32:ハッピーエンドのレシピ③
「と、言うことで集まっていただいた訳だが。」
どういう訳かと言うと、どうやらプラムさんは行く行くは王城で働く約束をしていたらしく、ルー様と結婚・移住してしまってはそれが叶わなくなるという事で、代替案を提示すべくメタリカに来た訳だ。
「ルーサンギーヌ様も一緒にメタリカに移り住んでくれるんなら万事解決なんだが!」
「それは認められない。ヘクセンにとって……いや、大抵の国にとって神の損失はあまりにも大きすぎる。」
「ではルーサンギーヌ様の意見も聞かせていただきたい。」
「俺はプラムと共に居られるなら何処でも良い。ただ……今の邸宅その場所自体が俺にとって重要な場所なのだ。可能であればプラムを招き入れたい。」
確か小説の一遍であのお屋敷にはラム様のお墓があるという話があった。実際に見たことは無いが、きっとその事を言っているのだろう。
「ではプラム嬢は?」
「約束を反故にする可能性がある以上、最終的な決定に従います。」
「……前世の記憶が戻ってからキャラ変わった?」
「えー……そこは精神的に大人になったとでも言ってくださいよう。」
プラムさんの前世の記憶が戻った事はイェイス殿下にも伝わっているようだ。二人の悲恋を知っていれば、快く祝福してくれそうなものだけれど……彼も王様だから、きっと国の今後を重きに考えているのだろう。
「私から出せる条件は、『魔術に関する研究結果の共有』です。転生の魔術についても全てお話しします。ちょっと失敗してしまったので再考が必要ですが……。」
「僕からは『ヘクセン国からの砂糖とチョコレートの輸出額の減額』を提示しよう。」
「具体的には?」
「……2割減。」
「ワオ。随分思い切ったね。」
堅苦しかったイェイス殿下の口調がいつも通りに戻った。この条件がどの程度の効果があるのか分からず頭上にハテナマークを浮かべる私に、ヘンゼルさんが耳打ちしてくれた。
「これはスミレが獲ってきてくれた最高のカードだ。」
「私が?」
「輸出額については原料の産出領の合意が無ければ決められない。カカオはショコラ公爵領、サトウキビはフロランタン子爵領が少量だが栽培している。」
それって……私の誘拐計画を立てた家!王家に対して強く出られないから私達の思い通りに動かせるって事?ヘンゼルさんも意外とあくどい事を考える。ルー様を引き止めるためにそうまでする必要があるんだ。
「あー、あと一押し欲しいなー。なんか無い?面白いこと。」
ソファに腕を広げて背もたれるイェイス殿下。おどけた態度に反してこちらは緊迫した空気が流れていた。少しの沈黙の後、ヘンゼルさんが伏し目がちな表情で口を開いた。
「面白いかどうか分からないけれど、僕に考えがある。」
そう言ってヘンゼルさんが立ち上がり、イェイス殿下に耳打ちをする。その考えについて私は全く聞かされていない。その提案を聞いたイェイス殿下がハッと目を見開いた。
「はっ!?正気か?」
「僕なりの覚悟のつもり。」
「ケジメって事ね。ふうん成る程成る程……。」
「良いの?僕にしか利が無いけれど。」
「良いよ。面白いから。逆に聞くけどよ?面白くはねぇよ、そっちは。」
「こっちは面白さで決めてる訳じゃないから。リターンも大きいし。」
内容は分からないが合意は得たらしい。イェイス殿下がパン!と手を鳴らすと、「はい!会談終わり!」と一国の王らしからぬ軽さで首脳会談の終わりを告げた。……ルー様はヘクセンに残ってくれるってことで良いんだよね?
会談も終わったところで、私にはもう一つ気がかりな点があった。今この場にはプラムさんが居る。ヘンゼルさんとプラムさんが対面するのは今日が初めて。これも私が妨害を続けてきたせいだけれど……ヘンゼルさんは何とも思っていないだろうか。プラムさんはルー様と両想いになったのでもう世界滅亡の不安は無いのだけど、でも、気になるものは気になるじゃない!
