31:ハッピーエンドのレシピ②
怒涛の二日間だった。市場で手に入る果物で献立を考えて、お世辞にも明るいとは言えないルー様邸の中ではお茶会の雰囲気が台無しという事で、急遽庭にテーブルや椅子をセッティングした。しかも邸宅には使い古した家具しか無かったため、わざわざ王城のものを運んできたのだ。力仕事はルー様もアイルさんもいたとはいえ、一番良いロケーションを探したり、有り物で会場を装飾するのは流石に骨が折れた。せめて、もう一日余裕があれば……。とはいえ、何とか当日を迎えられたので良しとする。そして私はお手伝いをするので、初めてメイド服を着ることができるのだ!私のサイズの服がお城にあって良かった。シトロンとお揃いのクラシカルなメイド服だ。それが嬉しくて、シトロンと並ぶ度に笑顔になる。
「では手筈通りに、私はスコーンの準備をします。紅茶は淹れるのが上手なシトロンが。」
「すぐお出しできるようご用意いたします。」
「ケーキスタンドにお菓子達を並べてセッティングするのはアイルさんに。」
「御意。」
スコーンにはベーキングパウダーを入れるので、放って置くと反応がどんどん進んでしまう。なので生地だけ先に作っておくという事ができない。そしてこれは拘りポイントで、作り置きではなく絶対に焼き立てが美味しい。プラムさんにも焼き立てを食べてもらいたいので、邸宅のキッチンを借りてこの場で作ることになった。グリュイさんほど上手にはできないけれど、一緒に練習させてもらったから美味しくできるよう頑張ろう。
その他のプティガトーは王城のパティシエさん達が早朝……というより夜中から用意してくれたものを邸宅まで持ってきている。セイボリーにはトマトを入れたケークサレよ生ハムメロン。プティガトーはパッションフルーツ入りガナッシュのマカロンに、ブリオッシュ生地にラム酒をたっぷり染み込ませたサバラン。そしてミルクムースとカスタードで構成されたセンターに半分に割ったプラムのコンポートを乗せた特性ケーキ。旬のフルーツを使用したケーキやプラムさんとラムさんをイメージしたケーキを用意した。
「ルーサンギーヌ様とプラム様がご到着です。」
「挨拶に行きます。」
プラムさんを連れて転移魔術で転移してきたルー様。ルー様の無限大な魔力量にはしゃいでるプラムさんがなんだか子供みたいで面白かった。
「プラムさん、お久しぶりです。今日はお手伝いとして呼ばれました。是非楽しんでいってくださいね。」
「こんにちはスミレさん。ヘクセンのスイーツをとても楽しみにしてました。よろしくお願いしますねぇ。」
こうして楽しいお茶会が始まった。が、裏方として給仕するのは初めて。できることは少ないけど自分の仕事を全うしよう。私がスコーンを作っている横ではシトロンが紅茶を淹れたりアイルさんがそれを運んだり中々慌ただしい。今までお茶を楽しむ側だったから気にしていなかったけれど、厨房ではこんなに頑張ってる人達がいたんだ。これからは給仕さん達に今までよりも沢山感謝しよう。
スコーンの生地ができたらすぐに焼成。一段落して小休止。焼けるまではお皿洗いとかでもしてようかな?
