがとう。食事の時間を楽しいひと時に変えてくれてありがとう。僕と……出会ってくれて、ありがとう。愛しているよ、スミレ。」
そうして私の前で片膝立ちをし、私の手をとった。
「僕と──結婚してください。」
第一章 『血塗られた狼と贄の羊』 完
ここまでお読みいただきありがとうございました。今回で第一章完結となります。今後の予定については活動記録に記しますのでそちらを御覧ください。




