29:美食家達の誘い③
「さて、おさらいです。今日の私はアイゼン・ストーク子爵。金で爵位を買った商家の人間です。貴方とはお茶友達。貴方の口添えで共にグルマンディーズに加入した新参者です。私は貴族らにとってマウントをとる恰好の鴨です。私には火の矢が降り注ぐでしょう。貴方にも流れ矢が飛んでくるかもしれませんが、火の粉をはらうくらいはご自身でお願いいたします。」
「わかりまし……承知いたしましたわ。ストーク子爵。」
「よろしい。」
王都にあるショコラ公爵別邸の門番へ招待状を見せると、深々とお辞儀をしながらすんなり通してくれた。使用人に案内され会場の扉を開けると、そこは王城でのパーティとはまた違った様相を呈していた。テーブルと椅子は必ずセットになっていて、二人で話せるくらいの小さな席から大人数用の大きなテーブルまで、複数人で討論できるように準備されている。席のないテーブルには食事やお菓子が所狭しと並んでいて、バーテーブルにはバーテンダーまでいる。
「こんばんは、聖女様。お越し頂けるとは至極恐悦です。そちらの方は……」
「ショコラ公爵様、グルマンディーズへお誘いいただき感謝しております。こちらは私のお茶友達であるストーク子爵です。」
「アイゼン・ストーク子爵と申します。ショコラ公爵にお目通りが叶い恐縮にございます。先日殿下より爵位を賜ったばかりだというのに、私のような若輩者も受け入れて下さり、その御心の広さに感謝するばかりです。」
「食の探求者は拒まないというのが我が家の教えでね。見ての通り男女の隔ても無いだろう。」
会長であるショコラ公爵が直々に挨拶しに来てくれた。アイルさんはいつもは見せないような低姿勢で公爵に対する。いつもこのくらいで接してくれればいいのに。
「素晴らしいですわ。早速ですが、サロンでは皆様何をなされているのですか?」
「人により異なりますが、今食べているものの批評をしたり、飲食事業をしている方達は仕事の話を進めて親睦を深めたりしています。今回は私が飲食を提供しておりますが、各家のスペシャリテを持ち寄って品評会を行うこともあるんですよ。ところで、お二人を皆にご紹介してもよろしいですか?」
「ええ、是非。」
公爵に会場の中央、様々な料理が置いてある大きなテーブルの付近まで案内してもらうと、パンパンと手拍子をして会場中の視線を集めた。
「皆の衆。喜ばしいことに我がグルマンディーズに二名が新規参入した。一人はアイゼン・ストーク子爵。新進気鋭の商家の者だ。もう一人は何を隠そう、救国の聖女であるスミレ様にあらせられる。」
私の名前が出た途端、会場中が歓声と拍手に包まれた。既に私の周りには挨拶をしようとする人達で列をなしている。私という存在が上手いことアイルさんの存在を薄くして、アイルさんが動きやすくなってくれれば良いんだけれど。そう考えている間にもアイルさんの姿は既に何処かへ消えていた。
挨拶も一通り終わった所、公爵が何か食べないか提案してくれた。大皿に乗せられたオマール海老のポワレを指さして、ひとついただいた。
「オマール海老のぷりっとした弾力と、バターや香草、ガーリックの香りの組み合わせが病みつきになりますね。ソースも海老の繊細な味を損なわない控えめな味で、冷めていても美味しくいただけます。」
「ええ、サロンで出す料理は冷めても美味しくいただけるよう工夫を凝らしています。いつ何を食べるかは個人の自由ですので。ただし、チョコレートだけは冷蔵庫に入れて溶けない温度に調節しております。」
そうして指さしたその先に、ショーケースのような冷蔵庫があった。中にはズラリ、とチョコレートの数々。中に手を入れると冷たすぎず、一番美味しく食べられる温度に調整していることが伺えた。思わず一粒手にとって口に入れる。
「アーモンドのプラリネが入ってますね!香ばしく複雑な味で美味しいです。」