「あの……ヘンゼルさん。」
「ん?なんだい?」
「あの、プラムさんを見て……どう思いましたか?」
「そうだね、歴史書で見たサヴァラン公爵の肖像画そのもので驚いたよ。」
「そうですよね!それで、プラムさんが気になるとか、そういうの、ありませんか……?」
「……もしかして、僕が予言書通りに彼女に惹かれないか心配してる?」
「えっ!ええ、まあ……。」
「それって、世界のため?それとも……」
見透かすようなその視線と言葉に、胸がどきりと鳴った。声はうまく出せず、頬が熱くなるのをごまかすように、そっと視線を逸らしてしまった。その逸らした視線の先にはイェイス殿下が腕を組んでこちらを凝視していたので、無理やり話題を変えるために声を掛けた。
「あ!イェイス殿下!ど、どうしましたか!」
「あー……どうぞ、続けてもらって。」
「いえ!いえ!ヘンゼルさんに御用ですか?」
「ああ、まあ。ヘンゼル、あれはうちでやってくのが一番良いぜ。」
「そう……。じゃあ急で悪いけど今からできる?」
「おう。じゃあ王様借りるぜ聖女様。うちの昼食でも食べて待っといてくれ。」
「お昼ご飯!わあい!」
何を待つのかは依然不明であったが、昼食という言葉に口角が上がる。メタリカのお城では何の料理が出るのだろう?胸を弾ませつつ食堂へ向かうと、見知った顔の女性が駆け寄ってきた。
「お義姉様ー!」
「わあ!グレーテル、久しぶり!」
ヘンゼルさんの妹でイェイス殿下のお嫁さんであるグレーテルが私に抱きついてきた。受け止めた流れで一回転するとちょっと目が回って二人で笑いあった。
「いけませんわ、お義姉様が来ると知ってはしゃぎすぎてしまいましたの。」
「ヘンゼルさんも来てるよ?」
「お兄様は殿下と何処かへ行ってしまいましたの。ですので私達だけでご昼食にいたしましょう?」
「ご飯楽しみ!あ、その前に紹介するね。こちら神様のルーサンギーヌ様と婚約者のプラムさん。」
「まあ……お、お久しぶりでございますわ、ルーサンギーヌ様。プラム様は殿下と魔術について研究しているお姿を拝見しておりましたわ。お二人はご婚約されましたのね。おめでとうございます。」
「久しいな、王妹よ。今はメタリカ王女であったか。先代の愚行の尻拭いに努めていると聞く。ご苦労なことだ。」
「とんでもございませんわ。ヘクセン国とメタリカ国の橋渡しは、このグレーテルにお任せを。」
ヘクセン出身のグレーテルがルー様と面識があるのは考えたら分かることだった……。紹介したのが少し恥ずかしい。そっぽを向いた私にグレーテルがこっそり耳打ちしてきた。
「お義姉様……あの、ルーサンギーヌ様の雰囲気が随分と柔らかくなったと思うのですが、何がございましたの?」
「ルー様はプラムさんに骨抜きになって、絶賛有頂天中なのです。」
「まあ……つまりは愛の力ですのね!素晴らしいですわ!お二人のお話を聞きたいですわあ!」
キラキラと目を輝かせてグレーテルが自分の世界に入っていった。私の持ち歩いている小説にしっかり書いてあるのは内緒にしておこう。朗読を迫られるかもしれない。
「ご挨拶が遅くなりました、グレーテル妃殿下。プラムと申します。イェイス殿下にはいつもお世話になっております。」
「貴方が才女とお噂の。色々お話を聞かせてもらえると嬉しいですわあ……馴れ初めとか馴れ初めとか馴れ初めとか……。」
「ぐ、グレーテル!私お腹が空いたの。食堂まで案内して?」
「まあ、気が回らなくて申し訳ございません!今日はお義姉様のために食事を豪華にしてもらいましたの。」
「本当!?嬉しい!何よりのおもてなしだよ!」
答えるようにふふっと笑ったグレーテルの笑顔は純粋そのものだった。私より年下なのに隣国に嫁いで、責務を全うしている彼女を心から尊敬する。本当の妹みたいに可愛がってあげたいなあ。無礼を承知でその小さな頭を撫でくり回すと、照れているのか頬が赤く染まった。
「お義姉様……私達、絶対親戚になりましょうね……。」
……どういう意味?その意味を考えるより前に食堂に到着した。食卓に着いて間もなく、ワゴンに載せられたそれに目を奪われた。鳥の丸焼きだ!鶏より大きく見えるけれど、これは──
「スモークターキーですわ。特上のものを用意させましたの。」
「良い香り……私、七面鳥食べるの初めて……!」
