30:ハッピーエンドのレシピ①
私は自分誘拐阻止作戦を終え帰城した。誘拐というイベントこそ阻止したが、刃物で脅された事もあり危険な目にあった事に変わりはなかったな……。とはいえ、アイルさんのお陰でなんとかなった。今回の成果はショコラ公爵とフロランタン子爵に多大な恩を売った事。ヘンゼルさんのためになったらいいな。……ほとんどアイルさんの功績だけど。あ、あれ!?私ってもしかして何もしていない!?「顔面が忙しい人ですね。」と、半ば混乱している私をアイルさんが冷やかす。表情豊かと仰って。そして謁見の間に通されたアイルさんは、今回の事の顛末をヘンゼルさんに説明してくれた。
「黒幕であるショコラ公爵、そしてフロランタン子爵。二つの家に恩を売ったと。」
「『過激派』に関しては今回スルーいたしました。こちらの方が早急に対応が必要だと思いましたので。」
「臨機応変で助かるよ。どうだい、次期宰相候補として王城に留まるというのは──」
「お断りします。」
「じゃあ代わりと言ってはなんだけど。爵位をそのまま与えようじゃないか。」
「はあ。それまたどうして。」
「持っていた方が君を手駒として動かしやすいと思っただけさ。」
「私を手駒に、ねえ?……良いでしょう。使えるというのなら使いこなしてみなさいな。……ああ、こうなるならいい加減な名前をつけるんじゃなかった。」
ぶつぶつと文句のような事を呟きながらも、どこか楽しそうにしていた。それからてきぱきと報告を終えたアイルさんが踵を返す。私が「ありがとうございました。」とお礼を言うと、振り返ったアイルさんが口を開いた。
「ああそうだ聖女様。予言の内容を変えられるという事は、良い予言も覆る可能性があるという事をお忘れなく。」
そう注意喚起して退場した。それは……確かに当たり前だけど、考えたことは無かったな。良い予言か……。私は鞄を開いて小説を読んだ。私の誘拐事件は潜入捜査へと書き換えられていて、フロランタン子爵家の処刑は無かった事になっていた。果たしてこれは良かった事なのか。でもフロランタン子爵夫人の顔を思い出すと、そうであってほしいと願ってしまう。
そして、物語はこれから佳境を迎える。
「ルー様とプラムさんの、婚約と結婚かあ。」
「もしかして、最後の予言?」
「最後かどうかはわかりませんが、今のところ。」
ルー様とプラムさんの行く末については、婚約後に結婚とは書いてあるが、あまりにも簡素に書かれていて、細部が書かれていないところに不安が募る。とはいえ、二人の進展具合を見るにそういう話が出てきてもおかしくないとは思う。というのもルー様邸へ滞在している間、二人の仲は良好そのもので、婚約も秒読みだという話をルー様から聞いていた。……あくまでもルー様目線での話だけれど。
「私もメタリカへ行ったほうが良いかな……」
「それは……駄目かな。」
「えっ。何でですか?」
「二週間もお城を開けてたんだから、聖女様は王様の傍に居てくれないと。」
「……そういうものですか?」
「そういうもの。」
そういうものらしいので、執務室でヘンゼルさんはお仕事をしながら、私はお茶とお菓子をいただきながら、ゆっくりとした時間を過ごした。ヘンゼルさんが休憩するときは、向かいに座れば良いものを、隣に座っちゃったりなんかして。
「最近お茶の好みなんかも分かってきたんだ。フルーティな香りがするものが良いな。」
「紅茶のマスカットに似た香りをマスカテルフレーバーというのですが、爽やかで美味しいですよね。ルー様とのお茶会で出したダージリンのセカンドフラッシュなんかは香りが顕著です。またあれを飲みたいです。」
「紅茶を仕入れた使用人が良い仕事をしたんだな。今度本人に聞いて勉強してみよう。」
ヘンゼルさんがお茶に興味を持ってくれたなんて嬉しいな。私の好きな領域を知ろうとするなんて、それまで興味が無かったのなら、意識しないとできないことだよね。じゃあ私は……自分の好きを押し付けてるだけになってないかな。
「ヘンゼルさん。私の好きなことを知ろうとしてくれてありがとうございます。今度はヘンゼルさんの好きなことを知りたいです。」
「僕の?そうだな……」
そう言ってじっ……と私を見つめていた。痺れを切らして催促するといたずらっぽく笑われて、その笑顔も眩しいものだからこっちが恥ずかしくなってしまう。
「ごめんごめん。ちょっと考えてたけれど、僕はやっぱり魔術が好きかな。だからスミレが魔術書をプレゼントしてくれたとき、本当に嬉しかったんだ。」
「そうですか?それは良かった……。私も魔術のこともっと知りたいです。」
「それじゃあ魔術書を読みながら、どういう事が書いてあるか教えてあげる。」
それからヘンゼルさんは魔術書を開いて、この文字はどういう役割をしているだとか、どの文字とどの文字が作用して結果がどうなるだとか、基本的な事を教えてくれた。明かりを灯す魔術に周りの光度を感知する魔術を組み込むと、暗くなったら自動的に明かりが点く魔術式が出来上がる。簡単なプログラミングみたいで面白い。まあ面白いと感じるのは、半分くらいヘンゼルさんが教えてくれているおかげなんだけど……。でも、好きな人の好きなことを知るってこんなに楽しいんだって、やっと分かった気がした。
◇◆◇
あのサロンでの事件から数日後、ルー様から直接私と話をしたいと通達があった。わざわざお城まで来てくれる辺り、大方プラムさん絡みの件だと想像に難くない。転移魔術でアイルさんとやってきたルー様は、いの一番に私の元へやってきた。
「聖女よ、至急頼みたい事がある。近々プラムを屋敷に招待するのだが、どうもてなせば良いか俺には皆目見当がつかん。力を貸して欲しい。」
「私がですか?おもてなし……以前のお茶会のような催しであれば力になれるかもしれません。」
「ああ、それで良い。それで、最後に……だな。その……あれだ。あの……。」
「もしかして、プロポーズするんですか!?」
「あ、ああ……。」
恥じるように照れるルー様を見たのは初めてかもしれない。こうして見ると普通の人間なんじゃないかと錯覚してしまう。
「プラムさんは何が好きか分かりますか?」
「好みではないが、ヘクセンの料理に興味があると言っていた。」
「であれば季節のフルーツを各地から取り寄せましょう!プティガトーにすれば色々なケーキが沢山食べられますよ!」
季節は夏。旬のフルーツは桃やメロン、マンゴーに……あれ?もしかしてプラムも旬なんじゃないかな?食べる方の。
「スイーツなどの食事は王城のパティシエ……グリュイさん達にお任せするとして……。」
「聖女様。……茶会の給仕は経験がない故、どなたか応援に来ていただきたいのですが。」
「であれば、事情を知っている私とシトロンがお手伝いします。」
「話が早くて助かります。」
……初めてアイルさんに褒められた気がするのは気の所為だろうか。それは置いといて、メニューや紅茶の種類、決めることは沢山ある。
「お茶会の日程はいつ頃ですか?」
「明後日だ。」
……ん?
「聞き間違いかもしれないのでもう一度聞きますね。お茶会の日は……」
「明後日だ。」
ルー様の後ろでアイルさんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。ああ、やけに素直だったのはこのせいだったんだ。きっと私達に助けを求めたのもアイルさん。全てを察して同情と、私達を巻き込んだ恨みを込めて冷ややかな目でアイルさんを見た。拝啓、ルーサンギーヌ様。プロポーズは余裕を持って計画的にお願いいたします──