「そうでしょう。やはりチョコレートが当家のスペシャリテですので。どれもお勧めできます。さて、私ばかりがスミレ様を独占してはいけませんね。スミレ様もお好きなようにお過ごし下さい。」
「ご配慮痛み入ります。皆様がどのような話をしているのか気になっていたのです。それでは、また後ほど。」
そう言って一旦ショコラ公爵と別れた。さて、今日の目的は暗躍の黒幕を見つけること。他の人が何を話しているか、注意深く聴いてみる。『最近塩の価格が高騰して……』『小麦は逆に豊作の予測で……』むつかしそうな原材料費のお話。『今の流行は何と言っても聖女様の本に書かれていたショコラオランジュですわ。』あっ、私の本の話!嬉しいな。『ストークなんて商家聞いたことあるか?』『元庶民に味が分かるのかしら?』むむ、これは過激派の話だろうか。もう少し聞いてみようか──
「これはこれは、スミレ様ではありませんか。」
「!」
私の眼の前に現れたのは、例の過激派首謀者・ジェノワーズ侯爵だ。
「貴方様ならきっと参加してくれると思っておりました。これほど美食を語れる場はそう無いのですから。」
「まるでご自身のサロンのように仰るのですね。でもその通りですわ。」
私は舐められまいと少し牽制をかけた。取材したときの私とはひと味もふた味も違いますのよ。
「取材の時はヴィオレッタのように可憐な花だったのが、今は薔薇のように凛と咲いている。嗚呼、美しく、有能な舌を持ち、棘も手に入れた完璧な令嬢よ。どうか私と濃密な時間を過ごしてはくれまいか。」
「お断りいたします。」
しまった。身の毛もよだつ口説き文句のせいで反射的に断ってしまった。もしかしたら誘拐事件について手がかりが掴めるかもしれないのに。
「……貴方が過激な思想を持つことを改めるのなら、考え直しても良いのだけれど。」
「なんと……我が信念は不変。いくら聖女様といえど、曲げることはできませぬ。」
「何故それほどまでに食べる側の味覚に拘るのですか?」
「貴方には耐えられるでしょうか……何を食べても感動しない貴族が毎日一流シェフの料理を食べ残し、有能な舌を持った庶民が固くなったパンしか食べられないような状況を。美味しい物を味わう権利に貧富の差は関係無い!決めるのは己の舌のみ!」
それは……彼の言う事に少し納得してしまった。SNS映えのために料理の写真を撮って、捨ててしまう人達に苛立ちを覚えた事があるからよく分かる。しかし最後がよく分からない。要は貧乏舌は下手物でも食べてろという事なんだろうけど、そこが過激すぎるのだ。
「選民思想だけは理解できません。しかし、貴方の言う事が少し理解できました。美味しい物を味わう権利に貧富の差は関係無い。その通りです。そこに何の差があったとしても、私は皆で美味しいものを食べることを望みます。それではここで失礼いたしますわ。」
彼とはいつか和解できる日がくるだろうか。グルマンディーズというコミュニティだけではなく、もっと大きな……それこそ、貴族も平民も関係ないような、大宴会があったら……もしかして、私なら実現できる……?分からない……分からないけれど、解決の糸口がほんの少し見えた気がする。今日のことは忘れずにメモしておこう。
さて、料理もあらかた食べて満腹に近い。ちょっとお手洗いに行きたいので席を外した。廊下を歩いて化粧室に入る。私が入ったすぐ後に、もう一人女性が入ってきた。あれ……この人、事前に確認していた名簿と写真で見た気がする……もしかして、フロランタン子爵夫人では!?
子爵夫人は、傍らからフルーツナイフを取り出して私に向けた。もし誘拐の件を知らずにこの状況になっていたら、大声で叫んでいただろう。
「あ……あなた、に、お、願いがあ、あります」
子爵夫人はやけに緊張している様子だった。人に刃を向けるなんて初めてだろう。手も声も震えている。というか、何故顔を晒しているのだろう。確か小説では私と犯人が直接顔を合わせる機会が無かった。だからといって正体を晒して襲うなんてするだろうか?もしくは、誰かに命令されている……?