「最高の体験をお約束いたしますわ。メタリカはヘクセンのように繊細な料理は流行りませんでしたが、家畜の肉質を良くする方向へ進化いたしましたの。さあ、お義姉様には一番美味しい部位を取り分けて頂戴。」
そうして私の前に差し出された七面鳥のおみ足。燻製のスモーキーな香りとジューシーな油の香りが食欲を唆る。かぶりつきたいところだが、ここは王城。庶民感覚をぐっと堪えて、ナイフとフォークで華麗にいただきます。口に運ぶと皮のむちっとした食感と上質な油がたまらなく、燻製の香りが中の肉まで浸透している。
「むちむち……美味しい……」
「お気に召したようで何よりですわ。」
それからグレーテルがルー様とプラムさん二人の馴れ初めを聞き始めたから驚いた。ルー様は満更でもなく、ルー様が人間だった頃からの話を淡々と話してくれた。小説と同じ内容だ。だけれどそこにルー様の感情が乗っていて、如何にプラムさんそしてラム様を愛しているか伝わってきた。そうして聞き終わる頃には、グレーテルは涙でぺしょぺしょになっていたのだった。
「おふたりは……ぐすっ、苦難を乗り越えて、再び結ばれましたのね……運命ですわ……。」
「グレーテル、はいハンカチ……。」
「ありがとうございますお義姉様。」
お食事に昔話と、随分と長い時間を食堂で過ごしてしまった。それにしてもヘンゼルさんとイェイス殿下は何処に行ってしまったのか。これだけ経っても帰ってこないとは思いも寄らなかった。それとも、別の場所で談笑でもしているのか。そう不思議に思っていると、食堂の扉が開かれた。イェイス殿下の後ろに、顔面蒼白のヘンゼルさんが見えた。そのあまりの顔色の悪さに驚いて、思わず駆け寄って一瞥すると、ヘンゼルさんの両手が包帯で巻かれていることに気がついた。
「ヘンゼルさん……っ!どうしたんですか!?それにその両手は……。」
「……僕は、魔法を使えるようにしたんだ。」
ヘンゼルさんの発した言葉はまさに満身創痍というくらいに覇気が無かった。魔法……この世界ではどちらかというと超能力の部類に入る能力だったか。アイルさんに教わったはずだ、確か……指を──
「切り落としたんですか!?そんな、無茶な!」
「麻酔もしたし、術者の腕も良かったから早かったよ……これでヘクセンの未来を守れるなら安いもんだ。なあイェイス……認めてくれるだろう。ルーサンギーヌ様とプラム嬢の婚約を。」
「お前の覚悟はしっかり見届けた。男に二言はねえよ。」
「……礼を言おう、ヘクセン王……ヘンゼルよ。お前の覚悟が俺達の為だというのなら、今後俺はヘクセンに尽くす事を誓おう。」
「ありがとうございます、ルー様。」
「でも、私……ヘンゼルさんが心配で……。」
「我がメタリカ王族は代々成人を迎えると同時に両手指を切り落として金属化させる。魔力の大小に関係なくだ。魔力を通過する特別な金属『メタリカ』が豊富に採れるのも理由の一つだろう。だからメタリカ移植手術をする医者もお抱えで在籍している。腕は確かだから安心して構わんよ。ただ感染症にだけは気をつけて、毎日主治医に見てもらうといい。」
「という事です。ご安心くださいませ、お義姉様。私もまさか、お兄様が手術されているとは知りませんでしたが……。」
「……妹にだけ良い格好させるわけにはいかないからね。それに言っただろう、僕にとってはメリットだから。」
魔力が多いらしいヘンゼルさんは、きっと魔法も使いこなせるだろう。だからといってこの痛々しい両手が完治するのをただ黙って待っているというのも……何もできない自分が不甲斐ない。そんな不安が表に出ていただろうか。ヘンゼルさんは辛いだろうに、私を見て微笑んでくれた。
「ねえ、スミレ。一つお願いしても良いかな?」
「勿論、私にできることなら、何でも……。」
「この両手が治ったら、思いっきり抱きしめても良いかい?」
それがどういう意味を孕んでいるか、流石の私にも理解できた。
「いくらでも、貴方の好きなだけ……!」
両手の使えない彼の代わりに、私が彼を思い切り抱きしめた。
「ワオ。意外に大胆。……俺も巨乳のお姉様にハグされてぇ~。」
「……最低ですわ。」
「るぅ。貴方もあれくらい惚気けているのです。少し自重してください。」
「……む。承知した。」
こうしてルー様とプラムさんは目出度く婚約、国を上げての結婚式が決まった。
つまり、『血塗られた狼と贄の羊』の終わりが近づいていたのだ。