「お疲れ様ですスミレ様、お茶をどうぞ。アイスティーを用意しておりました。アイル様も如何ですか?」
そう言って冷蔵庫から紅茶の入ったポットを出したシトロン、なんて気配りが上手なのでしょう。動いた後だから冷たい飲み物がほしかったところにアイスティーは最高だ。アイルさんも美味しそうに飲んでいる。
「ルー様とプラムさんはどんな感じですか?」
「お二人とも魔術のお話で盛り上がっていらっしゃいました。」
「メタリカきっての天才と聞いていましたが、主の過大評価では無かったようですね。」
「そういえばアイルさんはルー様のメタリカ旅行には一緒に行っていないんですか?」
「……二度と行きませんよ、あんな油臭い国。」
なんだか感慨深い表情でアイルさんが呟いた。地雷を踏んでしまっただろうか。そうしてたら、オーブンからとても良い香りが漂ってきた。そろそろスコーンが焼き上がる。ミトンとケーキクーラー、それとスコーンを入れるバスケットを用意。良い感じのところですかさずオーブンから取り出して、トングでケーキクーラーに移す。熱い熱い。そして布を敷いたバスケットにスコーンを盛り付けたら、クロテッドクリームとジャムと一緒に二人の元へ届けに行く。ヘクセンの夏は日差しは強いが風が涼しい。パラソルの下であれば外でも十分に楽しめる。
「お待たせいたしました。焼き立てのスコーンです。」
「わあっ。私、スコーンは初めて食べます!」
「では食べ方を教えますね。スコーンの割れ目から上下に半分こにして、片方ずつ食べます。割った面にクロテッドクリームとジャムをたっぷり乗せて、召し上がってください。はい、どうぞ!」
説明しながらクリームとジャムを塗ったスコーンをプラムさんに渡す。今日のジャムはブルーベリーとプラムの二種類。先ずはオーソドックスにブルーベリーを選んでみたが、お口に合うだろうか。さふ、と一口頬張った瞬間、プラムさんの目に光が見えた。
「これ、とっても美味しいです!がり、とふわあ、が一緒で!」
「食感の違いが楽しいですよね!焼き立てならではです。」
ルー様は如何だろうか。と思って様子を伺ったところ、スコーンを楽しんでるプラムさんを見て楽しんでるようで、これ以上無いくらいの優しい眼差しでプラムさんを見つめていた。
料理もあらかた食べたところで、プラムさんに屋敷の中を案内しようという流れになった。二人は手を繋いだりなんかしちゃって、なんだか羨ましいな。そしてルー様が普段過ごしている大部屋。古びた玉座のような大きな椅子に、壁にはラム様の大きな肖像画が飾られている。
「あれ、私……じゃない、誰……?」
「あれがプラムの前世、ラム・サヴァランだ。」
「初めて見たのに、産まれた頃から知ってるみたい……。何か、何かがつっかえていて、もう少しで思い出せそうなの……。」
私は咄嗟に、ラム様が好きだったとされるケーキ、サヴァランを差し出した。フォークを入れるとじゅわっと溢れ出すラム酒が、ふわりと香って鼻腔を擽る。中央のクリームと一緒に口に入れると、プラムさんがハッとした表情のままピタリと固まった。
「……るぅ。」
「プラム……?」
「全て、思い出しました。」
そう言ってぽた、ぽたりと涙を流すプラムさん。
「プラム……まさか、記憶が……戻ったのか……?」
「はい。プラムの記憶と混ざって、貴方の知るラムとは違うかもしれませんが……。」
「構わない。ラムもプラムも、どちらも愛している。」
ルー様がプラムさんを抱きしめて、堪えきれずに思いの丈をぶつけた。
「結婚しよう。」
「……はい。」
◇◆◇
ルー様のプロポーズが成功して数日。私は『原作小説』を読んでいた。実を言うと、プラムさんがラム様の肖像画の前で記憶を取り戻すシーンが原作に書かれていたので、私はその通りに事が進むよう動いていたのだった。その事に気付いたのがルー様にお茶会の打診を受けたその日。だから私は何としてでもサヴァランを用意するよう手配をしたのだった。この後はルー様が方々へ挨拶に行き、ヘクセンで結婚披露宴を行いハッピーエンドを迎える。長いようで短かったこのお話も、ようやく終わりが見えてきた。小説にはもうそれらしいアクシデントは見当たらないし、何の問題もないだろう。
ないだろうと、思っていた。
「駄目だ。認めない。」
二人の結婚に待ったをかけた人物がいた。
「何故だ?イェイス王。」
「そもそもプラムが工房を経営していたのは、メタリカの宮廷魔術師になる前の下積みとして彼女が希望したからだ。まさか忘れたとは言わせないぞ。」
「む。忘れてました……。メタリカに通いながら働くというのは駄目ですか?」
「駄目だ。宮廷魔術師は常に宮廷にいるからこそ即座に対応できる。約束はこちらが先だったのだからこちらの要求を飲むのが筋ってもんだろ。あ、ルーサンギーヌ様も一緒に来て住んでくれるんだったら大歓迎だよん。」
「うぅ~、私達だけで決めちゃ駄目なやつです。ヘンゼル殿下も交えて話し合いましょう。」
……ということで、ヘクセンメタリカの首脳会談が決まった訳である。そんなの、小説には無かったのにー!