「ジェノワーズ侯爵から暴行を受けたと、証言をしてください!」
え?小説の内容と違う。そして更に変だ。だったらジェノワーズ侯爵の犯行に見えるよう変装だのすれば良いのに、何故。夫人の目からは涙が溢れ出していた。その顔を見たら夫人が可哀想に思えて、思わず刃物を持った手を両手で包んでいた。
「誰に、命じられたのですか?」
夫人は顔を横に振った。その顔は恐れと悲しみに満ち溢れていて見ていられない。
「言えないのなら、言わなくて良いです。貴方の悪いようにはしません。ですのでこれはしまってください。」
手を離すと夫人はナイフをしまい、その場にへたり込んだ。私はハンカチを渡して、もう一度夫人の手をぎゅっと握りしめた。
「私は何も見ていませんし、貴方は何もしていません。」
「申し訳……申し訳ございません、聖女様……」
夫人が化粧室から退出すると、へなへなと座り込んでしまった。槍といい今回のナイフといい、刃物を向けられるのはもうごめんだ。少し間を開けて、化粧室の扉が開いた。まずい、立たなきゃ……と思ったのも束の間、現れたのはアイルさんだった。
「ここ、化粧室ですよ……。」
「知っていますよ。……怪我はありませんか?」
「何があったか知ってる物言いですね。」
「何が起こるか知っていたし、未遂に終わる事も知っていました。」
喋りながらアイルさんは洗面台に登り、上の方にある排気口に手を突っ込んだ。戻ってきた手には黒い機械のようなものが握られており、ピッと音を鳴らした。
「ボイスレコーダー……?」
「ええ。昨日屋敷の至る所に設置しておきました。」
「そ、そんな泥棒みたいな事……貴方何者ですか?」
「泥棒だなんて。物を置いてく泥棒なんていませんよ。さて、証拠も揃いましたから問い詰めに行きますか。」
問い詰める……一体誰を?私達はショコラ公爵に「聖女が襲われた」と話し、今回のサロンをお開きにしてもらった。残されたのは、私とアイルさん、そしてショコラ公爵。応接室で私達は話を始めた。
「──実はフロランタン子爵夫人が聖女様に危害を加えようとなさったのです。」
「……由々しき事態だな。それで、どうしたのだ?」
「帰しました。」
「……何?」
「公爵殿。聖女様が襲われると存じておきながら放置していたのは何故ですか?」
「……言っている意味が分からない。」
私も分からない。それが本当なら、黒幕はショコラ公爵ということになる。
「貴方はジェノワーズ侯爵を特に嫌っていた。だからフロランタン子爵の謀略を知っておきながら敢えて放置したのだ。上手く行けばジェノワーズ家を排除でき、失敗しても小物の子爵が消えるだけ。なんのリスクも無かった……はずだった。しかし私が潜入してしまった。グルマンディーズの内部事情を調査せよと、王の命を受けた私が。私は今回の事のあらましを全て報告するでしょう。さて、ここで取引です。もし貴方が王及び聖女へ絶対の忠誠を誓うのであれば、今回の件は無かった事といたします。如何なさいますか?」
そう言って、アイルさんは数枚の写真らしきものを公爵に見せた。それを見たショコラ公爵が目を見開き頭を抱える。
「それは……従えと言うのと同義だな。」
「では最初の命令です。フロランタン子爵に貸し付けた借金の利子を帳消しにしなさい。」
借金?利子?
「何もかもお見通しということか。どうせ私に拒否権は無いのだ。好きにするが良い。」
「よろしい。では私達は退散するとしましょう。失礼いたします。」
「お、お邪魔いたしました。」
とても長く感じた一日が終わった。頭の中がさっぱりの私は、帰りの馬車の中、今回の件のあらましをアイルさんに説明してもらった。
「今回の聖女暴行未遂事件、黒幕はショコラ公爵です。」
「……そうなんでしょう。予言とまったく違うので驚きましたが。何でこんなに用意が良いんですか」
「一週間も準備期間をいただけたのですよ。十分です。」
その一週間で、ショコラ公爵という奴隷……もとい忠実な部下を得られたのだから大したものだ。アイルさんって執事よりも探偵の方が向いているのでは?
「フロランタン子爵は夫人もサロンに参加しているので、化粧室で事が起こると予想してました。」
「だから化粧室にボイスレコーダーを。」
「ええ。『ジェノワーズ侯爵から暴行を受けた』。これを貴方に言わせる為に夫人は貴方を脅した。夫人もまた、そう脅すよう公爵から命を受けていた。これは応接室のボイスレコーダーから聴取済みです。」
「夫人がその命をやすやすと引き受けた理由は?」
「フロランタン子爵はショコラ公爵に借金をしていました。その利子を10倍にすると脅しをかけて計画を遂行させたのです。その証拠はこれまたボイスレコーダー。便利ですね。」
「……夫人は、顔も隠さず私を脅してきました。私が告発してしまえば自分の命も危ういのに。」
「そもそも自分たちの命は無いものだと考えたのでしょう。もしくは察してほしかったのか。だとしたら中々の演技力ですね。面白い。」
「全然面白くないです……いや、その方が良いのかな。」
未遂で終わったとはいえ、人を傷つけようと、もしかしたら殺そうとしたという事実は消えない。それが今後子爵夫人を苦しめる事が無いよう、祈る他ない。
「ところで私、皮肉の授業を受けた意味ありました?ジェノワーズ侯爵に喜ばれただけ損なんですが。」
「聖女様を皮肉る大人なんてこの国に居るわけないじゃないですか。子供用ですよ、子供用。」
「じゃあなんで大人の集まるサロン前に授業したんですか?……まさか……」
「いやぁ~楽しかったですねぇ!」
「……この腹黒性悪執事!!!」
あの虐待もいつか役に立つ日が来るだろう、とでも思わないとやってられない。いや、居るじゃない眼の前に。私を皮肉る大人。とりあえず今はアイルさん用だ。




